第二話
「だ だよなぁ…」
目の前の獣は、ため息交じりにそうつぶやいた。
(ため息を漏らしたいのは僕の方だ…)
よく分からない場所、目の前には人間の僕と比べ物にならない大きな獣。
これから食べられるかもしれない。襲われるかもしれない。
そう考えだしたら…文字通り絶体絶命である。
しかし、眼前の獣の方が明らかに様子がおかしい。
顔色が急に悪くなり、その身体は小刻みに震えだした。
これは人間でもあり得ることだが、
自分よりも恐怖でいっぱいな人が近くにいると途端に落ち着けることがある。
まぁ…さらに恐怖が倍増するときもあるが。
「あのう…どうかしましたか…?」
この時の僕は自分の恐怖よりも相手への
同情の方が少しだけ勝ってしまった。
僕の呼びかけにビクつきながらも、何かを振り切るように
顔を左右に振って覚悟を決めたように僕に向き直る。
「一つ聞かせてもらいたいんだがぁ…あのなぁ言いづらいんだがぁ…
そのぉ、人間は滅んだのかぁ…?」
一瞬空気の流れが止まったような気がした。
(突然何を言い出すんだろう…)
僕の頭では理解が出来なかった。
返答に困っているのを察したのか、獣の顔はせわしなく動き続ける。
連動するようにその視線の先もあちこちに向けられている。
「少なくとも僕の世界の人類は生きていますけど…」
恐る恐る…答える。
(人生初めての上目遣いをここで披露することになるとはなぁ。)
相手を誘惑するような可愛い表情までは作れず、眉間にしわが寄る。
「ほんとうかぁ!そりゃあ安心だぁ。」
眉と目の距離が開き、表情がはじけ飛んだ。
(人類の生存とあんたに何の関係があるんだ…)
僕はへなへなと地面にへたり込む。獣の姿が気になり
上方へそっと視線を向けると、安心しきった獣と目が合った。
(さっきのビビリ顔はどこへ行ったんだ…)
お互い大きく息をはいたが、獣の生み出した空気だけが
波を起こし、僕の身体を傾けた。
「ん?そうなると一つ、疑問が残るなぁ。」
(へこんだり喜んだり悩んだり忙しいな。)
僕がそんなことを思っていると、自分自身の身体が瞬時に浮き始める。
そう思う間もなく今度は落ちる感覚に襲われる。
(まさか、用が済んだから…!?)
僕は目をギュッと閉じた。