傷薬
彼は「それでもいいよ」と言った。
待ち合わせしていた場所に向かうと、人がたくさんいた。お正月の三が日が通り過ぎて翌日。カレンダー通りだと休日である今日という日は、年明けで紅潮する人々が思い思い目的の場所へ足を運ばせている。人の溢れる街並みが広がっていて、私は身が引き締まった。こんな人ごみの中、彼を探さなくてはいけないのだ。赤茶色の髪に緋色の瞳。身長はあまり高くないから余計探すのが大変だろう。とりあえず彼に着いた、と報告しなくては。
ショルダーバッグから携帯を取り出し、すばやく「着いた」とだけ伝える。携帯をバッグに押し込んで、もう一度目の前に広がる人だかりを見ても、人の数は減っていない。さまざまな人の頭ばかりみえる。待ち合わせ場所はこの下の広場。数段上の階段から探そうにも、小柄な彼なら埋もれてしまっていそうな勢いだ。ああ、なんでこんなに広場に人が。
「まもなく、まもなくゆるキャラの……」
最悪のタイミングだ。それを知っていればここを待ち合わせ場所にしなかったろうに。
後悔しても仕方がない。どうにかして合流しないと。それだけが頭の中を支配していた。覚悟を決めて、5段くらいの階段をひとつずつ下りる。もみくちゃにされていないといいけど、そう思ったときだった。
ぐいっと腕を引かれ、体勢を崩す。わ、と小さな声をあげて、後ろを振り向くと、
「あぶないあぶない。間に合ってよかった」
赤茶色の髪に緋色の瞳。身長は私より少し高いくらいの小柄な……
「皆野、」
彼は、皆野はわたしの顔を見て、心底ほっとした顔をする。どきっとした。
「やっほ」
にこっと微笑む彼のそんな顔がわたしはたまらなく好きで、きゅーっと胸が痛んだ。彼が抱く愛しさが体中から伝わり染みてくる。溢れるわたしへの愛おしさを愛しく思う。大切に、大切に思う。だから、同じような愛情を返せているかと思うと不安だ。
「すごい人ね」
「うん、イベントやるんだって。参加する?」
「え、ううん。いいよ」
「そっか」
一言ですんなりと彼はひいた。あっさりしているので疑問に思う。
「皆野は? いいの?」
「俺は瑠華と一緒がいい」
さらっと風がすりぬけるように、当たり前のように口にする。そして右頬にえくぼをつくって屈託のない笑顔を私に向ける。そんな彼を見るのがとても幸せでとてもつらい。
うまく彼を愛せないわたしには毒なのだ。彼の愛情はわたしの胸に深く刻まれた傷口に染みる。ひりひりして、赤くなって、でもそんな痛みが今では気持ちよくて、わたしに尽くしてくれる彼の優しさに手を伸ばしてしまう。
「……そう。行こうか」
「うん」
無邪気に笑って手を繋ぐ。繋いだ手は冬なのにとてもあたたかくて涙が出そうになった。
「ちょっと長く待ってたから、俺の手つめたいでしょ?」
「ううん、皆野の手はあったかいよ」
彼の優しさにわたしの心は解けていく。かじかんだ手も、擦れて赤く腫れた胸の傷も一緒に癒えていく。昔の男に傷つけられた胸の傷。わたしの傷跡はうまくできていて、傷ついたり治りかけたり変化するのだ。いや、もしかしたらわたしの傷跡ではなく、彼の愛情がケースバイケースで効果を変えているのかも。治ったと思ったら傷つけて、それが傷に染みて痛いと思った後にはじんわり優しく癒えていったり。痛いのか痛くないのか。優しいのか優しくないのか。
もしそうなのだとしたら、彼は、学校で一匹狼と恐れられるわたしなんかよりもっと怖い存在なのかもしれない。