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19話  悲劇の幕開け

 どれくらい道を進んだだろうか。


 健二は敵が出てきては潰し、出てきては潰し続けた。


 今が朝なのか、昼なのか、夜なのかさえわからない。


 全身の神経と言う神経がショートしてはまた元に戻ると言ったことを繰り返しているような感覚に陥る。


 健二は何度目かわからない休息を小高い岩のそばで行っていた。


 手探りで足に無数に突き刺さった釘のようなトゲを引き抜く。


 敵の至近距離で自爆する性質を持つ魔物のとげである。 


 健二は至近距離での戦闘を得意としているため、それらの性質を知らずに先手をうちそれらの群れに突っ込んでいったので大失敗をしてしまったのだ。


 炸裂した魔物の体からはトゲだけではなく、骨や歯などを全身に浴び肉にめり込んでいるので自身の爪だけでは取り出すことができない部分もある。


「ぐぐぐっぎぎぎ·········」


 痛みにはなれているはずなのにうめき声をこぼす健二。


 裂けて再生しかけた肉をまさぐるのを止め、再び立ち上がろうとする。


 その時、不意に目の前に灯りが。


 長い間暗い場所に馴れていた瞳に光が突き刺さる。


「んぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ、目がっ目がいたぁぁあい」


 尻尾を踏んづけられた猫のようなドラ声で叫ぶ健二。


 何やら照明器具のようなものが落ちていた。


 これが落ちたひょうしに爆発したので目にストロボを浴びせられたようになったのだろう。


 と、いまだにチカチカする目を拭いながら立ち上がる健二。


 その背中に低いうなり声を含んだ吐息がかかる。


 死臭を含んだぬるい大きな吐息である。


 

 それだけではない。


 背後から感じるその怖気。



 怪物のそれは。

 

 そこら辺の雑魚とは格が違うものであった。


 

 

 健二がそれに気づいたその瞬間、背面に強い打撃が加えられるのと同時に岩のはだに叩き付けられていた。


 いいや、ただそれで終わる訳がない。


「ぐがががががががががががががが、ッぎが」


 岩が脆かったのかそれともそこに空洞があったのか、いづれにせよ健二はそれを突き抜けて別の壁に激突。


 砕けた岩の破片が体に食い込み筋肉と皮膚を突き抜ける。


「もう、勘弁してくれよ。治った傷がまた開くじゃないか」


 岩の破片がシュウシュウと音をたてている。


 肉と破片の隙間から銀色の液体がにじみ出て、ブクブクと気泡を作っているのだ。


 鼻の焼けつくような臭いが周囲に充満する。


 よろりとゾンビよろしく起き上がる健二の目、先手を打った怪物が映る。


 猫のような出で立ちでふさふさの毛の中からのぞく無数のトゲ、獅子のように強靭な牙と四肢、つるりと禿げ上がったのっぺらぼうの頭にぱっくりと限界まで避けた口。


 デューナモクネー。


 別名顔無し猫。


 ここ東獄廊のダンジョンの食物連鎖のヒエルラキー、その上側に存在する魔物。


 そして、それは同時にダンジョンの深みに近づいた証拠でもある。


「いやぁ、はははははははぁ。これはこれはぁ」


 体から破片を引き抜き身構える健二。


 今までとうって変わって、健二の様子がまるでおかしい。


 今までならば、鉄面皮のまま敵に突っ込んでいく彼だが今回はニタニタと愉悦の笑みを浮かべ、デュナーモクネーを真正面からにらんでいた。


 いつも固く動かなかった彼の額のシワがうねる。


 グニャリとねじ曲がる。


 口の端も同様に。


「いいねいいねいいねいいねいいねいいねいぃぃぃねぇぇぇぇぇ。さいっこうだぁぁぁぁぁぁあはははははあはははははははははははははは」

 

 

