14話 種族と洞窟
辺りで気絶していたクラスメイトも、次々と意識を取り戻し、回復担当によって負った傷を癒してもらっていた。
「ラーク隊長。ここはどこらへんなのですか?」
羊皮紙に書かれた地図を見ながら、ラークは安藤の問いに答える。
「安藤君、君は良い知らせと悪い知らせ、どちらを先に聞きたいかな?」
少し戸惑いの表情を見せる安藤。
「では、悪い知らせから」
「我々は今、最初の階層から大きく落ちてきた。今いる階層はどこら辺だと思う?」
「私達のいた階層・・えーと29階ですか?」
29階の階層、ここまでは彼らの現在の力量ならばギリギリ進む事ができる。
しかし、ラークの平坦な声で僅かに残っていた安藤の予測が打ち壊される。
「それよりもさらに深い階層、今いる場所は46階と言ったところかな」
46階、帝国近衛隊を含めた彼らでは、撤退こそが最善とも言える、まだ来るには少々早すぎる階層。
最悪の場合、死が自分達に降りかかる。
その事実を聞かされ顔をひきつらせる安藤。そんな少女にラークが優しく語りかける。
「まだ、希望が無いわけではありません。大抵のダンジョンには隠し階段的な物が有りましてね。それが運良く我々の近くにありそうなんです。これが良い知らせです」
「良かったぁー、それで。その隠し階段的な物は一体何処に?」
「ええ、わかっているならもう階段の入り口近くにあなた方を導いています。先程の崩壊で、隠し階段の場所がわからなくなっているのが事実です」
頭を抱える安藤をよそにラークは続ける。
「さあ、皆さんに瓦礫の撤去と隠し階段への扉を見つけるために動くようにいってください」
「一人として欠けることなく、再び太陽に包まれたいのなら」
「その必要は、無イ」
何処からともなく歪な声が響いてくる。
辺りを見渡せばボロのような外套を羽織った人物がいた。
いや、人とそれを呼んでも良いのだろうか。
外套から出ているはずの足は無く、布切れがヒラヒラとスローモーションで動いているように見る
。
頭をフードの中には不自然に暗黒が敷き詰められ表情を窺うことは出来ない。
「さテ、少々付き合って貰おうカ」
灰色、黒色、赤色が斑に入り交じった、ペスト患者の肌のような色をしたねじくれた腕が六本、スルスルと外套の下から出る。それらには関節らしき物は見当たらず。腕の部分は触手のようにグネグネと曲がっている。
「種族ノ、手伝っておくレ。わたシにハ、少々人数が多すぎル」
その人物が言った直後に周りから何か、透明なものが徐々に姿を表していった。分厚い岩盤をすり抜けるようにしてそれは姿を表した。
不定形ではっきりとした形をしていない。しかし、それそのものが大きすぎるため近くで見ると彼ら、クラスメイトを左右から取り囲む壁のようだ。
半狂乱になりクラスメイトは逃げまどう。しかし、周囲は既に囲まれているため逃げ出す事が出来ない。
不定形だったそれは次第に形を取り始めた。
獲物に穿つ杭のような幾つにも連なる巨大な牙、大木の根のような歯茎、さらにそれらを下で支える巨大な霊峰のような一対の硬口蓋。
それは彼らを丸呑みにせんと口を開くドラゴンのように巨大な爬虫類の顎。
神にすら噛みつかんとする冒涜的な顎は彼らを包み込み、船がその先端から海に沈んで行く。
この冒涜的な怪物が消えたあとに、勇者達の姿はなかった。
ここは何処だと建二は思う。
あの巨大な顎に呑まれた所まで記憶は有るのだが、それ以降が全く思い出せない。
辺りを見回してみれば白亜の空間にいた。見渡せど人影も物影も無く、延々と白色が続くのみ。
ここに果てと言う概念は無いように建二は思えた。
「おヤ。誰よりも気付きが早いナ君ハ」
歪な声が響く。
声の聞こえた方、緊張した顔で建二は己の背後を振り向く。
そこには、やはり。
「ようこソ、我が 洞窟 へ」
先ほど見た化け物がここにいる。
「いったい誰なんだ。あんたは」
勿体ぶるかのように、フードの中の髭を撫でるような仕草をして、化け物が言った。
