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戒縛の王と 森の妖精

5 仮初めの妃の憂心

作者: にくきぅ

また『話なげーよ、メンドクセェ』と感じた方は、不快をもよおす前に戻る事を お薦めします。

常用漢字ではない漢字の使用が多々あります。 僅かですが、当て字もあります。それ等は、誤字・脱字と共に、広い心で お赦しください。


ラッケンガルド滞在-2日目の 続きです。

………久々に書いてみました。


___視点:王族用厨房-勤務 5名。 料理長・料理人・女官-3名___


白と白灰色の マーブル模様の台を拭きながら、ミラベルは 何度目かの溜息をいた。

視線は、布巾に当てている右手に向いているが に入ってはいない。

大理石の調理台を拭いていた手は、うに停まっている。

「ミラベル?」

普段とは違うのだろう。

共に厨房で働く者達が 不思議そうなを向けている。

「ミラベル」

此処は、王族の食事を作る為だけにある厨房だ。

それに伴って、設備も 食材も、すぐりのモノばかりだ。

当然、其処で働く者達も 同様である。

「ミラベル?」

声を掛けたのは、この厨房で包丁を振るう料理長だ。

猪でもくびり殺せそうな太い腕に ごつい手、いかつい顔。

太い眉と 口許くちもとは、きつく結ばれている。

私服で黙っていれば、歴戦の軍人に見える容貌をしている。

その為、初めて会った人ならば ほぼ青褪めると云う人相に仕上がっている。

もっとも、ミラベルは 思案に耽っているのか、さいわいにも 見えていないのだが。

「 ーーーーーー……… 」

この厨房には、料理長と ミラベル-以外にも 働く者がいる。

料理人が 3人と、ミラベルと同様 調理の補佐をする女官が 5人だ。

その内、料理人-1人と 女官-2人は、所用で他出している。

1年以上 同じ面子メンツで仕事をしているだけに、他の者達は 強面コワモテの料理長をこわがっているふしはない。

彼等は、互いにあわせ 小首を傾げる。

ミラベルは、真面目すぎるくらい 真面目な娘だった。

少し気が弱いが、気配りが良く 頑張り屋だ。

そのミラベルが 声を掛けられて気付かないなど、そうある事ではないのだろう。

厨房にいた ミラベル以外の4人は、目線で会話をしている。

黙しての会話で 何を語ったのか。

1人の女官が、溜息をきながら ミラベルに近付いた。

「どうしたの?」

テーブルを拭く手を停めたまま ぼんやりとしているミラベルの肩を 軽く揺すっての声掛けだ。

流石に、ミラベルも 飛んでいた意識を戻した様だ。

「 ーーーーっ、え⁈」

周囲の様子に気付いていなかっただけに、急に揺す振られた事も 眼の前に同僚がいた事も喫驚だったらしい。

ミラベルは、を白黒とさせている。

「『え』じゃないでしょ、さっきから呼んでるじゃない。どうしたのよ? ほんとに」

「ひょっとして、具合悪いか?」

「何か、顔色も悪いし」

女官に 料理長・料理人に案じられ、ミラベルは ぎこちなく返答をした。

「う、うん………大丈夫」

「そうか?」

「無理するなよ」

「う、ん………ありがと」

心配をしてくれる者達に 曖昧な笑みを向けてしまい、ミラベルは 反射的に俯いた。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ=サフィール___


