3話 赤色の水
何かに気づいたメイドが、ついさっきやってきた老人にかけよりゴニョゴニョと耳打ちをした。
「わかった」
ゴホンとわざとらしくせきをして、老人は話し始めた。
「そうか、君たちの協力に感謝する。しかし、万が一、こちらで死亡した場合にはもう君たちのいた場所に戻れないが、それでもいいのかね?」
「はい、僕たちにはその覚悟ができています」
それを聞いた天王司は、ためらい無く即答した。
全くもってどこからそんな自信と責任感が出てくるのだろうか。あきれるぜ。
しばしの沈黙の後、老人は口を開いた。
「そうか、わかった。では、国王閣下と会う前に服装の着替えと君たちの能力について調べてしまおうか」
言うが早いか、するすると彼の後ろから老人と同じようなローブを着た、クラスの人数と同じ数の顔を布で隠した者たちが出てきた。
「私の自己紹介がまだだったね。私はオーランド・ヴァ・ニルス、この国の側近だ。これから能力を調べる部屋に、君たちの目の前にいる私の分身が連れて行く」
ふと、分身の顔がオーランドと同じなのか気になり、目の前にいる分身の顔を覆っている布を取ろうとしたとき、この行動に気付いたのかオーランドと同じが言った。
「まぁ、分身と言っても外見としゃべることだけだがね。顔は見ない方が賢明だ」
慌てて手を引っ込めることにした。この世界についてよく知らない事が多すぎるため、彼の言うことに従うことにした。
「さて、みなさん。私の分身の近くによって、腕につかまってください。そうすれば、すぐに部屋に入る事が出来るでしょう」
恐る恐る手を伸ばし分身の腕につかまった瞬間、ぐいと体が引っ張られるのを感じた。グニャリと周りの景色が変化し、気づくと赤いレンガで作られた部屋にいた。壁には窓が付いておらず、室内はひんやりとしていて、静かだった。おそらく地下室かなにかのだろう。辺りを見回すと、赤色の赤い水で潤ったプールのようなものがあった。
「何ですか?この赤い水は?」
オーランドの分身が答えた。
「これは君たちの体の中にある、能力を発現させるための魔法道具といったところかな」
そして、分身は目の前にある赤い色のプールを指さして言った。
「あの中へ入りたまえ、服は着たままで結構だ」
オーランドの分身の言葉を一瞬疑った、なぜこんな気味の悪いプールに入らなければならないのだろうか。その驚きを退けるようにして、なおも入れと分身は言う。
なぜこんな色の水なのだ、もう少しマシな色はないのか。まるで血の池みたいじゃないか。
内心でそんなことを愚痴りつつ、いやいやながらも赤色のプールに入っていった。あまり深くなく、水深は腰のあたりまでだった。
服の上から染み込んで行き、体にべったりと服が肌にすいついた。気味の悪い感覚が、だんだんのってくるように思えた。
いや、実際に這い上がってくるのである。まるで失敗し溶けかかったゼリーが生きているかのように体を飲み込んでゆく。驚愕し必死にもがくが、おかまいなしにこの気持ちの悪い物は上ってくる。のぼってくる速さが早く、どんどん体が覆われてゆく。
口や鼻、耳の方までもずるずると覆い隠そうとする。黙視するオーランドの分身へ助けを求めるが、表情ひとつ、指一本動かさず彼はこちらを見つめ続けた。
このまま呼吸器官をすべて覆われ呼吸できずに窒息死するのか、と半分あきらめた時、オーランドの分身がやっと口を開いた。
「安心しなさい。それの中でも呼吸はできる。ただ能力が発現するまで少し時間がかかる。その魔法道具の副作用で眠くなってしまうから、そのまま寝てしまいなさい」
そういう大事なことは入る前に言ってくれよぉぉぉ
愚痴を心の中で叫んだ瞬間、混乱していた頭が落ち着いてきた。まぶたが突然、鉛のように重くなり激しい頭痛が襲ってきた。睡魔に抗えぬまま、眠りに落ちて行った。
音が聞こえる、誰か小さいこどもの泣き声のようだ。目を見開くと周囲は暗く、かろうじて近くのものが分かるくらいだった。目の前にちょうど5才くらいの黒い洋服を着た男の子がいた。座り込み、泣いているらしい。なぜか自然と足が彼の方へ進んでいった。なぜだろう、どこかで見たような気がする。
「どうしたの?大丈夫かい?」
優しく声をかけると、男の子はピタリと泣き止んだ。どうも様子がおかしい。ぞくりと変な寒気がした。男の子はゆっくりと顔をこちらにむけた。
男の子の顔はいたって普通の年相応の顔であった。
「お兄ちゃん」
「はいはい、なんだい?」
次の瞬間、いきなり男の子の眼が溶け落ち、背中から無数の腕と手、しかも本来五本あるはずの指が、四本だったり八本だったりする手が出てきて空をさまよっていた。
「お兄ちゃん、どこぉ、何も見えないよう」
ゴボウぅと男の子の口から、血と共にバスケットボール位のの大きさの目玉がひとつ出てきた。ギョロギョロと左右に瞳が動いた後、こちらの方を向いた。スルスルとこちらに無数の手が伸びてくる。走って逃げようとするが、すぐに追いつかれてしまった。いきなり周囲に炎が燃え上がった。
もう逃げ場はない。男の子だった化け物がじわじわと距離をつめてきた。がさがさと音をたてて、無数の腕がせまってくる。
「うわぁぁぁぁァァ」
恐怖のあまり叫び声をあげると、急に視界が暗くなった。するとどこか遠くから声が聞こえた。
「お・・・・・い・・・・おー・・・い」
誰だろう、わしを呼ぶのは。
周囲が暗いが遠くに一点の光が見えた。とてもまぶしくて目を開けていられないほどのまぶしさだった。どうやら声はそこから聞こえてくるらしい。そこへ向かって走り出すと視界が光に包まれ、何も見えなくなった。
気が付き目を開くととベッドに寝かされていた。どうやらあの恐ろしい出来事は全て夢だったのだようだ。
「やっと目が覚めたかね?」
横を向くとオーランドの分身が椅子に座りこちらを見ていた。いつのまにか着替えたのか自分の服は白い簡素な洋服を着ていた。
部屋は薄暗い地下室ではなく、壁や床は白いレンガで出来ており、さわやかな風を通している窓と人間が頻繁に出入りする扉は木製だった。
「うなされておったが大丈夫かね?」
「ええ、平気です」
オーランドの分身は、こくりとうなずき言った。
「さて、これから君の能力を調査していこうか、まずはこの紙を持ちなさい」