「洞窟のイドラ、と呼ばレていル。親しい者カラハ、洞窟の。と呼ばれているがね」
新種の生物なのか、冥界王の手先なのか。いづれの記録を辿るも、一向に洞窟のイドラと呼ばれている存在は確認出来ない。
ただ、敵と見なして良いのは確かなようだ。
などと、思っている建二に洞窟のイドラが続ける。
「他の者達は我が 洞窟 ニそれぞれ隔離サせてモらってイル」
「わしらをどうする気なのさ」
「まァ、な。君ラの数が多いとこちラも多少厄介なノでナ。早イ話前線に来る人数を減らさセてモラオウカ」
笑っているのか、ふるふると上下にボロ外套が動く。フードの下にあるはずの顔が持ったく見えないので、余計に気味が悪い。
「気にしなくテも大丈夫サ。君ラの好きナ多数決とやらデ、幾人か間引こうとスるカナ」
と。
神の右腕を発現させた建二が、洞窟のイドラの目の前にまで踏み込み、その外套のフードにめがけて手を振り下ろす。
だが、神の右腕と洞窟のイドラから残りわずか数センチの所で、神の右腕が止まる。
「以外ニ容赦無ク。殺しニカかッてくるモンなんだな」
相変わらず無機質な洞窟のイドラの声が白亜の空間に響く。しかし、次に聞こえてきた声は決して無機質ではなかった。
「その右腕、何カ嫌な予感ガするな。
その右腕を禁止スる 」
その言葉が空気を伝わり辺りに波紋のように広がっていく。
突然、建二は右腕に焼きごてを当てられたような感覚を覚えた。
ぼろぼろと腐食していくように純白の肌が空気中に溶けるように消え、あっという間に元の人間の腕に戻ってしまう。
「・・・・何をした」
「ここハ私の支配すル 洞窟 。コの 洞窟 の構成ニは君の精神世界ヲ元にしてイル。ましテヤ、ここノ支配者ハ私ナノでな、私の思い通りニありトあらユルものノ存在権ヲ自由に剥奪デキるノサ」
はたとそれが語られた。
見せ物で開かれたマジックのネタバレを目の前でされたような、ああなるほど、そうなのねと言った感情が建二の胸内に発生した。
それと同時に不安と言う自信の感情に気付く。
強者たる敵からのネタばれ、それが意味することはただ一つ。
敵が揺るぎない勝利を確信したと言うこと。
その事だけがストンと建二の思考に落とされる。自分の力では太刀打ち出来ない、その事が深く五臓六腑に染み渡る。
「その様子ダト、わかってモラエタようだな。何はともアレ、多数決ハ完了シタ」
洞窟のイドラのおぞましい手が建二を指差す。判決を言い渡す裁判官のように淡々と洞窟のイドラが言葉を紡ぐ。
「選らばレタのハ貴殿と伊野、田中、坂岡と言う者達だ」
「・・う・そだろ、嘘だろッ。てめぇが勝手に選出したんじゃねぇぇのかよぉぉ」
激昂しギリギリと歯ぎしりを始める建二、それに対し平然と有るかもわからない眼で眺める洞窟のイドラ。
「言い忘れてイタが私の 洞窟 は、構成した生命体の精神、即ち心の本心を速やかに吐露サセル事がデキル」
「それじゃあ、本当に・・」
「速やかな理解、真に感謝スル。ダガ証拠は示さねばナルマイよ」
洞窟のイドラの背後からジワジワと黒い物体が現れ、建二に目掛けて濁流のように押し寄せる。
「うッ、うわあああああぁぁぁあぁぁぁ」
黒い濁流は建二の、彼の目玉を通り脳に入り込んでいった。視神経に痛みが走り、そして天王司派のクラスメイトの声がいくつも重なり頭に響いた。
冷笑する声、罵倒する声彼らの様々な罵詈雑言はどれも建二達を罵るものばかり。
それだけではない他人の悪意がそのまま直に建二の心に流される。
それは純粋な水に墨汁をぶちこまれたような感覚だったと言う。
それと同時に建二の頭が割れるように痛みだす。頭蓋と脳が悲鳴を上げ軋んでいるようだ。あまりの痛さに耐えきれず、彼は絶叫していた。
「クククククク、さてと、 洞窟 を解除スルカナ」
パシリと洞窟のイドラが指を鳴らすと白亜の空間にヒビが入り、バラバラと崩れて行く、気づけば洞窟のイドラの姿はなかった。
ゴギュ・・・
「え、あァ。ゴぶッあぁ」
眼を覚ました瞬間に脇腹に鈍い衝撃が入る。
