18話 夢の残骸
「いささか予想外の展開となってしまいましたな、兄上」
薄暗い部屋の中に一つ、声が響く。
声の主がカーテンに手をかけ、部屋に光を入れる。
体のいたるところに歴戦のものであろう傷が刻まれていた。
その人物の雰囲気もどことなく、明るい雰囲気を醸し出している城の部屋には全く似合わない印象を受ける。
冷徹、無慈悲、威圧・・・・。
誰であれ、この人物に対する印象はそう言ったものとなるだろう。
ザーヴァス=ニウス。
彼の傷だらけの体からは常に屍臭の臭いがする。
本人曰く、毎日欠かさず二度は風呂に入っているそうだが中々に臭いが落ちないのだと言う。
あまつさえ、私は時々この男の肉と髄にまで殺した相手の血が染み込んでいるのかと気にしてしまう。
歴戦の狼、帝国の猟犬、首狩り大将、血みどろ提督、虐殺将軍、鏖殺隊長。
このような二つ名を複数つけられる程、彼の経歴は深紅一色に染め上げられている。
彼が今まで殺めてきた者を築き上げればくらいは出来よう。
私オーランド=ニウスの弟に。
張り付いたような真顔の顔に嵌められた魔鉱石で練り上げられた藍色の光を放つ義眼がグリグリと動き、私の姿をとらえた。
本人の意のままに動かせるのだが、どうも動きが良すぎて気持ち悪い。
「そうだな弟よ。やはり勇者の損失はそれだけでも国民や兵士達の心に不安の影を落としかねないのじゃ」
「ではでは公表せずに隠蔽させておく方針でよろしいのですね」
「ああ、是非ともそうしておくれ。勇者達の方へは私が説得をしておこう」
ああ、彼らもきっとわかってくれるさ。
それなりに知識もあるし、判断力もそれなりにある。
立ち去ろうとすると彼が私を引き留める。
「何だね?」
「勇者の能力の一覧を検閲させてもらったのですが、三名ほどいい人材になりそうな者がいます。後で集合するように呼び掛けてくれませんか?出来れば早めにお願いしたいのですが」
ザーヴァスが書き出した書類に目を通す、彼らの能力はあまり目立った特徴もなく、突出したようなものものない。
「わかった、明日の午後には収集するよう手配しようぞ」
「それではよろしくお願いいたします、仕事に戻りますので」
やれやれ、相変わらず仕事熱心だな。
退職したら人気のない場所で穏やかに過ごしたい、正直政はもうそろそろ手を引きたいものだ。
それにしても、人柱が一つ欠けてしまったのは残念だ。
健二たちが失踪したその日の夕方。
クラスメイトたちが寝起きをする施設の食堂では小さな小さな彼らなりの弔いが開かれていた。
その告別式とはただ単に少し大きな食事会を催す事で、野球部やサッカー部の生徒が中心に行っていたが、弔うというよりも少し豪勢な宴会と言った方があっているだろう。
そしてなによりも、自分たちが生け贄にならなくて良かったと彼らの中には声高に言う者もいた。
何人かの生徒たちはそこまでは言わないが、どちらにせよ腹の中ては誰もがそう思っていたに違いない。
今はそれらも下火になり多くの男子は出されたデザートをそそくさと嗜んだ後、風呂場へ直行してしまった。
大半の女子はまだデザートを食べていた。
「そう。彼はほぼ死んだも同然なのね。教えてくれてありがとう」
「はい、京極さん。どういたしまして」
デザートの置かれているテーブルでたむろする女子軍から一人の少女が出てくる。
スラリとした体型と艶やかで長い黒髪、それらから麗人という印象を受ける人物である。
「やぁやぁ、京極ちゃん。少し話でもしないかい?退屈してたんだー」
ニシシシと彼女に笑いかける女子がいる。
八重歯で短髪、すこし男勝りな雰囲気のある彼女の名前は芦野睦月。
その傍らにはいつも遠慮しがちな納戸部凛花がいる。
見れば三人がけの椅子の一つが空いている。
「ありがとう、お邪魔するわ」
デザートの盛り付けられた皿をテーブルに置き、京極暁は彼らと同席する。
話を始めたのはやはり、おしゃべりな芦野だった。
「いやー、こんなに早くこの中から消えちゃう人がいるなんてさ」
そして、立て続けに納戸部が続く。
「そう・・ですね。一番殺しても死ななさそうな彼が、先に逝くなんて想像もつかなかったです」
紅茶に砂糖を入れ、それらを混ぜ合わせながら京極が答える。
「そうね。彼の死なんて想像もつかないものね」
「彼の事は、正直ってさ。あんまり好きじゃなかったな。なんと言うかいっつもしかめっ面でさ、無愛想ったらありゃしないよ」
「そうですねぇ。彼の事は私も正直苦手でした。いつも人を寄せ付けない雰囲気で・・。でも正直お話をしてみたかったです」
「へぇー納戸部。あんたがそんなことを言うなんてねー」
芦野のからかいを納戸部はいつものように受け流す。
「私たちのクラスの男子の大半はみんな、近代的な音楽が好きですよね」
「ああ、そうだね」