 異常だ。


 そうとも、異常である。


 敵前でいきなり笑い出す、それもかなり本気で。


 いつもは平静な彼の狂暴性の発露である。


途中から笑い声が裏返ったがそれでも彼は笑い続けた。


 が、しかし。


 デュナーモクネー、獣にその行動に意味はない。


 ただ殺し、ただ食す彼らには道理も法も関係ない。


 眼前にはヒトが一匹鳴いているだけ、耳障りなのだから潰せばよい。


 再び、デュナーモクネーが前足を上げ、健二に向かってしなりを帯びた鞭のように振り下ろされる。


 ずんと腹の底まで響く音と共に地面が揺れ動く。


 殺っていない、ハズレだ。


 走って勢いをつけ岩を踏み台にし健二がデュナーモクネーに飛び乗る。


 足場の確保は難しいが何よりも体毛がつかみやすいので彼はそれを頼りによじ登っていく。


 それに気づかない怪物ではない。

 

 体に生えたトゲを背中から一斉に発射する。


 健二は慌てて両腕でトゲを防ごうとするが失敗。

 

 射出された数本のトゲが健二の体を貫通し、肉と組織をバラバラにしてゆく。


 だが健二は退かなかった。


 もう既にヒトの体ではないのだから。

 

 

「きひひひひひひっひひひひひひひひひひ」

 

 口から後頭部にかけて貫通したトゲを噛み砕き、健二が笑う。


 だらだらと銀色の健二の血が流れ出る。


 そう、猛毒の血である。

 

 それは体毛を溶かし、大穴を開け、皮膚に噛みついた。


「グギャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ぁぁアアアア」


 絶叫をあげるデュナーモクネーだがもう遅い、既に出血した健二の血は怪物の血管への侵入を果たしている。

 

 だが相手は怪物、それで怯むわけではない。

 

「シャアアアアアアアァァァァ」


 健二を自分の背に乗せたまま、付近のダンジョンの壁に叩きつける。


 壁がきしみヒビが入る。

 

「むうぅ、ふははははは、きっついタックル」

 

 黙ってやられるわけではない健二、《神の右腕》を発言させ自らを押さえつけている怪物に傷を負わせようとする。


 と、健二の目が視界の端に蒼の燐光をとらえた。


「んなっ」 


 その燐光は一瞬にして一つの閃光の束となり、デュナーモクネーと健二の不意を突くように彼らの死角から放たれた。


 彼らは蒼色の光に呑まれ、周囲を大きく揺るがす爆音が辺りに響き渡った。





「うぐっ、ああぁ····ぐぅぅ」


 まともに喋れない、下顎が砕けている。


 まともに歩けない、左足の膝から下があらぬ方向を向いている。


 どうして、どうしてだ、どうしてこうなったんだ。


 坂岡君、田中君········。



 それ数時間前のことであった。


 坂岡らは準備も整ったため、上の階層へと戻るべく道を探索していた。


 ある時は坂岡の鼻と耳を頼りに、ある時は訓練で習ったスニーキングにより、こそこそと魔物との戦闘を避けて上を目指していた。


 敵に見つかった際にはともかく逃避、逃避、逃避を繰り返した。


 事が起こったのは皆が体力的にも精神的にも限界を感じた時であった。

 

 ダンジョンの壁に錬金術を施し、簡易休憩所を作り、そこでつかの間の休息を取る。


 この方法で怪物の目を盗んできたのだ。


「食料はもうこれだけか?と言うかこんなに少なかったか?」


 荷物を確認する坂岡に伊野が答える。


「残念ながら·········。元々数が多かった訳じゃないし、ましてや手放さざる終えなかった物もあったし」


「ああ、そうだな・・。中でも鶏肉が食べれないのが残念だ。あれで作るお粥が好きだった。·······いや、忘れてくれ」


「しょうがないよ、皆限界が近いもん」


「まともに休むこともできねー、まともに動くこともできねー。相変わらずどん詰まりだな、まぁしかたねーとは思っていますがねぇ。《能力》の使いすぎですんげぇ頭痛がする」


