12話 東獄廊のダンジョン
早朝、露に濡れた草原をクラス三十七名とラーク率いる帝国近衛隊十人は現在、国家ウロボロスから東の位置にある、東の草原と呼ばれる場所を移動していた。
全員は馬に騎乗し、武装に身をかためている。
帝国近衛隊とラークの装備は革と一部を鎧で武装しており、一方クラス全員は、新品の鎧等を着けていた。
今日は東の草原を抜けた先にある、東獄廊のダンジョンと呼ばれる所に実戦経験を積むために向かうことになっている。
建二はクラスの後ろ側にて、馬を遅れないように走らせながら、草原の風景を見渡していた。
「実戦かぁ·····」
いよいよである。鍛練に鍛練を重ねた結果がどれ程のものなのか、とても気になる。そして、わくわくすると言うのある一方で、同時に不安がある。
ラークから配られた資料からそのダンジョンの構造、出現する敵の情報はあらかた頭に叩き込んである。しかし、何とも言えない不安が沸き上って来ている。何事もなければそれで良いのだが。
薄暗い雲の幾つもの隙間から、幾筋もの光が草原に差す。
頬に当たる風は少し生暖かった。
突如、バシンと肩に強い衝撃が走る。
何事かとその方向を見ると、ぷにっと頬をつつかれた。
「やーい、引っ掛かった引っ掛かった」
田中がいたずらを仕掛けてきたのである。彼が決まってそうするときは大抵、その人間の緊張をほぐそうとする時であった。
「んもぉー。脅かすなよ」
「あはは、悪い悪い」
「おーい坂岡。そっちの乗り心地はどうだ?」
坂岡の方を振り返り、呼び掛ける建二。その方向には馬に似た物に体が入った坂岡、そして訓練期間内に馬を乗りこなすことが出来なかった連中がいた。
「やっぱり、普通の馬よかこっちのゴーレムの方が良いよ。大人しいからな」
そう答えた坂岡達の乗っている、土で造られた動く馬はこちらでは馬型ゴーレムと呼ばれるものである。
この馬型ゴーレムの額には大きな宝石が有り、これが動力源となっている。それ以外は土から構成されているので、体が壊れたのなら、地面に置いておけば再び体が再構成される。
「それにしても俺が能力を発動してなくても、警戒するとかあり得ねぇーだろ」
それに坂岡の近くにいた伊野が返す。
坂岡の能力である銀の魔狼は体の一部が狼になるため、坂岡はその匂いのせいで馬に嫌われているのだと思っているらしい。
最も、それは正解に近いのだが。
「それって能力のせいじゃなくて、坂岡君が毎回馬に乗り損ねる度に、いらいらしてたからじゃないの?」
「あー確かにそれもあるか」
そうこうしている内に、前方に町の様なものが見えてきた。
始め、ダンジョンと言うものは、暗く薄暗く、じめじめとしたイメージを持っていた。
ゲームと言うものにおいてよく耳にする単語だったのだが、ゲームとはほぼ無縁の生活を送ってきたわしにとってはせいぜいそんなイメージしか思い浮かばなかった。
しかし、百聞は一見にしかずとはよく言ったもので。
「うわぁ······」
見渡す限りの人、露店、物、にぎやかな音··········
ダンジョンがあるであろう場所は、一つの村と化していた。これを見たとき、ダンジョンに対する今までの印象は一気に払拭された。
ラークから聞いた話によると公になっているダンジョンには、冒険者や調査団、もしくは命知らずな若者が多く挑戦しているらしい。
人が多き所に商いあり。と言うこの異世界のことわざどうりに人が集まり、次第に村が発展していったそうだ。
馬を今夜泊まる予定の宿屋に預け、十分な装備をしてダンジョンへ向かった。皆、思い思いに雑談をし、好奇心に胸を弾ませていた。
「ねぇ、建二君」
出発を待っている最中、友達が話かけてきた。伊野はるである。容姿はほとんど男らしさの欠片の無い人物である。
色白で、子供のように幼い顔、あまり筋肉の無い体、未だに高い女のような声。
性別が知らされていなければ、女子と見間違われる事この上ない人物である。