王宮には、広い庭がある。

其処には 美しい花畑もあれば、綺麗な池もある。

魔法使いリーゼロッテは、その池のほとりにいた。

執務室や政務室がある棟から 最も近い『人気ひとけのない 静かな場所』を探して、此処へ辿り着いたのだ。

離れた場所には 紫陽花に似た低木のしげみに囲まれた回廊があり、その先に 小さな四阿あずまやがある。

魔法使いリーゼロッテは、池のほとりに建つ この四阿あずまやが見える 池の端にいた。

大木の陰に腰を降ろして、ようやく 一息をく。


つかれた。》


執務室で、ラノイ達に お茶を出した。

小休憩ののち デスクワークを再開するタイミングで 執務室を辞そうとしたのだが、ラノイが これを赦さなかった。

何かと理由を付けて そばに置こうとし、クランツが 怒声に近い声でいさめる。

そばにいてくれないなら 仕事なんてしない』と 王が言い『そんな我儘が赦される訳ないでしょう』と 側近が抗議する。

側近が青筋を立てて 怒号の如き勢いで諭そうとも、王は 飄々ひょうひょうかわしてゆく。

この攻防は 数分に及び、どちらも 一歩も引かなかった。

勿論、魔法使いリーゼロッテも『邪魔になるから』と退室を願い出たが、き入れてもらえなかった。

結局は、シズが『此処にいさせたら 姫は暇だろうな』の一言で 何とか解放されたのだ。

執務室での事を思い出し、魔法使いリーゼロッテは 深く溜息をく。


《 どうして、あの人は……。》


宰相にして ラノイの兄でもあるシズの顔を想いかべた途端、更に深い溜息が零れた。

彼が、面白がって 見守っていた事は判っている。

仕事の効率アップの為なら 多少の犠牲もいとわない性格をしている事も、判っていた。


《 朝食の席でも、たすけてはくださらなかったけど、まさか 面白がっておられたとは……。》


魔法使いリーゼロッテは、相手の心をむ事が出来る。

これは、魔法使いの一部の者達なら習得している技だ。

しかし、彼女は、100齢-未満の 幼い魔法使いだ。

そもそも、100齢-未満は『幼い』とばれるのが 魔法使いの世界だ。

その中で 闘うすべを得ていたとは云え、彼女は、技の熟練度レベルと云う部分で 圧倒的に劣る。

心をむ と云う事に於いても、それは変わらない。

一瞬でむ事の出来る 老獪な魔法使いとは違い、どうしても 時間がかる。


を見詰める事で 心の一端を垣間見る』


そのちからみ取っても、それだけが『本音』ではない。

本当に『心の一端』しか『垣間見る』事は出来ない。

幾種類かの感情の波を感じ取り、表層の考えを聴き、其処にかぶ影像をむ。

数秒を要して、それでも めるのは、表層だけだ。

奥に秘められた気持ちまでは 知り様がない。

シズにしても、深層では 別の理由をかかえているかもしれないが、魔法使いリーゼロッテには み様がないのだ。


《 ラノイ様よりは 判り易いけれど、あの人も 難解……。》


ラノイに於いては、む事さえ 困難を極めている。

それは、ラノイが『隠そう』としている為ではない。

そもそも 魔法使いリーゼロッテ能力スキルを知らない彼が、隠匿行動を起こすひつようはない。

つまりは、日頃から 難解な思考回路をしていると云うだけなのだ。

これは、シズも ほぼ同じだった。


《 あの 御兄弟おふたりは、どうして あぁなの……?》


ラノイは、魔法使いリーゼロッテを構い 困らせている時に。

シズは、そんなラノイを はたから見ている時に。

共に、愉しげな感情の波を、良く発している。

どうやら、困っている彼女の事は 考慮の外にしている様だ。

これは、2人共に云える事だった。

心の表層の一部とは云え、面白がられている事に 変わりはない。


つかれる。》


思い出すだけで、疲労感がす。

折角 離れられたのだから、今は 執務室の事は忘れるべきだろう。

しかし、考えなければならない事もある。

毒を仕掛けている者達を 特定する事は、魔法使いリーゼロッテも 必要だとはおもっている。

ただためらいもある。


《 わたし、かくせるかしら。》


嘘もかくし事も、得意ではない。

エスファニア王国で、事ある毎に セレディンに見破られてきたせいもあって、どうにも 気が引ける。

