第九話
何かに絶えず心臓を握られている。そんな感覚とどのくらい戦っただろう。
「…おい!おーい!痛い。」
極々小さい声が、僕を我に返らせる。
恐る恐る両方の掌を広げてみると、500mlペットボトル程の獣が
前脚で存在をアピールしながら、こちらを見上げている。
さながら小型犬のかまって攻撃だ。
「良かったぁ…!」
押しつぶされそうな気持ちから開放され、思わず後ろに倒れ込む。
掌サイズの獣は、僕のお腹の上から怒ったように訴える。
「急に手放すなよ!俺は飛べねぇ。」
「悪かったって。」
サイズ感のせいか、何をされても許してしまいそうだ。
今までの威圧感が、全くと言っていいほどない。
こうして獣の全身を落ち着いて見ると、この世界で出会ったばかりとは思えない。
随分前から知っていたような気がする。
(うーん…どこで見たんたっけ。)
「…おぉーい!おぉーい!」
記憶を探ることに夢中になりすぎて、掌サイズの獣が呼んでいたことに気が付かなかった。
それにしてもこのサイズ感にはなれない。
「人魚のもとへ帰るぞ。」
「帰ればあんたの身体は元に戻るのか。」
(あ、下向いた。聞きに行くつもりだな…)
「分かったよ。戻ろう。聞くことは他にもありそうだしな。」
(飛び出してきた手前、人魚には謝りたい。聞きたいこともたくさんできた。)
獣をお腹の上から下ろし、起き上がる。
僕たちは、人魚の居た海へと歩き出した。
「次の道は、こっちだったっけ。」
振り返ると、獣の姿が見当たらない。
慌てて姿を探すと、後方からぜぇぜぇと聞こえる。
「す、すまんが…肩に乗せてもらえないかぁ…?」
険しい表情に磨きがかかっている。
「ごめん。もう少し早く気付くべきだった。」
掌にのせてから、僕の肩へと慎重に移す。
「何と不便な大きさだぁ…。あ、人魚の住みかまでは任せてくれぇい。」
(急に強気になった。)
俺たちは来た道を引き返す。