 伊野が眉を寄せ腕を組む。


「んんん?確か《能力》って一定時間使った後はアフターケアが必要じゃなかったっけ」


「ああん?マジかよ伊野ぉ、おりゃあそんなことは聞いてねぇ」


「だって坂岡くん、《能力》に関する講義を受けたとき寝てたでしょ?夢の中で鶏肉お粥三昧立ったでしょ?」


「うあぁぁぁぁ、寝言でおりゃあそんなことは言ってたんかぁぁぁ」


 頭を抱える坂岡に伊野が冷静に指摘する。


「《能力》の一定時間の発現後のアフターケア、これ即ち。安静にしてぐっすり寝て休息を取るべし。これが対処方法だよ」


「えっ、なんや簡単やん」


「この状況でどうやって、十分に休息が取れると思う?」


「駄目やぁぁぁぁん」 


「だ か ら、焦ってるんだ。一定時間の限界が来たときになにが起こるかまではわからないよ、ああもう少し早く教えてもらっていたなら良かったのに」


 暫時、歯を剥いて顔をしかめた伊野だったがすぐに感情を切り替えて言った。


「まぁ、より上の階層に戻ることができれば僕たちじゃ対処できない魔物は減っていくし。不十分ではあるけれど、ある程度は回復できる見込みがあるよ」


 やや希望を感じているような様子で伊野は坂岡に話す。


「まぁ、もう少しの間はスニーキングを続けなきゃ行けなさそうだけどね。まぁとりあえずこれが上せの第一歩だよ。坂岡くん」


「おうっ。まだ死ぬ気はねぇからな、そうだろ?田中」


 いつもは間をおかずにすぐさま返事をするはずの田中の声が聞こえない。


「田中?」


 なおも返事がない。


 焔の側に田中がうずくまっている。


 膝を抱えて、そこに顔を埋めている。


「おい田中、大丈夫か?傷がまだ、痛むのか?」


「····························」


「田中くん、·········傷を見せて開いていないかい?今一度、確認をするからさ」

 田中が彼らを見上げた。


 その時、田中が何かを口走った。


 だが、彼の口から出てきたのは人の言葉ではなかった。


「··········■■■■■■■■□■■■■■■■□□□□□■■■■■□□■■■■■□□□■■■■」


「な、何を言っているんだ田中。おい、大丈夫なのか!」


 坂岡に肩を揺すられ、ガクガクと首を震わせる田中。


「■■■■□□■■■■■■□■■■■□□■■■■!□□□□■■□□□□■■□□□□!!」


 彼の瞳は白目を剥き、それが黒色へ濁っていく。


「何が起こっているんだ?伊野、いったい何が起こってるんだ?」


「わからないよ。田中くんは負傷が僕たちの中で最も酷かったから、《能力》も使っていないはずなのに」


 体を小刻みに震わせる田中の背中をさすろうと手を伸ばす坂岡。


 だが、その手を振り払う田中。


 いいや、彼は振り払おうとしていたと言うべきか。


 彼の手は恐ろしいほど早く払われ、坂岡の右腕を切り落とした。


 彼の右腕は花嫁の投げたブーケ、吹き出した血は真っ赤な赤いほどけたリボン。


「うあぁぁぁぁ、いてぇぇぇ。何しやがる田中ァァァァ」


 坂岡は即座に自身の服を破り、右腕の切断部に口と手を使いきつく巻き付ける。


「坂岡くん、どいてッ」


 《能力》を発現させた伊野が専用武器ヒーリングスカルペルから数本のメスを投擲する。


 メスは田中の首筋、太もも、腕に当たる。


 跳ね返される、金属音と共に。


 数本のメスが周囲に散らばった、緊急避難所の出入り口にかけられた布にも一本のメスが突き刺さった。 


「■■■■□■■■■」


 田中の欠損した左腕には金属光沢を持つ新たな腕、傷ついた体からは白刃の翼。


 《鋼の天使》の力である。


 彼が右腕を掲げる。


 握られているのは一本の剣、それは鉄鋼で作られた一本のメイス。


 田中の専用武器、ブロークンヘヴン。


 壊れた天国などと言う天使には似合わぬ名前。