「でも彼は違ったんです。彼はああ見えてクラシックが好きなんです」
「ほんとー?以外っちゃあ以外だね」
「実は私も好きなんです、クラシック。ある時家族と一緒にコンサートに行ったときに、彼が一人で来ているのを見たんですよ」
「ああそれで納得だわ」
「何がですか?」
「納戸部君、きみ彼にほの字なんじゃないカナ?」
京極の眉がわずかに動く。
納戸部が即座に否定する。
「そんなことは、無いです。でも気になったわけではありません、その。コンサートで見たときの彼の・・」
「彼が・・どうしたの?」
「その、えっと。普段は彼は全く表情が変わらないじゃないですか」
「うん。あいつは表情をほとんど変えないから、鉄面皮ってあだ名が一時期流行ってたね」
「その時の、クラシックのコンサートを聞いているときの彼の顔が。とても哀愁に満ちていたんです」
「ええぇ?あの鉄面皮が?」
「はい。私もその時はビックリしました。彼もあんな顔をするのだと。でも何であんな顔をしていたのか、聞かずにさよならしなきゃいけなくなるなんて」
「なんだかさ、人って外見がだけじゃわからない事があるよね」
「そうね、私もそう思うわ」
ここにきて、ようやく京極暁は口を開いた。
「私も彼の事はあまり知らなかったけど。彼を失ってはじめて私たちがいるのが戦場だと再確認されたわ」
「そうですね、京極さんの言う通りです。もっと今ある大切でかけがえ無いものを大切にしなければいけませんね」
「そーだね。私と納戸部の仲も大切にしないとね。ところでさ、───────────」
芦野が話題を変える頃、紅茶を飲み終えた京極はリンゴを食べていた。
それから、面白おかしい話をすること小一時間。
会話を芦野たちと楽しんだ京極は自室に戻り寝る支度を終えた。
ほうとため息をつき、手を伸ばした先にあったのは携帯式音楽再生機器である。
スピーカーの部分から流れ出て部屋の空気に浸透して行く。
京極は灯りを落とし、窓を開いて風を通す。
白いカーテンが風に遊び、流れ出てくる音楽はチャイコフスキー作セレナーデ。
窓辺の花瓶にはユリとスターチスの花が生けられている。
白いシーツのベッドに寝転がる彼女の顔には月の明かりが降り注ぐ。
「若林・・健二・・・・」
ぼそりと呟き、はじめてその顔を曇らせ、綺麗な目の端にうっすらと涙が浮かぶ。
そしてうつ伏せに寝返りをうった京極は歯噛みをしていた。
こぼれそうな形の無いものを押さえようとしていたが、ついにそれはかなわなかった。
「ぅうぅぅッ、くぅうう・・」
押し殺していた感情が堰を切ったように流れ出てくる。
涙が止まらない、止めどなく流れ出てくる。
「こんな・・・・なんでよぉ・・。あなたはっ、あなたはっ・・・・」
背を丸めた京極が何度も右の拳を打ち付ける。
静まり返った部屋に少女の悲痛な声が静かに響き、白いシーツに涙のしみが広がって行く。
あなたはきっと私を覚えていないのでしょうね。
けれど私はあなたが、あなたに生きていてほしかった。
呼吸が激しくなる、心が乱れ、まともに物事が考えられなくなってくる。
感情の波に呑まれ無いように心を沈めようとするが止まらない。
なんと皮肉なことだろうか。
いつも彼への思いを周りに悟られないように、この思いを彼に告白したかった思いを押さえつけように。
この感情を落ち着けられたら良いのに。
きっとそうすれば楽になれるのに。
京極は泣いた。
その感情の動くままに、その喪失感のままに。
彼女にできることと言えば、その泣き声を誰かに聞かれないように必死に歯を食い縛ろうと努力することだけだった。
無心でひとしきり泣いた後、心が徐々に落ち着きを取り戻した京極。
彼女は月明かりに照らされたベッドの中で、涙の後の残るその顔を横に傾け、月を眺めた。
火照った体に当たる窓からの風と月の優しげで淡い光が彼女を眠りへと優しく引き込んでいく。
荒立っていた京極の心の波は収まり、月を映す湖のように鎮まった。
眠りに落ちる間際、京極の頭にふとあることが思い浮かんだ。
死んだも同然、と言うただそれだけで彼が死んだと断定するのは駄目ね。
クラスメイトのほとんどは健二たちがの死を信じきっているわ。
ならばせめて私だけでも、彼らが生きていると信じなくてはいけないわよね。
少しだけ心に灯った希望を抱き、京極は眠りについた。
(今のところは異常なしッ・・と)
周囲を警戒を続けていた坂岡は安堵の息をつく。
狼の嗅覚の鋭さを獲得しているために、魔物の位置を空気中の臭いによって特定できると言う。
まさに高性能レーダーさながらの正確さを誇っていたが一つデメリットがあった。
それは集中力を普段の数倍は注ぎ込むために、精神が疲労すると言うものである。
例えるのなら、それは試験が長時間に渡って行われるようなものだ、これは本人の談であると言う。
