遠い約束
「知ってる?心臓は一生で20億回鼓動するんだよ」
「私それだけ生きられるかな?」
『なら俺がずっとお前の鼓動感じててやるよ…』
それは夏の暑い日だった。
私は未熟児として産まれ、そして心臓に病を持って育ってきた…
【第一章】出会い
「お母さん行ってきます!」
「気を付けて行ってくるんだよ」
私は中澤 穂香、高校二年生
心臓に病気を持っていて本当はお医者さんに長くは生きられないって言われていたけどなんだかんだで今は結構元気です
けど体はなかなか健康にはならないから休み時間も友達と外に遊びに行けないからいつも大体図書室で本を読んで時間を潰してる
今日も好きなシェイクスピアの本を読みながら暇潰しをしていた、しかし今日はいつもと何かが違う…
「本が歪んでる?何かが入ってる?」
パサッ
「封筒?」
ビリッ
『中澤穂香様、いつもこの本を読んでいるのを見ていました、もし興味がありましたら後ろを振り向いて下さい』
「え?何これ?後ろ?…」
振り返るとスゴいガチガチに緊張している男の子が一人いた
「君がこれ、くれたの?」
『う、うん…いつも君が一人で本読んでるのを見ていて…その…あの…』
「何?」
『君の事が好きにな@*&#¢$Å☆#$%&!!』
「??」
『だから、君が好きなんだ!!!!』
「あぁ、好きになったんだ、ありがとう」
『…え?あの、それだけ?』
「うん、でもごめんなさい、私いつか若い内に死んじゃうんだ、だからごめんなさい」
『!?』
変な沈黙が続き…彼は何も言わずうつ向いたまま走り去ってしまった
「ごめんなさい、でも…私だって泣きたいんだよ?私だって…大人になって恋をして、結婚して、子供を産んで幸せになって…お婆ちゃんになって…笑顔で死にたいよ…」
窓から射し込む夕陽が穂香の涙を照らし続けた
そしてこの時の出逢いが運命の歯車の歯止めを外したのはまだ…誰も知らない
第一章 完
【第二章】人の為の涙
今日も窓から射し込む光は本を読む穂香を温かく包みながら時を忘れさせていた
「…あれ?もうこんな時間、早く帰らないとお母さんに怒られちゃう」
[ドクンッ!]
「!?」
[ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!]
発作だ、幼い頃から慣れてはいる、しかし今日は何かが違う
「いつもの発作より激しい…どうしよう、薬も教室の鞄の中だ…」
[ドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッ]
「もうダメ…」
ガタンッ!バサッ!
本と共に椅子から落ちる穂香
ガラガラッ
ドアが開き誰かが駆け寄ってきた
「だ…誰?…お願…い…します、教室の…鞄に薬が…あるんです」
精一杯の力で伝えきった穂香は薄れ逝く意識の中で[ドクンッ]とゆう心臓の音の他に声が聴こえた
『絶対に助けるから!』
数十分後
「…眩しい、ここは?」
「あら?気が付いた?ここは保健室よ、二組の赤城君があなたを見つけて運んできてくれたのよ」
「赤城君?」
「知らない?控え目な子だけど頼もしい子よ、とりあえず今日は落ち着いた様だから帰れるわね」
「はい、ありがとうございました」
一体赤城君とは誰なのか?命の恩人にお礼を言いたい、しかし赤城君を知らない穂香はただ途方に暮れるしかなかった、その帰り道、後ろから声をかけられた
『中澤さん!』
どこかで聞いたことのある声
「君はこの前の?」
その声の主は以前穂香に手紙を渡してきた男の子だった
『最初図書室に入ったら中澤さんが倒れてたからビックリしたよ、でも落ち着いたんだね、良かった』
「もしかして…君が赤城君?」
『何で僕の名前を?』
「保健室の先生が教えてくれたんだ」
「あの…あのね!あの…助けてくれてありがとう」
『!…いいんだよ、もしあの時僕が見つけるのが遅かったら僕はもっと後悔してたと思うし…』
「なんでそんなに私の事を?」
『君は覚えてないよね?僕が一年生の時にまだ友達がいなくて図書室で本を読んでたら君が声をかけてくれたんだ
「シェイクスピア好きなの?私も好きなんだ」って、その時、君の笑顔を見て僕は君を好きになったんだ』