「■□!!」


「うぐぁぁぁぁ」


「伊野ォォッ」


 ブロークンヘヴンが伊野に頭突きを食らわせ吹き飛ばす。


 成す術もなく伊野は壁に叩きつけられ、どさりと崩れ落ちた。


「あ、が········」


 今の一撃で伊野の下顎が砕けた。


「田中ぁ、てめぇえぇぇぇえぇ」


 《銀の魔狼》を発現させた坂岡が一気に田中に接近し、彼の顔に蹴りを入れる。


 そして、持ち前の身軽さを利用し胸部の鳩尾にもう一発かます。


 蹴りには彼の憤怒が込められたいた、友を痛め付けた怒りとこの状況に陥ってしまった事への怒り。


 それらが彼の臓物の底でうねり、鼓動を、呼吸を早くし、普段よりも力のこもった技を繰り出していた。


 顔に蹴りを入れられたことにより怯んだ田中、彼は鳩尾に再び蹴りをくらったことで壁に打ち付けられる。


 鋼で作られた田中の頬当てから血が滴り落ちた。


「まだまだいくぜ」


 左腕の人差し指と中指を拳銃のように構える坂岡。 


 その指に挟まれているのは二本の釘。

 

 ガウンッ、ガウンッ。


 銃の発砲音にも似たそれが響きわたる。


 田中の双翼がひび割れ、ダラリと力無く彼の肩から垂れ下がる。


 物体を電磁誘導によって加速し打ち出す兵器、その模倣。


 レールガンもどきとでも言うべきか。


「■■■□■·····□□□■□□■□········」


 田中だった者が膝をつき、こちらを見ている。


 怯んではいないものの、次のこちらの打つ手をうかがっているのだろうか。


「まだやるか?」


 左手で釘を弄びながら坂岡が、田中だった者に語りかける。


 先の二発で頭や心臓、急所を狙うこともできたが彼は敢えてそうしなかった。


 かつて友であった者への慈悲か、それともまだ田中と言う親友であると言う甘えなのか。


 いずれにせよ、彼にそれらの答えを出すことはできなかった。


 まず、伊野に聞こえてきたのは釘の落ちる音だった。


「うぐぅぅ、ああああああああああ·······」


 そして、頭を抱えて痛みに叫ぶ坂岡の姿だった。


「····ど、どうひて?さひゃおひゃふんは、たなひゃひゅんのひょうへひを············」


 そうである、確かに坂岡は田中の攻撃を受けていないのである。


 なれば、魔術か、それともはたまた《能力》によるものか。

 

 いいや、違う。

 

「ハァハァハァ、うぐっ。くそ、これが《能力》の使いすぎってやつか?」


 坂岡は荒く辛そうに息をつき、立っているのもやっとのようだ。


「□□□■······□□□·····□」

 

 田中だった者が再び立ち上り、ブロークンヘヴンを構える。


 己の最後と悟った坂岡はそれでもなお、割れるような痛みを持つ頭をかばいながら必死に四肢を動かす。


 それが死の間際が徐々に迫るなかでも、止まることはなかった。


 しかし、それでも冷然と踏みしめる靴の音は坂岡の心拍を上げるには十分であった。


 とうとう、坂岡は壁に追い込まれた。


 焚き火が暗がりと共に坂岡の顔も照らす。


 田中だった者の表情は鉄兜に覆われてうかがい知ることは出来ない。


 ゆっくりと狙いを定め、振り上げられる。


 狙う場所は頭か、腹か、胸か骨髄か。


 決まった、頭だ、一番早く殺せる。


「格好の悪いまんま、お陀仏かよ」


 口では諦めをこぼす坂岡だがこの期に及んで、まだ彼は足掻く。


 手頃な意思を掴んでは投げ掴んでは投げ、少しでも死から遠ざかろうとする。


 だが敵の体は全て鋼鉄で覆われているためせいぜい耳障りな音を立てるのが精一杯だ。


「··························」


 無慈悲にも振り下ろされるメイス。


 ブロークンヘヴンが肉と骨を砕いた。


「あがぁぁぁぁぁぁぁ─···うぐぐっ·······」

  

