共通① 兄
ある貴族の令嬢は、数日程前に社交界へ参加する事が出来る年齢に達した。
令嬢は父に連れられて、きらびやかなホール内を回った。
今夜のパーティーには貴族だけでなく、莫大な資産を持つ富豪なども参加しており、貴族達は自信の娘を有力な家に嫁がせようと必至である。
この時代、親が決めた相手と結婚するのは当たり前だが、令嬢は心に決めた相手がいる。
そのため令嬢は一刻も早く屋敷に帰りたいと思った。
そんな令嬢を影から見つめる眼差しがあった。
「初めましてお嬢さん」
貴族と思わしき若い男が、令嬢に声を掛ける。
柔かそうな金髪に蒼い瞳の彼は、まるで物語の王子様のようである。
「…ええ初めまして」
令嬢はどう切り抜けようか、焦ってしまう。
ひとまず挨拶を済ませて立ち去る事を考える。
貴族の男は令嬢の行動を想定したのか、逃げられない様に話を続けた。
「私は貴女ほど美しい女性とお会いしたことはありません」
貴族は令嬢に甘い言葉を囁き、手に口付けを落とした。
「申し訳ありませんが父が待っておりますので、失礼します」
耐え切れず令嬢は立ち去ろうとした。
「そうですか…またお会い出来る日を待っています」
屋敷に戻ると一人の男女が二人を出迎えていた。
男は令嬢の兄で、もう一人は母である。
「おかえりなさいあなた」
「ああ」
「ただいまお兄様」
「おかえり」
「今日は大変だったろう」
「ええ」
「変な男が居たなら始末してやろうか」
「おっお兄様?それはジョークですわよね?」
「これはジョークではないからな
大切な妹がどこぞの馬の骨ともわからん男といることを考えただけで…」
「嫁入り前の娘を持つ父親のような口ぶりですこと」
令嬢は心配性の兄に呆れながら腕を組んだ。
「いつから純朴な兄をたぶらかすような悪女に…」
「お兄様…言葉と動作が矛盾していますわ」
「名門貴族の家に嫁げるなら娘も喜ぶ筈だ」
「光栄です」
「そうです、せっかくですから娘に会って行かれません?」
「では少しだけ…」
名門貴族の男は従者と供に令嬢の部屋へ向かう。
名門貴族が部屋の前に立ち、扉をノックする。
「いらっしゃらないようだな」
令嬢からの返事はない、なぜなら令嬢はまだ兄の部屋にいるからだ。
「坊ちゃま何か物音が致しませんか?」
「…ぼっちゃまは止めろ。確かに物音がするな」
「恐らくは隣の部屋からでしょう」
名門貴族と従者は令嬢の兄の部屋に耳をあてた。
「お兄様そっそんなの困るわ……もうやめて……せめて後少しだけ待って」
「いいや、止めない。もう十分待った。これ以上焦らして、いたいけな兄をもてあそぶのか?お前は兄様を愛していないのか?」
まるで恋人のような会話に二人は唖然。隙間から覗くとそこには名門貴族の子息にとって未知で禁断の光景が広がっていた―――。
◆幼馴染みとの再開osanagnakaiamitnoi
わけではなかった。
ライラはカードを床に叩きつける。
「もう一度です!」
「何度勝負してもお前が勝つ事はない。兄より強い妹はいない!!」
「あらお久しぶりね」
「…元気そうで何よりだ」
令嬢の幼い頃からの知り合いである。
数年振りに再開した彼は灰色の髪に翠の目をした美しい容姿は変わらない。
「相変わらず女性が好むマスクでいらっしゃる」
令嬢の兄は国全体でも珍しい黒髪だ。
本人も好む服が暗色系なので世間では変わり者扱いをされている。
容姿は整っているので一部の女性には好かれていた。
「君は僕の婚約者になったのさ」
「な…なんですって!?」
普通の兄ならば有力家系に嫁ぐ妹を祝福する場面なのだが――
令嬢の兄は浮かない顔で二人を見るのだった。