「…そうなんだ、ありがとう…そんなに想ってくれて、でも」
『止めろよ!』
「!!」
『死ぬとか…居なくなるとか!なんでそんな悲しい事しか言わないんだよ!生きろよ…いつか終わる命なんて誰だってあるんだよ…でもそれを精一杯生きてるんだから、今を生きてくれよ…』
「ちょっと…泣かないでよ、私なんかの為に」
『違う、君だから泣いてるんだ、君だけの為に僕は涙を流すよ、それで君が少しでも生きる事に意味を見出だしてくれるなら…』
「………ありがとう、本当にありがとう…君が…赤城君が流してくれた涙、私忘れないよ?」
『…』
「ねえ?これから用事が無い日は一緒に帰らない」
『!?本当に?』
「私なんかで良ければ」
『……………ヤッッッッッッタァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!』
走り去る赤城
戻ってくる赤城
「そんな大袈裟に…」
お互いが何も意識をせず自然と2人は並んで歩き…
手を繋いで
笑いながら歩いていた
その2人を夕陽は照らし、影が繋いだ手を深く映し出していた
重ねたその手をいつまでも話す事はないと、信じて今を歩き出した穂香だった
【第二章】 完
【第三章】未来への約束
『穂香、段ボールここでいいか?』
「あ、それは押入れの中に入れて」
『やれやれ、人使いの荒いこって』
「文句言ってないで早く動く!若いんだから」
『若いって同い年だろ』
「体力は三倍ぐらい違うでしょ」
『へいへい、頑張ります』
大学一年生になった私は地元から少し遠い学校に通っている、本当は実家から近い学校に通う予定だったけれど私は家族の力に極力頼らずに頑張っていこうと決めた
お母さんは最初は心配していたけれど今は応援してくれている、しかし問題はお父さんだ
女の独り暮らしなんて認めないっ!って言われて最初から聞く耳持たない感じで…
けど私はお母さんにしか言ってなかった事を思わず言ってしまった
「大丈夫、一人じゃないから」
「…???誰と住むんだ?」
「…彼氏と…」
五分経過
「ふぅぅぅぅぅざぁぁぁぁぁぁぁぁぁけぇぇぇぇぇぇぇるぅぅぅぅぅぅぅぅなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
マシンガンの様な罵声、終わる事のないお説教
「ごめんなさいお父さん、でも私もう決めたの!」
「決めたってお前はまだ18だぞ!?そんな若い内に認められるわけ…」
「もう18なの!!!!いつもお父さんは私を子供扱い!子供なのはわかってるよ!でも私にとっては貴重な1日なの!毎日死と隣り合わせで、今何かを見失ったら私…崩れちゃいそうで」
「お父さん、いいじゃない、若い内は色んな経験したって」
「そんな事言ったってなぁお前…」
「あら?どこの誰だっけ?まだ大学も卒業してない私を無理矢理実家から連れ出して子供まで産ませたのは?」
「お、お前…」
「え?お母さんとお父さんって…」
「大丈夫、ちゃんと愛し合ってるから、ねぇ〜お父さん?」
「ま、まぁな」
「穂香、自分の好きな様にしなさい、小さい頃から病気に不安を感じながら生きて、今はこんなにしっかりとした気持ちを持つぐらい成長してくれた、だから好きな様に、でも人様に迷惑かけないぐらいにしときなさいよ、ねぇ〜祐司君」
『は、はい…任せてください』
祐司とは赤城君の事である、二人はあの日を境に仲睦まじいほどになっていた
「え!な、なんで祐司がいるの!?」
「私が呼んだの、絶対にお父さんは二人の暮らしに反対すると思って祐司君本人に頑張ってもらおうと思ってね」
『あっ!あの…その…おぉぉぉおぉぉぉっぉぉぅぉお父さん!!!!』
「お前の父親になったつもりはない!!!!!!!!」
『あ、すっすすすすいません…』
「祐司君と言ったね?君は穂香の病気の事を知らないわけでもあるまい?それを知ってても穂香と住むと言うのか?いつ終わるかわからない命を君は背負って生きていけるか?一瞬たりとも目を背けず支えられるか!?生半可な気持ちで言ってるならこの場でお前をぶん殴るぞ」
