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8話 体力特訓

「走れ走れー、朝食までもう少しだぞ」

 空が白々と明るくなり、太陽が顔を出した。

 風に揺れる木々が揺れる森に、罵声が飛び交い大勢の人間が駆ける音がする。


 息を切らして、木の根が地面から所々顔を出している斜面を今、走っている。追い付かれたら最悪だ、走り続けるが足が悲鳴を上げ歩いてしまう。追っ手はすぐ後ろだ。

 もうだめだ。

 パシリと肩を叩かれ、それと同時に足の痛みが引き、また走れるようになった。

「ほら、筋肉痛は治ったろ?そら、走れ。朝食のおかずを一つ無しにされたいのか?」

「ああああああああッ、休みてぇぇぇぇぇ」

 絶叫にも似た叫び声を上げ、再び走り出す。


 事は三時間前にさかのぼる


 空が暗く、太陽も出ていない時間。すやすやと寝ていた所に冷たい水と大声を浴びせられる。

「時間だぞー、起きろ起きろー」

 ガンガンと大きな音がして、何者かに叩き起こされる。

 重いまぶたとこじ開け、その人物を見上げる。

 若い男性が一人、手にフライパンと木の棒を持ってそれらを叩いている。少しちゃらちゃらした雰囲気を漂わせる、金髪の男だった。緑色の洋服に軽装の鎧で身を固めており、腰に一本の鋼色をした剣を持っている。

 彼は布団から這い出すと叩くのをやめてくれた。

 寝ぼけ眼で周囲を見渡すと同じく眠たそうな目をした男子のクラスメイトが彼の隣に集まっていた。

 「よーし、これで全員だな」

 と若い男性がしゃべる。

 寝起きで状況が全く理解出来なかった。

 わかっているのは、朝早くからこの若い男性に収集されていることだけである。

 こんな朝早くから何だろうと思っていると若い男性が自己紹介をし始めた。 

「おはよう勇者諸君、俺はラーク=マーベス。ウロボロス大隊の幹部だ、君たちの戦闘訓練及び能力鍛錬を担当する」

 ウロボロス大隊。約1765名のAクラスからBクラスの総合値を持つ者達から成る、現在わしらの居る国、人類連合戦闘帝国国家ウロボロスの主力かつ強大な軍勢。

 その内の総指揮官の後に続く、力の強い者が幹部である。

 しかし、幹部のわりにはかなり軽いようにも見えるな。


「そして、今日からラーク先生と呼びなさい」

 どや顔できっぱりと言いきるラーク。

 とんでもない奴に担当されたなぁと呆れつつ、耳を傾ける。


「では突然ですが、これから走ります」

 走る。

 それは学校内では外周のことを差し、ここでも恐らく長距離を走る事だ。それを聞いた誰もが決して良い顔をしないだろう。

 あろうことか、軽くそう言い放つことでより倦怠感をあおられる。しかも、どや顔で言われるのならば、その大きさは計り知れない。

 クラスの男子のほとんどが不満げにため息をもらしうなだれる。朝のしかも日の出前に朝食さえ口にしていないのだから。

 しかし、悪夢はまだこれからだった。


 城から出てすぐ近くの森のような場所にやはり男子のみ集合し、走るために準備運動をしていた。

 空はまだ暗く、独特の空気に包まれていた。クラスの雰囲気は未だに暗くうだうだとしていた。しかし、次の瞬間それらが全て吹き飛ばすような出来事が起こった。

 静寂を壊すようにどこからか、ズシンズシンと大きな何かがこちらに迫ってくる。

 クラス全員が直感的にこれの存在に気付き、周囲を見渡す。鳥の鳴き声さえしない静寂がより、不気味を感じさせる。

 突如、がさがさと茂みが激しく揺れ始めた。そこに居る全員の意識がその一点のみに集中する。

 次の瞬間、茂みから何かが飛び出してきた。殺気だってそこを見ると、獣道でも通ってきたのか所々草や土などを洋服に着けてラークが出てきた。

「どうした、お前ら?」

 クラス全員が胸を撫で下ろし、一気に緊張がほどけてゆく。


 ブオオオオオオォォオオォォオオ


 身の毛もよだつような咆哮がどこからか発せられ、さっきまでの緊張の穏和が嘘のように彼方へとんで行った。

 

 突如、鳥が無数に飛び立ち、空へ登って行く。木々の間を縫うようにして大きな猪がラークのいた場所と反対の方角から出てきた。

 

 口から肉を突き破るようにして大きな二本の牙がせりだし、体は筋肉が隆起し無数の傷痕が有ることによって、野生的な力強さを物語っていた。体毛はボサボサとしていて、あまり良いとは言えないが雄らしさが有り。