知らなければ 嘘にもならないが、犯人を知ってしまえば その瞬間から『嘘』か『かくし事』になる。

「 ーーーーーー……… 」

セレディンに見破られ続けてきたのは、彼が そう云う天賚てんらいそなえていたからにぎない。

だが、半年近く 嘘も方便も看破されてきた魔法使いリーゼロッテには、かくし事が苦手になってしまう程の経験トラウマとなっていた。


《 ラノイ様に、その天賚てんらいはない………と、おもうけれど。》


やはり、腰は引ける。

知ってしまう事への恐怖、に近い感覚があるのだ。

もっとも、相手は ラノイに害となる行為をしているのだから 遠慮など要らない。

そんな考えもあった。

後宮付きの女官達のはなしを聴くまでは、だ。


《 嫉妬されるのも………本当は、筋違いなのに。》


魔法使いリーゼロッテは、仮初めの妃だ。

ラノイが 真実の愛を向けて 妃に、とえらんだ者ではない。

だが、ポットの毒を仕掛けている者は それを知るよしもない。

アイシアや シノン達のはなしにあった様に、ラノイに想いを寄せている者の仕業だったら、とおもったのだ。

ぽっと出の魔法使いリーゼロッテに嫉妬しての犯行である可能性に気付いた為、捜す事をためらったのである。

アイシア達のはなしを聴いていなければ 気付けない程の、かすかな残心。

迷いに似た感情こころわずかにあった、様に感じた。

気のせいと云われれば否定出来ないくらいの、かすかな感覚。



  『のぞんだ結果を導き出す為に 大切な者を傷付ける未来を招く行為に及ぶ』



これに対する葛藤と後悔があったのではないか。

そうおもうが故に、魔法使いリーゼロッテためらった訳だ。

もし、捜す事に同意していれば どうなったか。

彼等の口から聴かなくとも、明白だった。

ラノイも シズも、相手が誰であれ 厳しく処罰をくだすだろう。

何が原因であっても、彼等は 情状酌量などしない。

実に 明確に、実に 残酷に、公平な裁きをくだす。

そうおもって、捜す事を拒否したのである。


《 もしも、ポットの中に毒を入れたのが『嫉妬し 思い余っての行動』であるなら………。》


もしも、そうしたのが 女官の1人なら、このまま ただ 解毒だけを繰り返していよう、ともおもっている。

捜さずにいられる内に 良い方向に気持ちを落ち着けてくれれば、と願いながら。

だが、湯飲みに仕掛けられた毒は、また 別だ。

あれは、妃が現れる前から仕掛けられていたし、異母兄であるシズをも 害していた。

王族を標的とし、利己的な理由で長期的に仕掛けられているモノだ。

関わった者達は 誰一人 逃すつもりはないし、言いのがれも赦す気はない。

しかし、捜すには 先程の問題が絡んでくる。


《 どうしたら いいのかしら。》


悪心をいだく者達を捜す事は 容易たやすい。

その気にさえなれば、半日で 何人かの目星も付けられるだろう。

もっと 正確に云えば、1人は 既に判っている。

その場で 相手を追求しなかったのは、尻尾を出すのも時間の問題だ と考えたからだ。

敵がボロを出すまでの、ラノイ達の飲食に於いては、完璧に守護する覚悟もしている。

そして、この程度ならば、魔法使いリーゼロッテには 難題ですらない。

だが、今後、妃を恋敵じゃまに思う女官などが 次々と参戦してくるとなれば、悠長にしていて良いモノか 悩みところだ。


《 これ以上、増えないと いいのだけれど………。》


切望しているが、叶う確率は 低いかもしれない、ともおもっている。

ラノイは、見眼みめい。

切れ長のに すっと通った鼻梁、形のい薄い唇に 意志の強さをうかがわせる美眉。

小さめな頭部に やや細い輪郭のかんばせ

全体的に細身で長身の 美麗な容姿に、強力な魅力カリスマあわせ持つ。

それが、ラノイと云う青年の外見だ。

あの切れ長な瞳に見据えられれば、呼吸を忘れる程なのだろう。

それが 魅了であったり 恐怖であったりしても、何処か惹かれるモノがある。

加えて、国家権力の最高峰に座する人物だ。

有らゆる意味で、他を魅了する存在なのだ。

ラノイ-本人も それが判っている。