『…いつ終わるかなんて誰にもわかりません、僕だって、もしかしたら明日死ぬかもしれない、けど僕は穂香さんから目を背けるぐらいなら…生きててもしょうがありません、死ぬとかを軽々しく口にする気はありません、けど僕はそれだけ穂香さんへの気持ちに嘘をつきたくないんです、僕は1日でも、1分1秒でも穂香さんと一緒にいたいんです、僕は穂香さんを愛してます!!!!!!!!!!!!』
凍りつく穂香父
微笑む母
真っ赤な顔でうつ向く穂香
冷や汗がポロロッカ現象の様に流れ出す祐司
すると穂香父が立ち上がり一言
「もし穂香が泣いて帰ってきたらその時は覚えてろ、お前を殺すからな」
『……』
「返事はどうした!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」『はっ!!!!はいぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
…ほんの数分だったが地獄に落ちた気分だった祐司、どうにか解放され同棲を認めてもらい、フラフラと穂香に支えられながら帰り道を歩いていた
「大丈夫?」
『あ、あぁ大丈夫だよ、ただあまりにもお父さんの気迫が凄くてね』
「でも…嬉しかったよ、あんなに一生懸命言ってくれて」
『男だからね、俺も。あ、あとこれを…』
「何これ?」
『開けてみな』
「!!!!指輪?」
『最初は買おうかと思ったんだけど、それは俺が作ったんだ、かなり不格好な形だけどさ。まだお互いが大学生にさえなってないから今すぐには言えないけど、卒業したら』
「したら?」
『…結婚しよう』
「!!!!!!!!!!!!本当に?私でいいの?だって私…」
『言うなって、だから…俺にはお前しかいない、この気持ちはもう変えられない、この指輪はまだ未来への約束にしか過ぎない、けど時がきたら、世界が語り尽くした愛の言葉を言うのも野暮かもしれない、けど君にまた伝えるよ、君を愛してます、結婚しようって』
止めどない涙が溢れ出す
「私も…愛してる、いつか私いなくなっちゃうかもしれないけど…ううん、あなたと歩む人生を私は一生懸命生きるから、精一杯生きるから…」
『穂香…』
夕暮れの誰もいない公園の街灯に照らされる抱き合う二人
流れる時間の中の二人にとって今とゆう時間は永遠だった、このまま時が止まってしまえばいいと…何も言わないが二人は同じ事を思っていた
「ねぇ?」
『どうした?』
「この指輪…薬指に合わないよ?」
『違うよ、これは小指に付けるんだ』
「なんで?」
『言ったろ?未来への約束だって?これを付けてれば赤い糸が切れる事はないよ、だから約束の時までいつまでも一緒だ』
涙が夕日に照らされ、甘酸っぱいオレンジジュースの様に色づき、私達はそっとキスをした
そのキスは甘くなく、少ししょっぱい味を醸し出した
けれどそのキスを私は一生忘れない
未来への希望だから…
【第三章】 完
【第四章】誰が為に鐘はなる
「中澤さん、正直に申し上げます、あなたの心臓はもう永くありません」
「…先生、どうにかなりませんか?…私、まだ死にたくありません、まだ死ねないんです!」
「…もしあるとしたら…神様にしか救えません」
立ち去る医者
「う…うぅ…ううぅ…」
ただ泣き、ただ悲しみ、ただどうする事もままならない穂香
穂香は大学四年生になり、あと一年で卒業を控えていた
祐司も大手銀行に就職が決まり、穂香も小さいながらも有名な会社の内定ももらっていた
しかし最近、穂香の心臓は悲鳴をあげる事が増えてきた
祐司に心配をかけまいといつも隠していたがこの前遂に倒れてしまい、急遽入院していた
『なぁ穂香、無理せずに入院してていいんだぞ?』
「ダメだよ、そんなことしてたら単位足りなくて一緒に卒業出来なくなっちゃうよ…」
『…なぁ』
「ん?どうしたの?」
『……なんでもないや、また夕方に来るよ』
「うん、待ってる」
「……もう永くないのか…私。…死にたくない…死にたくない…死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない…死にたくないよ…、まだ祐ちゃんと結婚だってしてない、まだ赤ちゃんだって生んでない、まだ白髪もシワだって増えてない、まだ…祐ちゃんに…幸せだよって言えてないのに…」
[ドクンッ!]