だが、いつそれも切れるかわからない今。
見張りの交代が彼には必須だった。
彼は伊野の肩に手をかけ、揺さぶり起こす。
「交代の時間だぜ、伊野」
「・・・・あれ、坂岡君?ああ、交代だね」
寝言を呟いていた伊野が目を覚まし、眠たそうに目を擦りながら起きる。
「それにしても、お腹がすいたね」
「ああ、そうだ。こんな時のために」
ごそごそと所持していた荷物をまさぐり取り出したのは一掴みの乾燥した大豆。
「それどうしたの?」
「ああ、ちょっとねん」
ほら食うか?と差し出された豆を何粒か掴み、口に放る伊野。
咀嚼しポリポリと乾いた音を立てて腹を満たすものの味が素朴かつ乾いているため、少し物足りない。
「うーん素朴ッ、味が素朴ゥ。こんなんじゃやっぱり腹の足しにもならないけど。あるだけましか」
「まぁ。仕方ないね」
「う、ううぅ・・」
会話をする彼らの間にうめき声が割り入ってくる。
二人が見れば田中が目を覚ましていた。
「うぁ、いってぇぇ・・ぇ」
もぞもぞと体を動かす田中の身体中を、激痛が走り抜けていく。
苦悶の表情を浮かべる田中の口に伊野がストロー状に変形させた《ヒーリング・スカルペス》を寄せる。
「すまん伊野・・」
「気にしないでよ、田中君」
伊野は田中の頭を少し起こし、痛み止を調合した薬を飲ませる。
田中は薬を飲み終えると寝入ってしまった。
伊野は回復系の能力者に配られていた地球での救急箱に当たる箱を確認していたが顔を曇らせた。
「今ある物じゃ、完全に傷を防ぎきれない。やっぱり上へ登って戻るしかない、のかな?」
「いやいや、それもまずい。現在地がどこかもわからないし、おまけに食料はほとんど無し、戦力も十分じゃない、それに負傷者だっているんだ。安全地帯にたどり着いてそこで大人しく食料やらなんやらを調達しつつ助けを待つのはどうかねぇ」
坂岡が反論すると伊野はよくよく考える素振りを見せこう言った。
「そうですね、そうしよう。そう言えば、地上との連絡はどうなってる?」
坂岡が小型の水晶玉のような通信機をいじっていたが、断念したように頭を振った。
「だめだ、全然だめ。繋がらねぇよ。そもそもこれ、あっちと繋がってないんじゃないか」
「とりあえず、これは諦めよう。田中君の準備が整い次第、出発しようよ」
「おうさ、そうしよう」
あからさまに場に似合わない坂岡の空元気な声が、少しだけ場を和ませていた。
「ブギユュッ」
歪な形をした右腕から繰り出された右フックが牛型の怪物の頭を貫通しえぐり飛ばす。
絶命と共に怪物は脳髄と血を撒き散らし、他仲間の死骸の海に沈む。
しかし、健二の背後から迫った爪が異常に長いリザードマンのような怪物、皮膚を食い破り槍のように尖った骨を突き刺そうとする大猪の怪物が迫る。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
休んだあと、洞窟から飛び出した健二を出迎えたのはあれよあれよと羽虫のごとく集まってくる怪物どもであった。
色々な種族が入り雑じって一つの群れとして動いている。
ちょうど其は雑穀米を見ているような感覚を誘う。
数の暴力を振りかざして迫ってくる人と同じ大きさの怪物どもに対し健二は破格の個の力を以て対抗する。
触れれば即死の右腕が忙しく飛び交い、怪物どもの首、胸などに次々に壊していく。
その動きには無駄がなく、迷いは無かった。
柔道において組み手争いと呼ばれるものがある。
相手の袖口や肩口を取るか取られるかの、のるかそるかの駆け引き。
それを彼は応用し、なるべく敵の攻撃を手で受け流しつつ確実に一撃で仕留める技にしたのである。
血で血を洗う戦いの間中、彼の顔に変化は無かった。
ただ殺し、ただ抉り、ただ潰し、ただ壊し。
職人が作業に没頭するように健二は殺しに専念し続けた。
しかし、多勢に無勢。
さばき切れなかった怪物の攻撃が健二の体を引き裂き、貫き、抉る。
返り血が辺りに飛び散り怪物どもにつく。
しかし、健二から出てくるはずの痛みにのたうつ絶叫は血が降りかかった怪物どもから発せられる。
血の付着した腕、顔、足、胸の皮膚が溶け落ち始めたのだ。
それだけではない、溶け始めた場所を中心に徐々に皮膚が黒ずみ痙攣を起こしバタバタと倒れていく。
健二自体もなぜこんなことになるのか、彼には検討が付かなかったが。
そう言ったものは彼には問題ではなかった。
気づけば、一匹残らず魔物は惨殺されていた。
辺りには濃厚な鉄と先程まで生きていた細胞の臭いが大気を漂っていた。
もうムクロバエがわずかな死臭を嗅ぎ付け怪物の死骸を飛び交い始めた。
じきに他の怪物が来るのも時間の問題である。
それらを背に、健二は暗い道へと消えていった。