だからこそ 彼は、そう云ったモノに擦り寄るすべてに 辟易していた。

故に、えらばれたのが 魔法使いリーゼロッテなのだろう。

すくなくとも、魔法使いリーゼロッテは そうおもっている。


《 本当に、女官として仕えたほうが………。》


陰で動き廻るにしても 楽だった、と 小さく呟く。

もっとも、これは 詭弁きべんに近い。

『動き廻る』だけならば、幾らでも 自由に出来る。

他人から 姿を見えなくするじゅつもあるし、此処へ来た時の様に 小鳥にでも変幻すれば良い。

王宮内だろうが 王宮外だろうが、基本的には 自由に動ける筈だ。

妃として後宮にいる事は、女官として仕えるよりも 優雅な時間があると言っても良い。

あれこれと しなければならない仕事もすくなく、ラノイと関わらない時間は 或る程度の自由が約束されている。

しかし、仮初めとは云え、彼女の気持ち的には『楽』な立場ではない。

他の女達ならば、ラノイの相手にえらばれただけで 天にも昇る心地なのかもしれないが、魔法使いリーゼロッテにとっては 苦痛でしかない。

ラノイとシズに降り掛かる 生命の危機は振り払いたいが、その為に 妃と云う立場が必要か と問われれば、否と答えざるを得ない。

女官として仕えていたのならば、数日ですべての関係者をラノイ達の前に引き摺り出して、早々に ラッケンガルドを辞する事も可能だった。

しかし、対内的こくないに限るとは云え 妃として扱われていては、王宮から離れる事も ままならない。


《 何だか、前途多難な気が………。》


こんな事ならば、魔人や魔女達と闘っているほうが 精神的に楽かもしれない、などと考える。

実際には、あれは あれで、相当な苦痛になっているのだが。

「あの人が怒るのも、無理はないわね」

今朝のエスファニアとの通信での事を思い出し、魔法使いリーゼロッテは苦笑いを零す。

エスファニア城の侍従長であり 男爵の地位にあるセレディン=ラグロス=ハーシュフェルダーは、始終 不機嫌だった。

嘘をいてはいないから 指摘されはしなかったが、かくし事をしているのは気付かれていたのかもしれない。

その為、不機嫌だったのかもしれない。

魔法使いリーゼロッテは、そう考えていた。

事実は、セレディンの我儘にすぎないのだが。


《 帰ったら 帰ったで、こわい気がする。》


セレディンは、彼女の苦労を知る 数尠かずすくない人物だ。

以前、大怪我をしているところを見られた過去がある。

その為、セレディンには いろいろと心配をさせている自覚もある。

今回のラッケンガルド滞在は、予定外の事態だ。

それだけに、セレディンが あれこれと案じている事は了知している。

しかし、だからこそ この事態ははなせなかった。

知れば、セレディンは 放っておかないだろう。

必ず 反対し、戻れと言うだろう。

あまつさえ、ラッケンガルドまで迎えに来かねない。

悪い事に、ハーシュフェルダー男爵領は、ラッケンガルド王国との国境線に接している。

彼の領地の東に、この国との関所が設けられているのだ。

国交が薄いとは云え、関わりが皆無だった訳ではない。

ハーシュフェルダー男爵であれば、外交と称して 此処へ乗り込んで来れる。

そして、彼には 行動力があり、詰まるはなし 可能性が高いのである。


《 ラッケンガルド王国が 陛下の外遊先にえらばれたのも、この理由が加味されていたのかも。》


今となっては、不都合でしかない。

賢い男爵の事だ。

詳しい事情を説明しなくとも、大凡おおよその見当は付けるだろう。

魔法使いリーゼロッテが 協力している理由についても、或る程度は 察してくれるだろう。

しかし、納得してくれるかと云えば 答えは『否』だ。

先月の ナルシェル王国との事もあって、過敏になっているところだけに 了承を得る事は困難とおもわれる。

だからこそ、居場所は言えなかったのだ。


《 今後も、これだけはかくし通さなければ………。》


そんな決意を固めた時、声が聴こえた。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___高官-3名。 小太り・髭・小柄___