[ドクンッドクンッ!]
[ドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッドクンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!]
「!!!!!!!!し!心臓が…」
「ナ、ナースコール…ダメ!腕が動かない…」
[ドックンッッッッ!!!!!!!!]
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
いつもと違う心臓の鼓動、いつもと違う痛み、いつもと違う不安…
「今回はもう無理かもしれない…ごめん…祐ちゃん…」
眩しい…どれくらいの時間が過ぎたのだろう?ここは天国?温かい光が私を包む…もう死んじゃったのかな?
「ここは保健室よ」
「?」
「二組の赤城君が見つけて連れてきてくれたのよ」
「赤城…君?祐ちゃんの名字…」
『絶対に助けるから!』
「!!!!!!!!」
目を見開く穂香
周りを見渡そうとするが上手く動かない、酸素吸入が装着してありあまり頭が動かないのだ
ぼんやりと広がる視界の中で最初に見えたモノは…
「お母さん…?」
泣きじゃくる母
「良かった…もう助からないんじゃないかと思って…」
すると部屋に父が入ってきた
「穂香!良かった…だから俺は穂香を実家に住まわせとけと言ったんだ!もう少しで手遅れだったんだぞ!!!!それにあいつはどこにいるんだ!?娘を放っておいて!!!!!!!!」
「お父さん落ち着いて…穂香だってまだ起きたばかりなんだから」
『穂香〜起きてるか?……穂香!?どうしたんだ!?!?』
「祐ちゃん…」
「貴様ぁぁぁ!なぜ穂香から目を離した!?危うく手遅れになるところだったんだぞ!?」
『そ、そんな…』
「お父さん!!もういいから、祐ちゃんは何も悪くないよ…」
「お父さん、とりあえず今日は帰りましょ」
「穂香…もう実家に帰ってきなさい…俺はもう同棲なんて認めないからな…」
「!!!!お父さん…」
『……』
バタンッ
「…」
『…』
「あのね…祐ちゃん…」
『穂香…今はゆっくり休みな、先生呼んでくるから』
バタンッ
「祐ちゃん…」
様々な現実を突き付けられた祐司
何もかもが順調だと思っていた
しかしそれは自己満足だったのかもしれない、不安と情けなさを感じながらただただ立ち尽くす祐司だった
その頃病室では
「祐ちゃん…大丈夫かな?…私がこんな病気さえなければ良かったのに…」
「うっ!」
急な吐き気を感じとっさにナースコールを鳴らす
駆けつける看護師
あまりの気持ち悪さに意識を失う穂香
翌日
「え…妊娠ですか…?」
「えぇ、2ヶ月ですよ」
少し考え込む穂香
「あの、先生…産むことは可能ですか?」
「産むことは不可能ではありません、しかしかなりの負担が心臓にかかります、ですのでお薦めは出来ません…」
「先生、私…」
外はもう夕方になりどこかの学校で下校を告げる鐘の音とトロイメライが鳴り響いている