「ん?どうした」
そう言って目をやると、少し不安げな面持ちで伊野はこちらを見返していた。いつもはほんわかとした雰囲気を振り撒いている伊野だが今は違った。焦りと不安の入り交じった雰囲気が吹き出していた。
おおよそ検討はついた。
「怖いのか?ダンジョンに入るのが」
それを聞いた伊野はうつむきがちになり、頷いた。伊野はとても臆病だ、大きな犬に吠えられて飛び上がり、もの影に隠れてしまうほどに。加えて彼がこちらに来て獲得した能力は戦闘向きではない。
本人も薄々気づいているが、彼が戦いにおいて生き残れる確率は少ないだろう。
「うん、怖いよ」
ひきつった笑い顔でそう言うとその場にかがみこみ、さらに続けた。
「良いよね、建二君は。クラス内においてもトップクラスの戦闘能力で。僕なんかさ。まるで役立たずと言うか・・・」
彼の悪い癖が出てしまった。
緊張が限界に至ると、過度な自虐しだすのである。これはある事件がきっかけで植え付けられたトラウマのようなものである。
そして、これがクラスメイトに避けられている原因でもあった。
「まぁ、そう言うなよな。なあに、大丈夫さ。何なら俺が守ってやるさ」
「建二君・・・・」
暗かった伊野の表情が安堵のそれへと変わってゆく。
「まぁ、前線には当然かり出されるからな、どうにか被害がでないように頑張るだけだけどな」
にかりと伊野に笑って見せる。決して不安が決して無い訳ではない。伊野にはあまり不安になってほしくないから。
そうやって笑う。
「ありがとう、建二君」
そして、出発の鐘が響いた。
ダンジョンの入り口に集まれば、クラスの連中との他にも白銀に輝く甲冑に着替え直した帝国近衛隊の面々が揃っていた。
かくして、ダンジョン探索は始まった。
現在、階層は24階目。ノルマとされている階層の半分以上を過ぎていた。ダンジョンの中は広く、各階層ごとに部屋の作りは異なっていたが、共通点は壁はレンガなどで構成されていることだった。
「・・・・・・」
掴んでいた人型のモンスターの頭、いわゆるオークの頭を握りつぶし、辺りを一望する。辺りには血の海と臓物の小島があり、死んだ数十体のオークが乱暴におかれた段ボールのように点在していた。
少し戦ってみたがここまでの強さのモンスターならば何の支障もなく、赤子の手をひねるかのように殺る(かたづける)事ができる。
敵はあと何匹かおり、いずれも戦闘の意思は消えていない。
殺すモノがあるなら殺すだけの事。
近くの敵へ猛ダッシュでむかう、一匹がそれに気づき戦斧をこちらに向かって振り下ろす。それをかわし、相手が振り下ろした腕の関節を掴んでそのまま腕をもぎ取り、みぞおちへ素早く強い蹴りを入れ、距離をとる。
オークは大きく唸り片ひざをつき、蹴られた部分を押さえる。
いかに屈強なオークでも急所をやられたのならそうなってしまう。
すかさずもぎ取った腕から戦斧を神の右腕の力を持たない、左手で持ち、肩から腹にかけてを狙い振り下ろす。
が、まだ抵抗の意志があったのか残っている腕を犠牲に体を守ろうとするオーク。
しかし、戦斧はそれすらも切り落とし、斧の刃は体を切り裂いたが。威力が落とされたため、胸部の肺があるであろう部分の近くで止まる。
グギャアァァアァ········ガガッウガアアアア
オークが身をよじり、ひときわ苦しげに鳴いた。それもそのはず、出血はそれなりにしているが戦斧がまだめり込んでいるせいで大量出血に至らかったため死ねず、運よく急所が外れたために死ねない。
おそらく、その痛みはかなりのものだ。
「おー、すまんすまん、痛ぇよな。今楽にしてやんよ」
神の右腕で頭を鷲掴みにして握り潰す、上顎から上を全て失ったオークが血だまりに沈み、こと切れる。
冷たくなったオークの体から戦斧を引きずり出し、何歩か遠くにいるオークの頭をめがけて戦斧をぶん投げる。
バガン!!