 そして、両目の内、片方の目が完全に潰れているが、もう一つの目に宿るのは純粋な野生だ。


 この隻眼の大猪は一歩、二歩と歩み、その太い足が地面を踏む度に辺りに地響きを起こしていた。

 そして、こちらから数メートル離れた場所にたたずむ。

 その場に居た全員がこの猪に圧倒され、言葉すら出ず、ただ呆然と立っていた。

 しばらくの間、沈黙がこの場を支配した。しかし、その沈黙は長くは続かなかった。

 再び、猪は吠えると地面を踏み鳴らしこちらへ突進してきた。


 ひゃあぁぁぁああぁ


 誰かがすっとんきょうな悲鳴を上げ、回れ右をして、逃げ出す。それを筆頭に次々と逃走を始める男子達。 


「死にたくなければ、逃げろぉぉぉ」

 完全に間が抜けてラークが言い、逃げ出す。


 何に怒ったのかわからないが、大猪は、その大きな鼻から蒸気機関車の如く煙を出し、加速する。

 後ろから、大きな鼻息と足音が追いかけて来る。おそらくあれに当たれば即死だろう、そう誰もが思ったに違いない。


 逃げる、逃げる、逃げる。

 普段、平らな道路しか歩いていないために完全に足元の段差や木の根につまずきかけ、激しくバランスを崩し続ける。

 足が慣れない足からの衝撃に動揺し、膝がガクガクと笑う。

 それでも走る。走らなければならない、生き抜くために。


 だが、現実とは残酷なもので、必死に前をひたすら走るも虚しく、段々と距離が縮んで行く。 

 少しでも、前に進もうと足掻くものの決して状況は改善しない。


 絶望と無力感に駆られるなか、それでもわしを含む全員が走るのを止めない。

 恐らく、同じ事を考えているのだろう。特に自分のメンバー以外との絆など考えもしなかった。だが、今言えるのはただ一つ。


 腹が減っていると言うことだ。


 食い意地が張っていると言うわけではない。 

 この世界に来て初めて味わったのは夕食の味のみである。ただでさえ好奇心と胃袋をくすぐられるものばかりであった。しかし、それだけではない、食べ盛りであったためでもある。

 故に生まれる。食への執念。

 それが朝食を口にしていない現在、その栄養に代行する動力源だった。

 

 どのくらい走ったのだろうか、意識がもうろうとして頭が働かない。

 猪は相変わらずしつこく追いかけてくる。

 食への執念があっても、決して大幅に足が早くなった訳ではない。

 とうとう諦めかけた瞬間、突然ラークが剣を片手に猪の前に躍り出た。

 彼の額には油汗が流れ、顔には焦燥感と疲労感がにじみ出ていたが、そこにあるのは真剣そのもの。

 覚悟を決めたように迫り来る猪をにらみ、剣を構える。


「ラーク先生!!!」

 何人かが悲痛な声を上げ、後ろを見る。

 耳に届いたその声に答えるようにして、左右に片手を振り、再び構える。

 