王宮の池のほとりに建つ 四阿あずまやに、更に 1人の男がやって来た。

面子メンツが揃ったのだろう。

人気ひとけのない王宮の庭の一郭で、彼等-3人は 顔を付きあわせた。

「一体 どうなっているんだ⁉︎」

王宮は広い。

エスファニア城の様に 増改築を繰り返された宮殿ではないが、此処は 敷地-そのものが広いのだ。

誰も踏み入らない場所は、結構ある。

彼等がつどっているのは、そんな場所の 1っだった。

「判らん、毒は 入れさせているのに」

彼等は、一向に騒ぎが起きない事に 当惑していた。

その後、何食わぬ顔で執務室を出て来た妃に 困惑した。

執務室から出て来た王と 宰相・側近の元気な姿を見て、彼等の思考は 混迷をきわめた。

動揺しながらも 此処へ集まり、混乱しながらも 情報を統括し 考えを纏めようとする。

「茶は、飲んでいるんだろう?」

「ああ、それは 確かだ」

ポットの湯は減っており 急須には茶葉が残っており、茶器には 使われた跡がある。

その報告を受けているからこそ、何の異常もきたさずに 公務を続ける3人に驚かされたのだ。

「じゃあ、何で 誰も倒れないんだ⁈」

小太りの男の放った疑問に、答えられる者はいなかった。

飲んでいるのなら、すぐさま 体調不良を訴える毒だったのだ。

口にして 数10秒で吐き気や腹痛をもよおす種類の毒だ。


『妃の淹れた茶で、王が倒れる』


執務室と云う密室で そんな事が起これば、邪魔な妃を 確実に排除する事が出来る。

こう囁いて、数人の女官を買収した。

その内の1人が、確かに ポットに毒を入れた と申告してきた。

そして、王を含む 宰相達-3人は、それを飲んだとおもわれる。

なのに、体調不良になった者はない。

「 ーーーーーー飲んだフリ、とか?」

他の可能性がおもい付かず、1人が そう呟いた。

口の両端に髭のある 中年の男だった。

確かに、髭の男の言う通り、飲んでいないのならば 体調不良になる筈もない。

そんなおもいから出た言葉だった。

小柄な男が 複雑な表情で呟く。

「だとしたら、ポットの中に毒が入っている事を あらかじめ知っていた、って事になる」

正論だった。

そもそも 茶を淹れなかったのなら まだしも、淹れたにも拘らず 飲まなかったとなれば、その理由は絞られる。

彼等の行為には関係のない 何等かの理由がある、と云う可能性もある。

だが、もしも『飲んだフリをした』となると、ポットの中に仕掛けられた毒の存在に気付いたと云う事になる。

「あ……… 」

この事に気付いて、髭の男は 青褪あおざめた。

「もし そうなら、あの王が放っておく筈がない」

小柄な男は、自分で言いながら『バレた時の〔獅子王〕の対応』でも想像したのだろう。

あきらかに、顔色が悪くなった。

「 ……そうだな」

他の2人も 同じ事を考えた様だ。

彼等の雰囲気が どんよりと重くなる。

〔獅子王〕は、内乱時『戦場の鬼神』と異名をとった人物だ。

それは、単純なつよさだけでなく 敵対した者への対処から定着したモノだった。

「どうする? もう1度 試すか?」

「得策とは云えないかもしれないな」

みずからに牙を剥く者に、若き王は 容赦をしない。

これが判っているだけに、1度で成功させなければならない作戦でもあったのだ。

「早々に 失脚させる筈が」

苦々しく、小太りの男が ぼやいた。

「仕方ない」

小柄な男が、大きな溜息と共に そう言った。

「乱暴な方法にはなるが、排除は 早いに越した事はない」

穏便に 毒殺疑惑で追い出そうとしたが、これは 不発に終わった。

理由は どうあれ、2度は行わないほうが良い。

失敗した時の為に用意していた 次の作戦に切り替える、と云う判断を下した様だ。

「ああ」

「仕方ない」

全員の意見が一致した事を 互いに確認して、頷き合う。

「手配はしてあるのか?」

「ああ、今日中に 整える」

髭の男の問いに、小柄な男は、まだ 若干 青褪あおざめたままの仲間の顔を しっかりと見て、そう答えていた。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ=サフィール___


周囲が静かになっても、魔法使いリーゼロッテは 池の反対側へ視線を向けていた。

其処にある 小体な四阿あずまやには、誰の姿もない。

「 ーーーーーー……… 」

彼女は、躑躅つつじしげみの間から見える四阿あずまやへ向けていた視線を 池の水面へ移す。


《 想定外だわ。》


今日のそらは、魔法使いリーゼロッテの瞳の様な蒼だ。

風も穏やかで、水辺は涼しく 心地良い。

そんなそらの色を写して きらきらと輝く水面を見ているとはおもえない、苦々しい表情をしている。


《 こう云う可能性も、あるわね。》


考えていなかった可能性に気付かされた彼女は、少々 気落ちしている様にも見える。

勿論、よぎっているのは 執務室での事だろう。

先程の遣り取りを知っていれば、ラノイを怒らせてまでさからう と云う、何の得にもならない事などしなかった。

おそらく、そんな事を考えているのではなかろうか。


《 でも、そうだとすれば………あれは、何だったのかしら。》


ポットの湯に入れられた毒と共に 溶けていたモノ、それは 確かに『葛藤』であり『悔恨』だった。

そう感じたからこそ、捜せ と云うラノイの言葉を拒んだのだ。

「勘違い……?」

何度も云うが、彼女は 魔法使いとしてはよわいが浅い。

人間としても、20年には充たない。

本当に 若い、幼い存在なのだ。


《 確かに、悔いている様な感じがしたのに。》


熟練度レベルが足りないだけに、表層心理の詠みも 外れる事がある。

今回 ポットに残留していた『悔恨』も、外れである可能性は否めない。

しかし、魔法使いリーゼロッテは そうはおもえない様だ。

「そうは おもえなかったけれど……… 」

小さく呟いて、小首を傾げる。

思案にれる間に、またも 誰かがやって来たらしい。

四阿あずまやのほうから、声が聴こえてきた。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___視点:王族用厨房勤務の女官-ミラベル___


