その2
2
繁雄が護人を見つけられたのは、奇跡的な偶然だった。
護人にやられ、腫上がって疼く鼻をマスクで覆っていた。どうやら応急手当はしている様だ。
繁雄はあの後、意識を取り戻した谷田と負傷した岡部と共に警察が来る前になんとかその場から離れ、谷田と岡部を馴染みの店に預け、一人で護人を探していたのだった。その時はまだ、谷田と岡部は、多少ぐったりしていた。
「ちょっと休めば大丈夫だ。あのガキが見つかったら直ぐに連絡をよこせよ」
繁雄は谷田にそう言われて、護人を探していたのだ。
「もしもし谷田の兄貴、野郎を見つけました。”ピンキーガール”がある通りの裏にある空き地です」
繁雄は、携帯を取り出し、木の陰に隠れているのを護人に気づかれない様に小声で谷田に今居る場所を伝えた。
「わかった。すぐに行くぜ。蘇我さんにも連絡してある。岡部も大丈夫だ。合流して3人で行くから、クソガキを逃がすなよ!」
谷田の苛立った声を聞いた繁雄は、そのまま木の陰に隠れていた。
なぜ、繁雄が隠れているのかと言うと、当然独りでは、護人に適わない事もあったのだが、護人を見つけた時に、なにか普通ではない雰囲気の中、護人は誰か分からないが、別の人間と対峙していた。その別の人間は空き地の奥にいて照明が届かず、暗がりでどんな人物か繁雄には分からなかったが、僅かに照明が当たっている護人の背中を見た時に異様な緊張感に襲われ、繁雄は憶わず隠れてしまったのである。
繁雄は自分が危険を回避する能力に長けていると思っていた。今までもそうやって、隠れて逃げて生きてきたのである。危険が過ぎればひょっこり現れ、何事もなかったかの様に振る舞う、それが繁雄と言う人間だった。
表通りと違い、あまり街灯もなく人通りもない裏道沿いにある空き地。風俗店の客がその店のカワイコちゃんと夜の散歩を楽しむ為にある様な場所だった。
その空き地で暗がりの中、護人はある”者”と対峙していた。
「あんた、誰? これから楽しもうって時に邪魔しないでくれる。覗きなら他でやってくんない」
どうやら護人が対峙する者は、女の様だ。
「おまえ人間じゃないよな」
護人は少し離れた暗がりに立つ女に言った。
「おまえのエイリアン細胞にトラッカーが反応してんだよ」
護人は右手首にある、ちょっと大きめのブレスレット型の装置に目をやった。それは「グィン、グィン、グィン・・・」と小さな電子音を発していた。
「奥にいる男はもう死んでいるのか?」
暗がりでよく見えないが、護人が言う様に女の後ろには”餌食”になった男が草むらにしゃがみ込んでいた。ズボンとトランクスが膝のあたりまで脱げている。その”餌食”になってしまった男にとっては、本当のお楽しみの最中だったのであろう。
「おま・・え・・・まさか、”イレイザー”か」
女の声であったそれが急にひしゃがれた声に変わった。
「あぁ、そうだ。頑張って脱走してきたのに残念だったな。あいにく”おまえ等”の細胞にはトラッカーに反応する”マーカー”が付けられている。最初に捕まった時に処置されたろ、アレだよ」
「こんな辺境な惑星まで追って来るとは、暇な奴だ」
女?が答える。
「あぁ、惑星連合に属していないこの地球は本来なら管轄外だが、おまえ等が逃げ込んだとなれば話は別だ。発展途上の人類がおまえ等の餌食になるのは、放っとけなくてな」
護人は、対峙する女?に更に言った。
「他の二人の脱獄犯もこの日本に居るのは解っているぜ。脱獄犯は問答無用で抹殺する事になってんだ、悪いな」
「フン!やれるものならやってみな。どうせ、惑星連合の規則に則って武装武器は持ち込めないんだろ!しかも人間に化けた姿でどれ程の力を発揮出来るのか、見物だな!」
「よく知ってるな!だが、おまえ等も人間の姿のままなら能力を制限されるんだろ」
護人から数メートル右後方の木の陰に隠れて様子を伺っていた繁雄は、僅かに聞こえる護人と女?の会話の意味が解らなかった。もちろん、離れている為に良くは聞こえなかったが、聞こえた部分の内容をどう組み立てても話の内容が解らなかった。
その時、繁雄が隠れている事に気付く筈もなく、空き地の中に蘇我が身体を揺すりながら入って来た。その後には、ちょっと怠そうな谷田と岡部も居た。恥をかかされたのだ、休んでいる訳にもいかないのだろう。
繁雄の姿が見えないと蘇我達は思ったが護人を見つけた状況の方が繁雄を探す事より優先された。その繁雄は何故か、出るタイミングを逃し、まだ木の陰に居た。なにか異質な殺気を感じ、動けなかったのである。そして、そのまま様子を伺った。