 クラス全員の耳に遠すぎて聞こえないはずのラークの声が響いた。

「全員そのまま、逃げろ。俺が足止めをする」


 そんなのできるはずがない。そう誰もが言葉を出そうとするが再び、ラークの声が耳に入る。

「ちなみにこれは伝言音声メッセージボイスと言うものだ。お前らがなんと言おうとこっちには届かん」


 嗚呼、本当になんて奴に担当されたんだろう。


 全員、後ろを振り返らない。その声に応えるように。真っ直ぐ前を見据えて。

 さようなら先生。本当に短い間だったけどありがとう。


 ピタリと静寂が舞い降りる。

 猪の足音も地響きも聞こえない。そんな中、一つの声が響きわたる。

「なーんちゃって」

 ボフンと言う間の抜けた音が響き渡り、大猪が煙となって消えた。

「ギャハハハハハ、だーまされてやーんの」


 後ろには、腹を抱えて爆笑をするラークがいた。

「うっはー、マジで傑作だぜ、あの顔と声、アッハハハハハハ」

 マジでお腹いてぇと叫び、地面を激しく転げ回る続ける。


 あ~あ、本当になんて奴に担当されたんだ。


 「俺たちの心配を返せ」とばかりに睨むこちらに気づいたのか、ラークはまだ少し笑いながら立ち上がる。

 「いやーごめんごめん。とっても滑稽だったんでな。それにしても、俺の作った幻影魔法であれだけビビルとはな」

 そして、ふざけた態度から一変、真剣な雰囲気になった。

「やはりまだ、素人だな」

 さっきまでの陽気さは皆無ととらえる事が出来るほどの冷淡な声に変わり、その豹変の凄まじさに全員が驚き黙る。

「オーランド様から聞いてはいたがな、お前らは戦場で敵に遭遇し、攻撃を仕掛けられたのならばどうするか分かるか?」

 しんと静まり返り、誰一人として答えない。


 ラークはパシリと手を叩き周囲の注意を完全に引き下き、言った。

「武器を取って、戦うのだ。そうしなければ、真っ先に自分が死ぬと思え!」

 罵声にも似た気合いの一言がクラス全体の脳に響く。

「これから、戦いに勝つための知識や体力の基礎を完全に叩き込む!いいな!!返事は!?」

「はい!」

 厳しい一言を受け、一斉に全員が力強く返事をする。

「また、朝食の時間まで走るぞ」

 クラスの男子の全員の顔に再び、倦怠感が浮かぶ。そんなわしらをパシッと肩を叩いていくラーク。

 叩かれると不思議と筋肉の痛みがひいては行った。首を傾げているとラークが説明した。

「これが俺の能力《治癒の腕》(ヒーリングアーム)。生きている対象の状態異常を回復してくれる便利な代物だ」

 皮で作られた手袋を取るとうっすらと緑色に光る腕が出てきた。

 「まぁ、体力の回復はしてくれないが、これに触れてから体力を消費するとよりも多くの体力がつくんだ。これでどうにか出発するまでに兵士以上の体力をつけてやる」

 ラークは本日二回目のどや顔をすると、号令をかける。

「そら走れ、走れ。朝食の時間まで」

 それから、筋肉痛に成るまで走り続けさせられた。鬼ごっこのような形式で全速力でダッシュをされられ、筋肉が駄目に成る度に《治癒の腕》(ヒーリングアーム)で治癒され、体力が限界を越えるごとに少しずつ体力が増えていく。

 これの繰り返しにより、精神的にも体力的にも鍛え上げられた。


 そして、三時間後、今に至る。


「よーし、全員、城へ戻れ。朝食の時間だ。毎朝やるからよろしくな」

 ラークが明るく呼びかけ駆け足で帰って行くなか。

 皆、草原の上にぶっ倒れたまま力なく返事をした。それから、むくりと起き上がり、城への帰路へ着く。

 ふらふらに成りながらも道中を歩いて行く途中で、目が冴えるような薄い青色をした小さな花を見つけた。

 健気なもんだと思いつつ周りを見渡す。

 走りに向かう前とは異なる道を今現在歩いている。

 前者の道は森や林を通って行くルートだが、後者、今の道は城の近くの街道を通って帰るルートだ。

 目につく全てが自分にとって新鮮だ。

 あくびをして店の用意をする酒屋の主人。早起きをして、草原へ遊びに出かける子ども達。自分の家の庭でのんびりと朝食をとる者。二日酔いなのか、よろめきながら木で出来た窓を開ける男。井戸の近くで水を汲み上げながら立ち話をする女性たち。朝の挨拶をかわす者たち。眠そうに辺りを見回す番犬。市場の用意をする者たち。綺麗な噴水で水浴びをする鳥たち。


 朝、早く起きるにせよ。

 ここと地球では全く違うことに感心しながらこの光景に少しの安らぎを感じた。


 表には出さず、心にこの安らぎをしまっておこう。いつも通りの仏頂面の方が俺に断然合っている。

 そう言えば、小学生の頃よく仏頂面の事でいじめられていたっけ。まぁわしをいじめた奴は大抵が大泣きして謝ったが。

 チッと舌打ちをしてしまう。せっかくの安らぎが台無しだ、と。

 まあ、この過去の悪い思いでは忘れてしまおう、そんなことよりもこちらの方がとっても価値があるものなのだから。


 城へ戻り、身支度を整えてお待ち兼ねの朝食に向かった。

 朝の食堂はテラスに設置されており、既に女子組は食事に取りかかっている。とりわけ安藤は天王司にべったりで辺りに目を光らせていた。どうやら、田中を警戒しているようだ。

  

 一番見晴らしのよい場所を選び、朝食をいただく。 

 今朝もバイキングに近いものだったがそれらは少量で朝食の大部分は既に用意されていた。 

 朝食を口に入れ、咀嚼しながらぼんやりと外の光景を見てこの国について考えていた。

 自分たちが居るこの国、人類連合戦闘帝国国家ウロボロス、略して国家ウロボロスは約100000000人の人口を抱えている。このほかにも農民などが多数いると言う。

 大規模な平原に樹立したこの国の周りには様々な都市があり。その中で最も大きく重要な都市がある、要塞都市と言うものだ。

 要塞都市はその名前の如く、戦力と防御力を持ち、なおかつ都市としても機能する。

 侵入してくるモンスターなどを近くの村や国に寄せ付けないための盾のような役割を持つ都市と言ったところだろうか。

 全てで合計8つの要塞都市が付近の村をまとめ税などを取り、国を守っている。

 

 そんな回想も安藤との会話で止められ、会話を始める。

 昼からまた訓練が始まる、しっかりと休息を取らなければ。

 

 


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