「ミラベル!」


王族専用の厨房を抜け出して来たミラベルは、四阿あずまやに佇んで 池の水面を眺めていた。

其処に 降ってきたのが、この怒号の様な 女の声だった。

「っ、は、はい」

振り返る前に 相手が判った為か、単純に 声に驚いたのか。

ミラベルは、跳び上がる程の喫驚をみせた。

そんな相手の反応を無視して、回廊をやって来る者は 肩をいからせている。


「貴女、本当に 入れたのっ?」


足取りもあら四阿あずまやむかって来るのは、女官の1人だ。

少し癖のある黒髪を結い上げて、少しきつめの印象を与える釣りを 更に釣り上げた女官だ。

黙って微笑んでいれば 綺麗な顔立ちをしているのだが、こうも怒気をまとっていては それもなりひそめている。

「絶対に入れろって言ったのに、さからったのね!」

ずんずんと進めた歩みのまま、女官-ベロニカは ミラベルに詰め寄った。

「あたしにさからうなんて、よくも 、 っ」

鬼の形相でいかりを撒き散らすベロニカに、ミラベルは、口を ぱくぱくとさせながら 首を振った。

恐怖をいだかせる程の勢いに、声が出ないのだろう。

顔色は、厨房にいる時よりも 青褪あおざめている。

おびえつつも、最低限の主張をしているのだ。

「何の騒ぎも起きなかったじゃない。本当に入れたんでしょうね?」

わずかに、ベロニカの怒りの波動が緩んだ。

今まで、ミラベルは 彼女にさからった事はない。

だからこそ、この重要な役目を任せる事にし『毒を入れろ』と 命令したのだ。

小柄なミラベルを睥睨して、ベロニカは 返答を待つ。

「いっ、入れました! ちゃんと言われた通りの お薬を、言われた通りに」

ミラベルは、半泣きの状態で 返した。

「じゃあ、何で あの妃が追い出されてないのよ⁈ あの薬を使えば、すぐに騒ぎになって、今頃 罪人になってる筈でしょ⁉︎」

これは、ミラベルに対しての言葉ではない。

おのれの中の疑問を 苛立ちと共に吐き出したにぎない。

だが しかし、ミラベルを萎縮させる効果はあった様だ。

びくっと身を揺らしたミラベルは、今にも悲鳴を上げそうになる口を 懸命に抑えている。

「もう1度 やりなさい」

「で、でも、もう……… 」

やりたくない、そんな事はしたくない。

この言葉は、ぎろりと睨まれた瞬間に消滅した。

さからうの⁉︎」

最早、言い返す事も出来ない。

絶対的-強者なのだ、ベロニカは。

「 ーーーーーー……… 」

蛇に睨まれた蛙、そんな状態なのだ。

「いいわね⁉︎」

「 …………はい」

力なく 肯定の言葉を呟いて、ミラベルは 項垂れた。




▽ ▽ ▽ ▽ ▽




___視点:〔森之妖精イリフィ〕-リーゼロッテ=サフィール___


躑躅つつじしげみの間から この遣り取りを観ていた魔法使リーゼロッテいは、軽く眉を寄せていた。

成程なるほど……… 」


《 そう云う状況ことも、有り得るのね。》


細く長く溜息をいて、表情を曇らせる。

想定していた状況と、あれやこれやが違っている。

しかし、1っだけ 正しかった事が はっきりとした。

ポットに残留していた 後悔に似た思念、あれは ミラベルの葛藤だった と云う事だ。

だが、行動したのは ミラベルにしろ、主犯は 別にいる。


《 厄介だわ、嫉妬と云う感情は。》


3人の男達がはなしていた『買収した女官』の1人が ベロニカなのだろう。

甘言を囁かれ 心をうごかされたのだとしても、赦される事ではない。


《 こんな事をして 手に入るモノなど、ないのに。》


むしろ、ラノイ達に知られたら 生命いのちの保証すらない行為だ。

少し考えれば 判る筈の この事が、彼女の頭の中にはないらしい。

嫉妬-故の盲目、と云った状態なのだろう。

何度目かの溜息を零しながら、再び 四阿あずまやへ視線を向ける。

ベロニカは、ミラベルをおびえさせる勢いで 妃の悪口を言い続けている。

もっとも、音は聴こえない。

四阿あずまやと この場所は、30メートル以上 離れているのだ。

そうであるにもかかわらず、魔法使いリーゼロッテが 向うの会話を認識しているのは、音波を拾っているからだ。

早いはなしが、魔法である。

序でに云うと、この場所にも 魔法はけられている。

四阿あずまやの方向からは 魔法使いリーゼロッテの姿が認識出来ない様、躑躅ツツジの前に 不可視の障壁を施しているのだ。

つまり、逆側からは 彼女の姿は見える状態だ。

池のほとりの芝生にしている銀髪の後ろ姿を見付けたのだろう。

王宮のほうから 2人の女官達がやって来る。

気配で これを知った魔法使いリーゼロッテは、不可視の障壁の範囲を 2人の女官達まで拡げた。

これで、やって来る者達の姿を 四阿あずまやの2人に見られる心配はない。

「お妃様」

彼女のそばへ来たのは 後宮付きの女官、アイシア=ロットナーと シノン=クリーガーの2人だ。

「こんな処に いらしたんですね」

アイシアと シノンは、魔法使いリーゼロッテを挟んで 左右に座った。

執務室を辞したと知って 捜していたのだろう。

「申し訳ございません、お手をわずらわせて」

「そんなっ、いいんですよぅ」

ふにゃ っとした笑みで返したアイシアは、倖せそうに 魔法使いリーゼロッテを見詰める。

「それより、どうしたんですか?」

池のほとり四阿あずまやにいるなら まだしも、妃が こんな芝生に腰を下ろしている事に疑問があったのか。

シノンは、座って尚 長身の背をかがめる様にして、魔法使いリーゼロッテの顔を覗き込んだ。

「隠れておりました」

本音とも 冗談とも付かない口調で言い、魔法使いリーゼロッテは 小さく笑った。

「折角、執務室を出る事を赦して頂けたのですもの」

見付かって連れ戻されては大変、と 暗に示していた。

「ええ?」

「それ、大丈夫なんですか? 隠れたりして」

「そうですよ………って、そうじゃないでしょう? 隠れるも 何も、どうしてです? 折角、陛下が お妃様を招いてくださったのに、どうして 執務室から出てしまわれたんですか?」

