第五話
声のする方に揃って顔を向ける。
「人魚じゃねぇか!」
相当驚いたのか、獣の大きな体がよろめいた。
「に、人魚!?」
僕も大きくよろめく。上半身だけを見ると海水浴に来た水着の女の子そのものだ。
「ほれ。」
水中から出てきたのは、紛れもなく桃色の尾ひれだった。僕の見る限り、足ではない。
「そいつの反応は分かるが…あんたは何、今更驚いてんだい!」
僕と同じくらいの体格にも関わらず、獣に対して全く物怖じしていない。
それどころか思いっ切りツッコミを入れる。
(どこにそんなパワーがあるんだ…)
華奢な細い腕から繰り出されたとは、到底思えない威力だ。
「今日見たことを聞きたかったから、こんな奥地まで来たんだろう?」
人魚は目元を指し示しながら、獣を見上げる。
「おっおう、そうだったぁ。」
人魚には敵わないのか、あの獣がタジタジだ。
「こいつは自分のことを人間だ、と言っていた。そうなると、上手くは言えんが…
こいつの言っていること諸々おかしくないか。お前さんは、何か見なかったか?」
「な!?なんだよそれ!」
獣の言葉に驚きを隠せない。
包み隠さず話している様子が、さらに僕の心を抉る。
(信じてなかったってことかよ…)
感じるはずのない空気の重さを感じ、息苦しい。
そう思った次の瞬間、僕はその場から急いで走り去っていた。