第七話
「どうすれば良かった、じゃなくて、
これからどうするか、でしょ?」
人魚は、俺の目をまっすぐ見て言い切った。
「ああ、そうだな。あいつをすぐに連れ戻してくる。」
考えるのは性に合わない。行動あるのみ。
俺は人魚にそう言い残すと、あいつの走った方へと前脚を踏み出した。
◇◇◇◇
「アシ…モ…イカナ……イ………」
(誰かの声が聞こえる。僕によく似た低すぎない声。)
「ダ…ヨ…イキ…イ」
(今度は僕とは全く違う高い声。)
「デモ…
「ア…………ウシマ…チカ……ダシ………サイ。コッ…ハ…ニシ…ク…イ…カ…。」
僕に似た声が高い声に遮られた。内容を理解しようにも、所々雑音に掻き消えてしまう。
(はっ!?)
会話を理解できないまま目が覚める。
僕の顔には一筋の涙の跡が残り、手を垂直に伸ばしていた。
(なんだったんだ…今の…夢?)
さっきまでの頭が割れるような頭痛は消えている。
(良かった…。)
すぐに涙をぬぐい、立ち上がろうとしたその時。
僕の視界全域は黒い存在に支配される。
「うわあぁぁ!」
存在に触れぬよう方向を変え、素早く後ずさる。
(あれは…!あの海岸で見た、黒いモヤモヤじゃないかっ!なんで僕のそばにいる!?)
そう思っている合間にも一歩また一歩とじりじりにじり寄ってくる。
((「それには触れない方が良い。」))
人魚の忠告が頭をよぎる。
後ずさりながら立ち上がろうとするも、情けないことに腰が抜けている。
でろん、とした手のようなものをゆっくり、力強く僕に向けてくる。
まるで何かの縛りから必死で解き放たれようと、もがいているようにも見える。
「そいつに触れるなあぁぁ!!」
声が聞こえ、いかつい顔が見えた。
そのまま巨体とは思えないスピードで方向転換をし、僕の前に立ちはだかった。
「大丈夫か!?」
やや息を切らしながら僕の様子を窺う。
「ああ…、何とか。」
「少しの間だけ、どこでも良いから俺につかまっていろ。」
僕はすぐさま近くにあった金色の毛に掴まる。
「俺の前から消えな。」
そう黒い存在に静かに告げると、前脚を大きく上げものすごい速さで振り下ろした。
振動が地面に伝わり、黒いモヤモヤを巻き込みながら円心状にあっという間に広がっていく。
地面は絶えず波のようにうねり続け、やがて静かになった。
僕は横からチラリと確認すると、地面は何事もなかったかのように戻り
黒いモヤモヤは姿を消していた。
(はあぁ~助かった…)
僕は毛をつかむ手を緩め、全身から息をはいた。
「良かったぁ。吹き飛んでなかったぁ。」
獣は僕に向かってニカッと牙を煌めかせる。
「何だよそれ、そっちの心配かよ。」
僕は心に温かいものを感じながら、獣と一緒に大声で笑った。