シノンは〔獅子王〕から逃げたり隠れたりすれば 後がこわそう、と考えた。

アイシアは、寵愛されているのに 逃げる必要などない、と考えた。

「わたしがいては、ラノイ様は 手を止めてしまわれますから」

この科白せりふで、2人の女官は 納得してしまったらしい。

シノンは、やや顔をあかくしたまま 何かを噛み殺した様な複雑な表情になり、アイシアは うっとりと頬を染めている。

兎も角、妃への〔獅子王〕の寵愛は深い、と云う印象は した様だ。


《 あぁ、つらいぃ。》


ミスリードをしたのは 自身だと云うのに、予想以上の反応に ダメージを受けてもいた。

一体 何を想像しているのか など、おそろしくてたくもなかった。

視なくても、大凡おおよそ 判っているからこそのダメージだ。


《 駄目だわ、耐えられない。》


このまま 空想と妄想の餌食にされる状況は、精神的にこたえたらしい。

魔法使いリーゼロッテは、内心の悶えをこらえて 笑顔をかべる。

そして、しげみの向うを した。

「あの お2人は、どなたでしょう?」

「え?」

2人の視線が 手を辿り、躑躅つつじしげみの向うへ流れた。

それを確認した上で、質問を繰り返した。

「お見掛けしませんが、厨房の方達でしょうか」

「ああ、あの2人ですか」

30メートル以上 離れている四阿あずまやにいる 2っの人影に、シノンが らす。

「1人は そうですね。右側にいる 小柄なは、王族用の厨房の女官です。一緒にいる女性ひとは、初めて見ましたけど」

王宮に上がって10日のシノンは、自分の行動範囲の事を把握するだけで 精一杯だ。

王族専用の厨房は、時折 出入りするだけに 顔馴染みになり易かった様だ。

「もう1人は、ベロニカと云って、今は 衛兵の宿舎の担当になっていますよ」

シノンの知らない女官については、アイシアが答えた。

これに、魔法使いリーゼロッテわずかに眉を寄せた。

「『今は』と云う事は、かつては 別の処に所属なさっていたのですか?」

「はい、お察しの通りです。以前は、陛下の側付きとして」

つまりは、身の周りの世話をし 食事の時には壁際を飾っている あの女官達の1人だったと云う事だ。

「 ーーーーーー……… 」

これを聴いて、魔法使いリーゼロッテは 思案にしずむ。

「そうだったんですか?」

「ええ。でも、半年くらい前に 異動になったんですよ」

アイシアの記憶を辿っての言葉に、シノンが 頬を引きらせた。

「何か 陛下に粗相でも?」

何か 不興を買って飛ばされる、そんな事が起これば 折角の後宮付しょくばきを失う事になる。

魔法使いリーゼロッテそばで仕える事に喜びを見出してきたところだと云うのに、飛ばされるなど 冗談じゃない。

そんな感情が働いたのだ。

後宮付きと云う事は、国王と顔をあわせる事のある役目だ。

凡そ 毎日、ラノイの視界に入ってしまう役目だと云っても良い。

「詳しい事は 判らないけれど、そうとも限りません。それに、珍しい事じゃありませんわ。陛下の側付きは、入れ換りが激しいですから」

「じゃあ、他にも 異動になった人はいるんですね」

「ええ、沢山」

2人の声を 離れた意識ところで聴きながら、心の中で 溜息をいた。

気付いたのは、1っの可能性。

買収された女官の数は判らないが、ベロニカの他にもいる と云う事にあわせて考慮すれば、最も警戒すべき可能性だ。



  『国王付きの女官達に 悪心をいだく者達がいる』



食事の時にしか顔をあわせないが、敵意を向けてきたのは 1人や2人ではない。

当初は、彼女達の誰かが 今日の毒を仕込んだのだろうと考えていたのだ。

実際は、厨房の女官ミラベルが実行役で うらで命じていたベロニカがいた訳だが。

