すべてのはじまり
この物語はフィクションです。従って、繰り広げられる出来事が現実的ではない場合もございます。また、劇中の人物、名称が実在している場合でも一切関係ありません。舞台も空想の街です。モデルはありません。
僕の名前は船場船穂。船ばかりなのは、先祖が渡し舟の船頭だから。三代前に家業は途絶えているのだが、父は地元の観光地で小舟の船頭を生業としている。
僕にも継がそうとしていたが、高校入学と同時に地元を離れたため、今は何も言われていない。
地元を離れたとはいえ、20キロ程度の距離。呼び戻そうと思えば簡単に呼び戻せる場所に居ながら、音沙汰がないということは、そんな考えはもう無いのだろう。
そんな僕は、高校卒業した後に就職活動するものの採用には至らなかった。仕方なくバイトを掛け持ちしながら生活をしている。
趣味はなく、夢もない。
唯一の生き甲斐は、週一回行く近所の食堂。食事ではなく、そこで働く幼馴染みの友人としゃべるのが目的だ。
物心ついた時から交流があって、幼稚園からずっと一緒だったため、家族同然の付き合い。実家より居心地が良いかもしれない。
成績二流、運動三流、容姿は良くも悪くもない。そんなぱっとしない僕に突然、とあるオファーが届いた。
「お前は、この街が好きか?」
いつものようにバイトをしていると、上司のおじさんが唐突に訊いた。
質問の意図が分からず、とりあえず正直に答えた。
「好きでも、嫌いでもないですけど…」
それを聞いたおじさんは何かを決心したように切り出した。
「これ、やってみたらどうだ?お前のこと話したら、ぜひって言ってたぞ。まぁ一度考えてみろ」
おじさんの手には「求む!!救世主!」と書かれたチラシが握られていた。
チラシを受け取って詳しく見てみると、幼なじみの居る食堂がある商店街の再興を担う団体の募集だった。
「来週までに考えといて。やる気あるなら推薦するから」
とおじさんは言った。どうやら話は、だいぶ進んでいるらしい。
その話は持ち帰り、幼馴染みに相談することにした。
「いらっしゃい。…って船ちゃんか」
店に入ると、いつものように迎えてくれた。
ずっと「ふなちゃん」と呼ばれている。本音を言えば、やめてほしいのだが、その願いを聞き入れてはくれなかった。
「ご注文は?」
幼馴染みは聞いてきた。
「じゃあ、いつもので」
腹が非常に減っている。
「おやじ~いつもの~」
「はいよ」
個人経営の食堂らしいやりとりが閑古鳥の鳴く店内に響く。
そして、いつものように二人分の水を持ってきて、僕の向かいに座る。
「そう言えば、相談があるんだけど…」
すぐ本題に入った。
「え?珍しいね?どしたの?」
さすがに驚いていた。相談なんて今までしたことがなかったから当然だ。
「実はバイト先でこんなもの貰って…」と言いながら、例のチラシを見せた。
「へぇ~こんなのあるんだね~」と明らかに不自然な対応をしてきた。彼女が知らないわけがない。
「これに推薦されたようなんだが、どう思う?」
「そうだね~この商店街もだいぶ人が寄り付かなくなってるから、他力本願でもどうにかならないかなって思ってるんだ……。本当は私達が先頭に立ってやらなきゃいけないことなんだろうけどね…」
幼馴染みは暗い表情になった。
よく考えてみれば、この商店街のことを気に留めたことはなかった。今の彼女の表情をみる限り、状況は深刻そうだ。
困っているというのなら力にはなりたい。しかし、素人の自分でいいのかという気持ちが邪魔をしていた。