夕日に照らされながら穂香は遠くを見つめていた
鐘の音が鳴り止むと祐司が部屋に入ってきた
『穂香…気分はどうだい?昨日は急に意識を失ったって聞いて驚いたよ』
「あのね祐ちゃん…」
『聞いたよ穂香…』
「あ…」
『産みたいんだろ?俺の子か…夢みたいだな、なぁ穂香?』
「何?」
『…前に言ったろ?卒業したら結婚しようって…あの約束、少し早めてもいいか?』
「え?祐ちゃん…?」
『これをもらってくれないか?』
それは光輝く指輪だった
『あの約束をしてから三年経って、やっと未来が現実になる、結婚しよう…穂香』
「祐ちゃん!………幸せにして下さい」
『お父さんには俺が説得するよ、だから穂香、頑張って元気な子を産むんだよ、一緒に頑張ろう』
「ありがとう…」
寄り添う二人
穂香のお腹に耳を近付ける祐司
『まだお腹からは蹴ったり動いたりする音は聞こえないか』
「それはさすがに早すぎるよ、ねぇ祐ちゃん?」
『ん?』
「知ってる?心臓は一生で20億回鼓動するんだよ、私それだけ生きられるかな?」
『なら俺がずっとお前の鼓動感じててやるよ…』
「ありがとう祐ちゃん…」
すると外からは鐘の音だけが二人を祝福するかのように鳴り響いていた…
【第四章】 完
【第五章】神の悪戯
「心配しなくても大丈夫だよお母さん、ちゃんと病院行けるから、祐ちゃんも来てくれるし」
「ツラかったらすぐ電話してきなさい?何かあったらお父さんが祐司君の事多分殺しちゃう可能性あるから」
「…確かにね、気を付けます」
臨月になり、もうすぐお腹の赤ちゃんが産まれてくる、正直最初は実感が湧かなかった
けれどお腹が大きくなり中で一生懸命この子が動く度に命の存在を感じていた
妊娠が発覚し、それをお父さんに報告しに行った祐ちゃんは半日後に顔が変形する程アザやら傷を作って帰ってきた
どうやらお父さんの怒りを全面に受け取ったみたい
けれど今ではお父さんも祐ちゃんを認め、出産にも協力的になってくれている
仕事を始めてまだ浅い祐ちゃんは毎日てんやわんやに働いている
そんな中でも祐ちゃんが私に約束してくれた
『子供が生まれたら結婚式やろうな、そん時は子供と3人でバージンロードを歩こう』
その後に籍を入れて私は赤城穂香になった
私の心臓はいまだに不安定だ
いつ終わるかわからない命、けど大丈夫、必ず私の中で育んでいるこの命を失ったりしない、必ずお母さんがあなたを産むから
今ではすっかり母親の顔になってきた穂香
様々な経験が穂香に明日を生きる力を付けさせてきた
「う!」
「うぅぅ、お腹が…ゆ、祐ちゃんに電話しなくちゃ…あと、救急車も…」
プルルルル、プルルルル
『はい、どうした穂香?』
「祐ちゃん、お腹が…赤ちゃんが…生まれそう…」
『本当か!?無理せずに楽にしてろ!救急車は俺が手配するから、鍵だけ開けて待ってろ、俺もすぐに病院へ駆けつけるからな』
「うん、わかった…」
数分後に救急車が到着し、病院に運ばれる穂香
「穂香!大丈夫だからね、頑張るんだよ!」
「お母さん…ありがとう」