「見つけたぜ、このクソガキ!蘇我さん、こいつです」
岡部が言うと、谷田が、
「さっきは、ガキだと思って油断したが今度は、そうはいかんぞ!」
谷田がドスの効いた声で言った。
「おい、こんなガキにやられたのか?」
蘇我が若者の後方から近づく。谷田と岡部は、蘇我を追い抜き護人の左右に回り込んだ。やる気満々だ。蘇我がいる安心感があるのだろう。
「今、此処に近づくんじゃねぇ!」
3人の男達に気づいた護人は、女?の方を見たまま大声を上げた。
護人の視線に目をやった谷田は、暗闇に中に女?が立っているのが見えた。
「このクソガキ、女といちゃついてやがったのかよ」
谷田は、暗闇に中に立つ女?の元に近づいて行った。
蘇我が護人の後方から、
「おい、このクソガキ!こっち向けよ」
蘇我は護人の右肩を鷲掴みにし無理矢理振り向かせた。
「なに!」
急に肩を掴まれた護人は、油断したのかその思いがけない馬鹿力に逆らう事が出来なかった。実際、蘇我の握力は人間離れしたものだった。襟元を蘇我に吊り上げられ一瞬身動きが出来なくなってしまった。
(なんだこの馬鹿力は!こんな人間がいるのか。いくらこの姿でもこの俺が動けないとは)護人は焦った。
女?に近づいた谷田の距離からは、暗闇に浮かぶ女?の顔が色白ですこぶる美人に見えた。
「おい、やめろ!」
蘇我に捕まったままの護人が女?に近づいた谷田に言ったと同時に、谷田は女?の身体に触った。丁度、谷田の手は女?の胸を触った。よく見ると、ボタンが外された薄いブラウスの中からブラも外れているのか、胸が露出してる。その胸の弾力を直接感じた時、その一瞬の感覚を残して谷田の右手は肘の辺りから先が血飛沫と共に吹き飛んでいた。
谷田は自分の血飛沫を見ながら「えっ!」と声を上げた。しかし、それ以上声を出す事は出来なかった。次の瞬間、その頭は身体から引きちぎられ、少し離れた所にいた岡部の足下まで転がった。
それを見た蘇我は、護人をそのまま投げ飛ばし女?の方を見た。
「早くおまえらは、逃げろ!」
蘇我に投げ飛ばされた護人は、そう叫びながら見事に空中で1回転し着地した。
「ふざけんじゃねえ!谷田に何をしやがった!」
蘇我は、そう言いながら女?の方を向き、どなったが、岡部は、『うわぁー!」と声を上げ、護人の方へ逃げて来た。
蘇我は、いつの間にか上着の内ポケットから拳銃を取り出していた。質のあまり良くないロシア製のトカアレフだったが、至近距離なら問題ない・・・相手が人間ならば・・・。
護人は「チッ!」と舌打ちをすると逃げて来た岡部に更に逃げろと目で合図を送った。
暗がりの中からゆっくりその女?がこちらに向かって歩いて来た。
薄笑いを浮かべたその女?は、ショートヘアで見ようによっては、高校生位の年齢にも思えた。
「てめぇ、何もんだよ!」
女?を観た蘇我は、なにか女?に違和感を感じた。そう、身体のバランスが変なのだ。両腕がその身体には”長過ぎる”のである。両手の指の先は、地面に触れる位の長さになっていた。が、その腕が蘇我の見ている前で”スゥーッ”と普通の人間の腕の長さに戻っていった。
「おい、おっさんもそこから逃げろ。死ぬぞ」
護人の言葉に、
「クソガキ!この女はなんなんだよ!」
蘇我は、近寄って来る女?に銃口を向けながら、護人に言った。
「おまえ、化け物か」
そう呟いた蘇我は、いままで数々の修羅場をくぐり抜けて来た。蟹田が現れなければ、自分が"神竜会”を継いだに違いないと思っていた。蟹田にはそれ故、恨みを持っていた。腕力では蟹田に勝るが、巨漢故、スピードでは蟹田に劣ると考えていた蘇我は、”なにか”の時の為に拳銃をいつも隠し持っていたのだ。
「なんだい、オマエ達は普通の人間みたいだねぇ」
女?が蘇我にそう言ったと同時に、蘇我はトカレフの引き金を引いた。拳銃の音が一発、二発、三発と続けて鳴った。
この距離ならば、女?の身体は、肉片の塊の幾つかを飛び散らせ、真赤な血を噴き出しその場に崩れ落ちる筈だった。護人の後ろからその状況を見ていた岡部もそう思った。それは、当然だ。あの距離で3発も銃で撃たれて死なない人間なんている筈はないのだから。
岡部は、「蘇我さん!」と言って護人の静止を無視して蘇我の元に駆け寄った。
蘇我は、銃を撃ったそのままの姿勢で女?を見ていた。そして、岡部も女?を見た。女?は、その場に”普通”に立っていた。