6話 既知と無知の魔鉱石
ロヴェルト国王と別れた後に、オーランドに案内された場所はかなりの人数の兵士が警護する部屋であった。
そして今、そこにいる。
兵士の警備していたのは、大理石の台座の上に鎮座した群青色の大きな石だった。
それはよく見ていると群青色から所々が赤色に変化する少し気色の悪いものであった。しかも、表面が鏡のようにツルツルしており宝石に似たものである。
オーランドはすたすたと歩きこの奇妙な石の傍らに立った。
「これは無知と既知の魔鉱石と呼ばれるものです」
そう言うとオーランドはこの石を軽くぺしぺしと叩きながら説明してくれた。
警護の量の割にはかなり軽い扱いかたをしていたので少し心配になったがオーランドの説明に耳を傾ける。
無知と既知の魔鉱石とは、人間の記憶と知識を無限に取り込む魔法の力を持つ鉱石だ。
人間が触れることにより、その取り込まれた記憶と知識が全て触れた人間のものとすることができる。
また、触れる場所によって様々な記憶と知識が異なっている。
すなわち簡単に説明すると、触れるだけでこの世界の基礎的な全て知識を得ることができる特別な石。
ただし、この国の厳密な記憶も含まれているため、特定の人間のみ触れることが許されている。
それ故に厳重な警備の下、管理されている。
そして、何よりもこんなものを設置したのには理由がある。国家の叡智をまとめ、保存し、次世代へと正しい情報を受け継ぐためである。
要するに、一つの人間の代わりを量産し効率よく知識を活用しより良いものを創造するためである。
「えーと、では、質問はありますか?」
パッと隣にいた坂岡が右手を上げた。
小学校の頃からの付き合いだがともかく疑問に思ったら、質問をするのが坂岡だった。
中学生からは少しまずいことを田中と共に質問していたのを思いだし、不安にかられた。
まさかここでもやらかすんじゃあるまいな、と思いつつ目線を坂岡に向ける。
「はいどうぞ、坂岡様」
胸を張って堂々と質問を発言する坂岡、何よりもクラス全員の意識が注がれた。
「どうして、私たちの言葉がわかるのですか?」
発言されて、始めて気づかされるものがあった。あちらが日本語を話しているからここの世界の全員が日本語ということを無意識にクラス全員が思っていた。
もちろんこちらの世界に日本という国があり、日本語があると言う保証は皆無に近いだろう。
思い返せば国王閣下と言いオーランドと言い、なぜ日本語を話すことができるののだ?
クラス全員の視線がオーランドに注がれた。
「ああ、それですか、私はあなた方の世界に干渉する上でいくつか言語を知る必要があったのです。国王閣下は特殊な道具を必要しているので私と同じようにしゃべることができます。ですが、私たちは簡単な日本語しかしゃべれませんがね」
まあ納得はした、納得は。しかしこの世界で生きて行かねばならないのは確実。これからどうするのかが不安である。
勇者だと言われても、自分達の話している言葉が話せないとするならば、好感はあまり持てないし、何よりも周りに溶け込めないことは精神的にくるものがある。
「そのためのこれ、じゃよ」
再びぺしぺしと魔鉱石を叩く。
理解が追えなかった自分が恥ずかしい。記憶と知識を得られるのなら当然、この世界の言語の情報も入ってくる。
赤子は生まれてから周りの人間が使う言語を聞き、学び、そして成長してあまり意識せずに使っている。
その情報が入っていることは当然だ。
ましてや、無意識のレベルでこちらもすぐに使えるようになるだろう。
「納得していただけたでしょうか?」
「はい」
元気に返事をする坂岡。しかし、本当に理解しているのか?こいつ。
その後、無知と基地の魔鉱石にクラス全員が触れ、こちらの世界の一般的な情報を受け取った。
「そして、これを皆に着けてほしい」
オーランドの手を見ると、金色の蛇を型どった金属で出来た物、バッジがあった。あまり大きく無く、すっぽりと手に収まる位の大きさで、遠目から見ても目立つ代物だ。
そう言うと、複数のオーランドの分身がバッジをクラス全員に配ってゆく。受け取ったバッジを見てみると、遠目で見るよりも威厳に満ちあふれており。見た目よりも少し重かった。裏面をひっくり返して見てみると、光で反射して見づらいが何か書いてあった。
少しだけだが読み取る事ができた。
許可なくこれを複製することを禁止する。もしこれを行ったのはならば、裁判を行わずに処刑する。