しかし、此処までは 魔法使リーゼロッテいの『想定外』ではなかった。

ポットに近付けない者なら 考えそうな作戦だからだ。

彼女の『想定外』は、買収される可能性を秘めた女官達の『数』だ。


《 困ったわ。想定と 大きく違ってきている。》


数人から10人程度を 想定していたが、こうなると 王に近付けなくなった女官達の数も計算しなければならない。

食事の間に居併いあわせる女官達ならば、今夜の食事の時にでも 会うだろう。

こちらを害する程の悪心を秘めているのならば、視れば 判別出来る。

だが、顔をあわせる機会のない者を捜すとなると、少々 骨を折る。

不可能ではないが、中長期的に増加しそうな相手に対して有効ともおもえない。

すべてを考慮して、魔法使いリーゼロッテは 対策を変更する事にした。


《 材料は、少し足りない………でも、集められないモノでも ない………。》


近付く有らゆる毒を浄化する 強力な魔法具、ラノイと シズの為に、これを用意しようと決心した。

1っは、火山の麓の 泉の水底みなそこに咲く花。

1っは〔人魚の鱗〕とばれる 小さな貝。

1っは〔深海の瞳〕と云うの 青い真珠。

この3種類の触媒が 手許てもとには ないのだ。


《 内海まで 最速で30分、深海に潜って 10………いいえ、20分は かる。》


採集に出掛けると、最短でも 1時間40分は戻れない。

黙って抜け出した場合、問題になる前に戻れる ぎりぎりのラインだ。

ラノイ達にはな口裡くちうらあわせてもらうのが 最善だが、外出-そのものを止められる可能性も高い。

魔法使いリーゼロッテが悩んでいる間にも、アイシアとシノンの会話は続いていた。

「あの2人……… 」

シノンが、四阿あずまやを見遣りながら 言葉を途切れさせた。

これに、アイシアが 小首を傾げる。

「どうしたの?」

「何か『お友達』って感じには 見えなかった気がして」

「あー……… 」

眉を寄せ 困った様な顔をして、アイシアは 改めて四阿あずまやを見た。

「ミラベルさんは 気の弱い人だから、ベロニカさんといたら そう見えるかもしれませんね」

アイシアの この言葉に、魔法使いリーゼロッテは 密かに苦笑いをかべた。

此処で、あの2人の女官の関係を教えても アイシアやシノンに出来る事はない。

知る事で 悶々とするだけだ。

良い事はない。

だが、万が一の時に ミラベルのたすけになってくれるかもしれない。


《 どうしようかしら。》


結局、はなす事で起こる弊害を考慮して、はなさない事を選択した。

しばらくは 受けに回るとし、浅く溜息を零した。

「でも、あの頃は 良くはなしていた様だったから、仲は悪くない とおもうけれど」

「 ーーーーそう、ですか」

アイシアの言葉に納得し切れていない様子だが、シノンは、眉を寄せても 反論は言わない。

自分を挟んで 左右で交わされる会話に、魔法使いリーゼロッテは 反応を返さない。

ぼんやりと、四阿あずまやの2人を眺めながら 肩を落とす。


《 午後の お茶には、何が入れられるのかしら。》


先程の様子では、ベロニカは 素直に引き下がってはくれなさそうだ。

彼女が を通す以上、ミラベルは 振り回される。

そうして『何か』が入れられるのだろう。

他人事の様に思いながら、魔法使いリーゼロッテは ひっそりと溜息を零していた。

当初 登場する筈のなかった女官達ベロニカと ミラベルを盛り込みたくて、予定になかった話を挟んでしまいました。

後々、筋が通らなくなったりしなきゃいいんだが……。

次も、予定になかった話になります。

ーーーーダイジョーブだろうか……。

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