鈍い音と共に見事に戦斧は頭に直撃した。刃が頭蓋を両断し、脳の大部分を完全に壊している。
彼の敵を屠る動きを例えるのなら、機械だ。自然でいてそれが当たり前であるかのように、命を潰して行く。
「まぁ、こんなもんかな」
純白に神々しく輝いていた《神の右腕》は今やただの血にまみれた赤黒い悪魔の腕ようだ。
「相っ変わらずえげつないねぇ。建二」
蒼色の電流を身に纏った、能力を解放した坂岡が敵を次々と感電させ、切り殺しながらこちらに接近し話しかけてくる。
「そう言う、坂岡もじゃないか。脳と脊髄に限定して電流を流して、焼き焦がすなんてさ」
「いやいや、それほどでも・・・・」
「言っとくが、誉めてねぇからな」
何を勘違いしたのか、照れくさそうに頭をかく坂岡に突っ込みを入れる。
坂岡の能力、《銀の魔狼》の力の一つである電流は、能力を発動していない状態でも体内で電気が発電、蓄電をされる。
しかし、その電気は普通の電気とは異なり、放電される場所が狭いほど大きな電力になるという性質を持っていた。
坂岡は能力により自在に電気を操る事ができ、自分を中心とした特定の範囲ならばこれができる。
そのため、この範囲に入った敵は瞬時に凄まじい電力を、脳と脊髄に流し、焼き焦がされる。
「そう言えば、専用武器の性能とはどんな感じだ?」
専用武器。
各個人の能力に合わせて作られた武器。能力の補助と強化を目的としており、様々な特徴と仕掛けをあわせ持つ。
数多の匠の技術の粋によって産み出された武器である。クラスの各個人別に適用するように作り出され、配られた物なのだが。
「うんうん、よくぞ聞いてくれた。大雑把に言うと何も着けないで戦っているときより断然に良いよ。建二は持っていないのか?」
「うーん、そうさな。神の右腕だと、武器を握るとことごとく塵になってしまうんだ。だから、わしの専用武器は無いんだよなぁ」
神の右腕。どんな攻撃も受け止め、握ったものを原子レベルで崩壊させるなどの特徴を持つが何かと不便な面が目立つ。
例えば、武器を神の右腕で持つことができないと言う点である。
握ったものを無差別に崩壊させてしまうため、当初使うはずだった専用武器の使用を諦めざるを得なかった。
「でもその代わりに、アーティファクトの一つとされるケテル・ポーションをもらったぜ」
ケテル・ポーション。神の薬と称される古代の秘宝の現在発見されている物の一つ。
どんなに瀕死の状態の者でも、たちまち蘇らせると言う効果を持つ。
「まぁ、お前向きの物なんじゃないか?接近戦しか出来ないお前は傷を貰ってくる可能性は多いし」
「ああ、そうさな」
会話の途中に突然上からレンガが何歩か離れた場所に落ちてきた。見上げると天井に穴が空きはじめ、新手が這い出てきた。
蜘蛛を人間に無理矢理作り直したような姿をした怪物、蜘蛛人間だった。
彼らは人並みかそれ以上の知力を持っており、昔ある程度機能する軍団を構成し人間の城を攻め落としかけた事もあると言う、油断の出来ない怪物である。
オークの群れを倒し終わった後でのアラクノイドとの連戦に備え、帝国騎士団と連携してアラクノイドとの戦闘を交えることとなった。
アラクノイドは二種類ほどある。
一つは蟻のように女王を中心としてコロニーを形成するもの。もう一つは、人間のように、村など集団を作りつがいとなるもの。
後者より前者の方が数も多く、集団で連携して襲ってくる。城を攻め落としにかかったのもこのタイプである。
そして、遭遇したアラクノイドは前者のタイプだった。
天井の穴からウジャウジャと数匹のアラクノイドが飛び降りてきた。天井をつたい攻撃を避けながら何体かのアラクノイドが天井の壁を蹴り離れた、落下地点は前線の陣形を越えた先は、伊野が所属している後方支援班だった。
「くそっ。後方支援班の近くに行きやがったか。助けに行きたいがこの数は流石に多すぎる」
ラークが剣を駆使して一瞬のうちに数匹のアラクノイドの首を全て刈り取る。
「あれ、ラーク隊長じゃないですか」
ラークに飛びかかる寸前だったアラクノイドをはたき落とし、頭部を握り潰す人物。
建二が気付けば近くにいた。
「ああ、お前かケンジ。今し方、アラクノイドの何体かが後方支援班の方に降りていった。奴等の争闘を任せる」
「了解です。隊長」
建二は身体強化の魔術を自身に施し、強くジャンプして向かっていった。
強さとはおよそ、状況に応じて変化するのだと思う。
大量の敵がいたのだとしたら広範囲に攻撃できる者が、少数の敵なのなら一発一発が一撃必中かつ速く掃討できる者が、強いと尊敬される。
建二の他のS級のメンバーは全て前者で、大量に押し寄せてくる敵のほとんどを遠距離からの攻撃により殲滅していた。
建二は後者であった。
能力そのものもタイマン向きであり、そして身に付けていた武道もまた一対一で行うのが基本である。
それによって、彼が最もその強さを発揮できるのは白兵戦なのだ。