かなり厳しいな。と思いつつ、話始めるオーランドの言葉を耳に入れる。
「これは、君たちの世界で言う所のパスポートだ。これを着けていれば、特別待遇として周りの者たち分かる」
ここは城であり国王の屋敷である、そのためとても警備が厳重だ。そして、ある程度城の人間は把握しているものの。来客等はわからないため、見えやすいパスポートと言うことで、このバッジを作り出したらしい。
服の胸の上の辺りに着けてみる。一日の間に制服を着て生活する中学生としては、バッジが交渉と同じような感じであるため、あまり違和感は無いが、地味な校章と違って派手なため、若干気分が浮きだってしまう。
気分を落ち着かせるためにも空を見ようと、窓をちらりと見ると、今まさに太陽が落ちて行く光景が目に入ってきた。
血のような色をした真っ赤な太陽の光が、地平線で消えようとしている。
最近は部活が忙しくて夕日なんてじっくり見る暇もなかった。
小さかった頃、日曜日によく親父と一緒に散歩に出かけると夕日を見ていたものだ。
ふと、昔の出来事を幻視した。
我に返り、妄想を頭から振り払う。
太陽が地平線に完全に沈む寸前、一瞬だけ緑色の閃光が一筋、空に向かって行き消えた。まるで幻想を見ているようだった。
いつの間にかそばにオーランドが来ていた。 「見ましたか?あの緑の閃光を」
既に暗くなった空を見上げ、彼はそう質問してきた。
「ええ、見ました」
そう答えるとオーランドはこちらを見た。
「あの閃光はこの世の死者達の魂が天へ登って行く跡なのだそうです」
オーランドの眼帯に取り付けられている赤い目玉が一段と赤く輝いていたように見えた。
「どうした?飯が冷めるぞ」
坂岡がモモ肉に食い付きながら注意を促してくる。それに答えるようにして、おもむろに目の前の銀の皿に盛られた肉をフォークで差しナイフで切る。
結局あの後、オーランドによる二度目の大規模空間転移によって食堂に飛ばされた。
クラスの眼前には七面鳥の丸焼きのようなものと、バイキングが用意されており。これが今日の夕食だとオーランドから伝えられていた。
今まで見たことが無いような食事を前に大はしゃぎをしていたクラスメイトだが食事になると少しは静かになってくれた。
天王司の周りには相変わらず女子や天王司の男友達が固り。
どこへ来ても変わらないクラスの雰囲気が逆に良いムードを生み出していた。
そしてこちらも相変わらずいつものメンバーがそろって壁際の席に固まっている。
「カハハハハ、安藤{あいつ}は今日もべったりか」
乾いたハスキーな笑い声をたて田中はぐいと水を飲む。
なかなか良い顔と性格、体格を持つにも関わらず田中はモテない。なぜかというと彼の言動に大きな原因があった。
食事中にも関わらずグロいネタや話をふってきたり、相手にひがんでいるようなセリフばかりを言うからだ。
そのせいで、悪い噂などが出回り田中の印象をすぐさま歪める。本人には全く悪意が無いのがまたややこしい。
こちらのメンバーはグロの話には慣れており、全くもって何でもない。
刹那、どこからかナイフが勢いよく飛んで来て、今まさに田中が取ろうとしていたスプーンをはじいた。
「ちょっと、聞こえたわよ?」
食事中でも田中と安藤の衝突は絶えない。田中のひがみ発言には毎度の如く突っかかってくる。
闘牛のように鼻息を荒くし、今にも田中に飛びかかりそうな安藤。その後ろで、天王司があわてふためき安藤に言う。
「安藤さん、落ち着いてよ」
「はーい」
その声を聞き、安藤は天王司の元へ帰って行く。
かくして怒れるバッファローは自分の主人の元へ帰って行った。
「安藤を怒らすなよー、田中」
少し青い顔をして坂岡が田中に文句を言う。それに応えてて、ごめんごめんと謝る田中。
そんな光景に目をやりつつ食器を動かし口に食べ物を入れる。
出されている食べ物のほとんどは地球で味わった西洋料理に近いものだろうか。
地球とこちらの世界の食事で大きく異なっていたのは飲料水などだ。あちらでは主に水やお茶が主流だったが、こちらでは青い色をした果実を搾ったものがよく飲まれている。
まあ、平たくいえばジュースのようなもので、口当たりは悪くなく、さっぱりとした味だ。
ただ難点が有るとしたら、色の問題のみだが。
そのジュースを最後に飲み干し、今夜の夕食を終えた。
しばらくはこの新しい光景に酔いしれたい