第六話
どれくらい走っただろうか。
振り返っても2人の姿は見えない。
「くそっ!」
僕は近くの木に向かって思いっ切り拳をぶつける。
拳の痛みより、心に感じる重みに反応してしまうのは悔しさのせいだろうか。
(うう…なんだか頭まで痛くなってきた。)
急に走ったせいか、頭が割れるように痛み始める。
運動神経が特別良いわけでもないのに、柄にもないことをしてしまった。
(慣れないことはするもんじゃないな。この場でちょっと休んで呼吸を整えよう…)
そう思った次の瞬間には、何も考えられなくなった。
◇◇◇◇
「あんたは、本当に話が下手っぴよね…」
人魚はため息をつき、やれやれと言った様子で首を振る。
「何であいつ、あんなに怒ったんだ?」
俺は首をかしげながら、あいつが走って行った方を見つめる。
「意図していないないなら余計タチが悪いわよ…?
今回はあの人間に同情するわ。」
まるでごみ虫を見るような眼差しを向けられる。
「何故そんな目で見るんだぁ!?俺はあいつのことが心配で…
だから少しでも手助けしてやろうと、全力疾走で
わざわざこんな奥地まで来たんじゃないかぁ…」
「"こんな奥地"とは…言ってくれるわね?」
人魚の表情の雲行きが怪しくなる。
この世界に来たばかりのあいつを助けたかった。
この気持ちに偽りなど毛頭ない。
(そう言えばぁ、一方的に連れてきたっけ…)
少しも動いていないのに汗がにじんできた。
「そもそも"こんな奥地"まで連れてくる以前に、
あんたはあの人間にどれだけのことを伝えられたの?」
「!!」
(う。俺の気になることを聞いただけだったなぁ…。)
人魚の顔をまともに見ることが出来ない。
「知らされないことは、未知の世界において恐怖でしかないわ。」
人魚に指摘され、情けないことに声が小さくなった。
「な・の・に!"こんな"奥地まで連れてこられて、
この世界で唯一の味方と分かったあんたに、存在を否定するかのような台詞…。」
「!!!」
俺はようやく自分の過ちに気づく。
「俺は、そういうつもりで言ったんじゃないぞ!」
「分かっている、私はね。あんたとは付き合い長い方だし。
でもあの人間は…この世界のことも、もちろんあんたのことも分からない。」
人魚の言う通りだ。本当に俺は伝えることが下手だ、というか…苦手だ。
だが、それが原因で誰かを傷つけることになろうとは想像もしていなかった。
「俺は…どうすれば良かったんだ…?」