◆兄と王子開口す cusniaoiutgoi
幼馴染の帰宅後、令嬢・ライラは兄のグレアスに声をかけた。
彼の先程の様子が気になるからだ。
ライラは婚約の件に対して、なにか不満があるのか尋ねる。
「可愛い妹があんなナヨナヨした男に嫁ぐなんてな…」
グレアスは泣き真似をしてみせた。
「ふふ…お兄様ったら」
ライラはいつもの兄であると、安心して笑う。
――――
グレアスは部屋で一人、ライラについて考えた。
昨日の夜会のこと、婚約のこと。
密かに想いを寄せる彼女が、遠くない未来、他の男の元へ行くことに、焦燥した。
ライラは認知していないが、彼女にグレアスと血の繋がりはなかった。
“こんな苦しい想いをするなら、兄になどなりたくなかった”
過去の己の選択、後悔に身を苛まれる。
――――
「王子様が!?」
グレアスが部屋に閉じ籠っている間、グルスターゼ家の邸に、王子が密やかに訪れた。
「こうしてまた、貴女と巡り会えたことに、深く感謝します」
王子はライラに跪いた。
「失礼、まだ名もお尋ねしていませんでした…」
「あの…私はライラフレア=グルスターゼと申します」
ライラはドレスの端を持ち上げ、頭を下げた。
「結婚してください」
王子はライラに手を伸ばし、求婚する。
婚約者がいるライラは困惑した。
相手は王子、断るわけにはいかない相手だ。
「お待ちください」
グレアスが客室に入る。
「…!」
王子はグレアスの姿を見て、普通ではないほど、驚いた。
「我が妹ライラには、婚約したばかりの相手がおります
そして我が家は男爵家です…“殿下のような高貴な方”とは釣り合いません」
「身分など…構いません」
王子は異様なまでに食い下がった。
グレアスは、相手が王子であっても、面倒になり眉を潜める。
「…今日のところはこれで失礼します」
王子はライラに微笑みかけると、止めてあった馬車に乗って邸を去った。
―――
「いかがでしたか、殿下」
王子の目の前に座り、景色を眺める青髪の男が尋ねた。
「まさかあの男がいるとは…想定外だったよ」
頭に手をやり、髪をクシャリと強く握る。
その様子を見て、青髪の男は静かに笑った。
いつもよりはやく、ライラの目は覚めた。
不意に外へ出ると、屋敷の庭で、兄・グレアスが一人で椅子に座り、茶を飲んでいる姿が見えた。
話相手はおそらく、彼女は見かけたことがない使用人だった。
機嫌の良い日のない彼の、穏和な雰囲気に、ライラは珍しいものを見た。といった顔になる。
グレアスの邪魔をしてはいけない。
そう思ったライラは、その場を去ろうとする。
「こっちにおいで」
しかし、グレアスは気がついていた様子。
微笑みながら、手招きする。
「どうぞお嬢様」
黒髪の青年は新人にしては、無駄のない所作で椅子を引く。
ライラは、彼に微笑み、席に座る。
「温いのと熱いのは、どちらがいい?」
紅茶は熱い湯でいれるもの。
グレアスの言葉の意味がわからないと、頭に手をやって考えるライラ。
「お前は昔からお茶でヤケドをしていただろう?」
グレアスは、まるで小さな子を視ているような事を言う。
「お兄様、子供扱いをしないで!」
「はは、悪い」
ごまかしながらグレアスは椅子から立ちあがり、屋敷の中へ戻った。
「あの、貴方見かけない顔ね」
使用人の顔を、はっきり覚えるほうが可笑しいが、彼は兄と同じ黒髪。
もしも目に入れば記憶に残る。
「本日より働かせて頂いております」
名乗らずに彼は去った。
聞いた側が答えるのが常であり、使用人が自ら名前を名乗ることはない。
ライラは後で、グレアスにたずねようと考えた。