 

 鋼鉄の轟塊が打ち砕いたのは頭蓋ではなく、伊野の膝を打ち砕いた。


 痛みに悶絶する声は伊野のものであった。


 下顎の割れていた彼はまともな声はさえ出せなかった。

 

 殺されかけていた坂岡を突飛ばし、かばったのは伊野だ。


 かばった彼の負傷が、彼の膝だけですんだことはことはまだ幸運だったかもしれない。

 

「伊野、おめぇ················」


 痛みにのたうつ伊野、口は食い縛られ、目は血走り、苦痛に耐えていた。


 しかし、苦痛に表情を全て塗りつぶされていたわけではない。


 ほんの少しの、だが極めて些細な感情がそこにはあった。


 大事な友を危機から救うことができたと言う、喜びだ。


 しかし、そんな彼の表情は暗転する。


「な、なんだ。これは」

 

 坂岡はどこからともなく現れた一本の触手に巻き付かれた。


 気味の悪い灰色の触手である、形状はタコのそれににている。


 体力の消耗の激しい彼の体には抗うほどの気力や筋力さえ残されていなかった。


「うぐ·········」


 彼に似合わない小さな声が巻き付いた触手から聞こえたか聞こえないか判断がつかないうちに触手はもと来た場所、緊急避難所を塞いでいた呪文の書かれていた布をが無惨に破かれた出入口から出ていった。


 それで終わりではなかった。


 坂岡をさらってもなお、足りぬとばかりに複数の触手が残りの二人を襲う。


 田中だった者は始めこそ触手を叩き潰していたが多勢に無勢、勝ち目はなかった。


 彼は見えなくなるほどの触手にたかられ気絶し、抵抗をしない犠牲者を触手はずるずると引っ張って行く。


 一方の伊野は敗者のごとく、逃げの一手に徹し続けた。


 伊野は泥と血、瓦礫の上を這いまわり逃げ続ける、それに対し三本の触手が彼を追いかけた。 


 彼の回避は田中だった者が気絶させられるまで続いた。


 坂岡と彼を捕らえた触手は興味を無くし、ナメクジのような粘液を滴らせながら消えていった。


 



 これが、数時間前のことである。


 全てがあっと言う間に過ぎ、伊野は完全に一人ぼっちになり。  


 彼らはほぼ完全に散開し、散り散りになった。


 残された伊野は触手の怪物に破られた呪文の書かれた布を修理し、彼は焚き火の前に座り込んでいた。


 勢いの弱くなった火が照らす彼の顔は暗く、瞳は濁っていた。


 砕けた下顎の骨と膝の関節は何とか自身の《能力》、《清廉なる神薬》で完治することができた。


 だが、彼の力で外傷は治療することができても内面的な、心の傷は癒すことはできない。


 それは失った友も同義である。


 ましてや、友が生きていたとしても。


 伊野の心は今は立ち上がることはできず、戦うための力さえ残っていなかった。


「うぅぅ、ぐっ···········。う、あああああああぁぁぁぁぁぁ··········」

 

 堪えきれず、伊野は頭を抱え嗚咽と絶叫を発する。


 彼の絶叫は呪文の施された布が外へは聴こえないようにしてくれている。

 

 伊野の心は完全には折れていないものの今はまだ安らぎを欲していた。


 しかし、叶わない。


 冷酷に回る運命は、二度と過去へは戻らない。

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