「穂香、お前は強い子に育ってくれた、だから絶対に強い子が産まれてくる、だから頑張れ!お父さん応援してるからな、祐司君もすぐに来るからな!」
「お父さん…」
「それでは今から始めます、頑張りましょうね赤城さん」
「はい、よろしくお願いします先生」
「なぁ母さん、あの穂香が母親になるんだな…」
「そうね、本当に強くて良い子に育ってくれたわ、あんなに病弱だったあの子が…」
「祐司君に出逢って変わったんだろうな、あの若造も最初は頼りない様に見えたが今ではしっかりとした良い顔をしてる」
「そうね、祐司君ならあの子を任せられるわね」
穂香が分娩室に入ってから数時間、激しく震える心臓
しかし何度も我慢し、しっかりと自分を保つ穂香
「大丈夫、大丈夫だよ…お母さんが絶対あなたを産むからね」
「お父さん…外、凄い嵐ね、祐司君ちゃんと来れるかしら?」
「大丈夫だろ、ここの病院は駅からも近いし」
「そうね、早く来れればいいけど」
「赤城さん!力んで!もう少しですよ!」
「うぅぅぅん!うぅぅぅん!うぅぅぅん!」
「もう少し!もう少し!」
…
「オギャー!オギャー!」
「赤城さん!おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
「…私の赤ちゃん…私と祐ちゃんの子…ありがとう、産まれてきてくれてありがとう」
ガチャッ
「先生!穂香は?」
「母子共に無事ですよ、元気な女の子です、おめでとうございます」
「!!!ありがとうございます先生!!!!!!」
「祐ちゃん、私頑張ったよ、あなたと私の子が産まれてくれたよ、早く見に来てね」
ザァァァァァァァァ
「○△交差点にて男性一名が大型トラクターと衝突、意識無し!今から病院へ搬送します」
薄れゆく祐司の僅かな意識
『穂香…穂香の所に行かなくちゃ…あ、赤ちゃんの所に…』
荒れ狂う嵐の中で佇む祐司の体、流れゆく血だまりを雨は流し続ける
「祐ちゃん、早く来ないかな…ほら?赤ちゃんも待ってるよ」
狂い始めた運命の歯車、それはもう誰にも止められない…
神の悪戯は思わぬ結果を二人に降した
【第五章】 完
【第六章】"おやすみ"
嵐も落ち着き始め、雨はしとしとと降り続いていた
警察からの訃報を聞いたのは穂香が目を覚ました直後だった
ガンッ!!!!!!(ゴミ箱を蹴り飛ばす)
「あの馬鹿野郎!自分の子供が、子供が生まれてきたってゆうのに…自分が死んでどうする!!!…うぅ…馬鹿野郎が…」
「お父さん…」
「…」
雨の降る外を黙って見続ける穂香
「穂香…大丈夫?…」
「…大丈夫かどうかわからない、だって死んじゃったんだよ?祐ちゃんが、私の旦那さんの祐ちゃんが…なんで?なんで祐ちゃんが死んじゃうの?私が先に死ぬはずなんじゃないの?どうして?どうして!どうして私じゃなくて祐ちゃんが先に死んじゃうの!!!!!!!!!何で?何のために…何のために私はこの子を生んだの?これじゃなんの意味もないじゃ…」
「穂香!!」
バチンッ!!!