建二のあばら骨がひび割れその骨の破片が肺に深々と刺さり吐血する。神の右腕は既に発現しており、彼の吐いた血で所々に赤い模様をつけていた。
建二はそのまま何かに吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられ、痛む体を起こして建二は辺りの様子を伺った。
天王司派のクラスメイトはおらず、周囲の景色は岩をくりぬいたバカでかいドーム状の場所になっている。
そして、山のようなものが眼前に立ちはだかっている。
ずんぐりとした巨体、体を隙間が無くなるほど覆っている乳白色の鱗、その四肢の先、手と足先から生えている地を穿ち陥没させそうな程の大きさの爪、額から一本の鋭く長い角の生えた頭はさほど大きくなく、口元からはこれまた白色の乱杭歯が顔を覗かせており、溶かされた金のように煌めく双眸がこちらを見据えている。
一目すると羽の無いドラゴンのような印象を受ける化け物がそこに。
口腔に残る血を吐き出し、ゆらりと建二は立ち上がる。
能力による身体強化のために受けた打撃はある程度軽減されているもの、肺の痛みが彼を苛み、心に残っているわだかまりが気分を害する。
「ああ、最悪な気分だ」
ゴアアアアァァァアアァァ
突如として咆哮が頭上から浴びせられる、しかしそれは眼前の怪物からではない。ドームの天井を突き破り巨大な何者かが顔を除かせる。
蛇のようによくくねる何本もの首、ワニのような四足歩行で壁に爪を差し込み移動する、赤色の目立つ体の節々から発せられる光は時折その色を変えていた、背中には鋼鉄のように硬い亀のような甲羅が。
それらの特徴は建二の脳裏にはっきりと刻まれ、該当する化け物の名を導きだした。
「ヒュドラ・エレメンタル」
この東獄廊のダンジョンの主とされるモンスター。
そのエレメンタルの名通り五大元素の純粋な力を操り、その力と物理攻撃を持って敵を圧倒する。
その純粋な力は錬金術に近く、錬金術師の間では、赤い王のヒュドラとも言われる。
時として、地形すら変化させる程の大規模錬成を行いダンジョンの拡大をしていると噂される。
しかし、ヒュドラ・エレメンタルの眼中には建二は無かった。ただ己のテリトリーに現れた外敵を排除することしか頭に無いようだ。
ヒュドラ・エレメンタルの周囲の壁に無数の槍が現れ、白色の怪物に目掛けてミサイルのように一斉掃射される。
それら全ては洞窟の壁から錬成されたものだ。しかし錬成は洞窟の壁を槍に形を変化させただけに止まらず、槍の色が洞窟の壁と同じ灰色から金属光沢を帯びて行く。
それらは全て、白亜の鱗を穿った。槍の一本一本が鱗を突く度に爆風が発生し、更なる衝撃を与える。
「うおッおおおお・・」
爆風はドームを揺れ動かしパラパラと小石の小雨を降らせてくる。そして、それらの余波が建二のいる所にまで及び、彼を軽く吹き飛ばした。
ゴロゴロと凪ぎ払われるが、すぐに態勢を整える。
建二が見上げた時には既にヒュドラ・エレメンタルが更なる一撃を加える所だった。
白亜の怪物を取り囲むように真横から突然円柱が生えてきた、先端には太い杭のようなものが針山の如く備えられている。
怪物が築いた時既に遅し、白い体に円柱が食い付いていた。
と、ふと槍の豪雨が止んだ。その代わりの紅の光がドーム全てに降り注ぐ。
紅蓮の光球がヒュドラ・エレメンタルの頭上に掲げられている。
明らかに危険なものである。証拠にかなりの距離が離れているはずの建二の肌をジリジリと焼いていた。
その正体は、錬金術によって造り出された小さな恒星。完全ではない錬金術故か、本来の恒星の力を完全に持つことができていなかった。
しかし、その威力は充分であった。
それがドームの天井を多い尽くすほどの大きさになった時、多頭の怪物が一斉に
首を真下に振る。
この光球は真正面から白亜の怪物に迫る。
神の右腕を自分の目の前に掲げ光球からの熱を塞いでいた建二は、近づくにつれ強くなる光に目が眩み瞼を閉じた。