「か!母さん…」
「ふざけた事を言ってるんじゃないわよ!何のために生んだかって!?幸せになるために生まれてきたに決まってるでしょ?不幸になるために生まれてくる子供なんていないの!私達だってあなたが生まれてきた時に心臓に病気があるって知ってどうにもならなかった、けどね、それでもあなたには幸せになって欲しかった…誰よりも幸せに、たとえ他の人よりリスクを持っていても、その分誰よりも幸せになってもらいたかったのよ、だからあなたが生んだその子にだって幸せになる意味があるの!それをあなたが諦めてどうするの?もしあなたの心臓が限界を迎えても私達がちゃんと幸せにしてあげるから今を生きなさい、祐司君の分まで!」
「お母さん…お母さん…うぅ…うわぁぁぁぁぁん!!!うわぁぁぁぁぁ!!!」
夜の病室
「祐ちゃん…祐ちゃん先に行っちゃったんだね、私より早く…ねぇ知ってる?祐ちゃんに初めて声をかけた時の事、私覚えてたんだよ?それ以来私は祐ちゃんの事が気になっちゃって、だから多分私が祐ちゃんに一目惚れしてたんだろうね…だから祐ちゃんに告白された時、本当は凄い嬉しかった、死んでもいいと思ってた、けどいつか死んじゃうのが怖くて最初は素直になれなかった…でも今は本当に良かったと思ってるよ、だから今は少し我慢してね、一生懸命生きて、それで終わりが来たら…会いに行くから…それまでは赤ちゃんと私を見守っていてね…」
そして退院の日
自宅に戻った赤ん坊と穂香
殺伐とした静かな部屋、何かが足りない…
祐司が足りない…
ゆっくりと座り込み、やりきれず涙が流れる穂香
すると呼び鈴が鳴る
「赤城穂香さんいらっしゃいますか?」
「はい、私ですが?」
「あなた宛にお荷物です」
「はい…ご苦労様です」
「誰からだろう?」
「……!!!!!!」
「祐ちゃん…から?中身は?」
「!」
「ウェディングドレス…」
ぽとっ
「手紙だ…」
『愛する穂香様、今は赤ちゃん生まれてるかな?まだ生まれてないかな?どちらにしても頑張ってくれる穂香へのプレゼントです、手渡しは恥ずかしくて日時指定で贈ってビックリさせようと思って用意しました、綺麗だろうなぁ、穂香の花嫁姿。今から楽しみでしょうがないよ…
俺が穂香に告白してからもう幾つか年を過ごしたね、今じゃ懐かしい事ばかりだよ、ツラい事も悲しい事も楽しい事もたくさんあったね、でもやっと君を花嫁として迎えられる時が来たんだ、こんなに嬉しい事はないよ。
穂香のいつ終わるか分からない命、けどそれを僕は恐れていないよ、穂香と過ごしてきた日々は今までも、そしてこれからも後悔は無い、だから先に穂香がいなくなっても穂香は俺の心からはいなくならない、だから今約束するよ、遠い約束になるけどね。
穂香がいなくなって、いつか俺いなくなる、そして俺達は様々なモノに生まれ変わると思う、でも約束するよ、犬や猫だろうが、カエルやただの虫でも、木や草でもいい、いつかまた出逢えたらその時は
いつまでも、一緒に居よう」
「祐ちゃん…祐ちゃん、ありがとう祐ちゃん…絶対あなたにまた出逢うから何万年かかっても…また一緒になろうね…必ずあなたを見付けるから、だからそれまではおやすみ」【第六章】 完
【最終章】遠い約束
「お母さん行ってきます!」
「気を付けて行ってくるんだよ穂香!」
『彼女は山本穂香、高校一年生。活発で頭も良く中学校時代は人気者だった。彼女のひいひいお婆さんの名前も穂香だったそうだ、そのお婆さんは若くして亡くなったらしい。そのお婆さんとは違い健康に過ごす穂香。高校生になってまだ日が浅くなかなか学校生活に馴染めない部分もあった。』
「あ〜ぁ、今日もまだクラスの人と話せなかった、まあ時間が経てば友達だって出来るよね」
『穂香はいつも昼休みや放課後は図書室に行って時間を潰している、今日も好きなシェイクスピアの本を読みながら時間を潰そうとしていた』
「あれ?いつも読んでる本が無い?あ、あの男の子が読んでる、珍しいな、シェイクスピア読む男の子なんて…」
『夕日の射し込む光を受け、僕の顔がオレンジ色に輝く』
「ねえ?君もシェイクスピア好きなの?私も好きなんだ!」
『え?あぁ…知ってるよ、君がシェイクスピアを好きなのは』
「え?なんで?」
『だって、前から知ってるから…もう何百年も前から…』
「え…?」
『やっと会えたね…穂香』
「…………祐…ちゃん…」
また再び動きだした二人の歯車…
そして…その歯車はもう…止まる事はないだろう…
〜Fin〜