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Dogmacula  作者: 芦静一
Part 1
8/26

喧騒 lunchtime punishment

 日はまだ、東に傾いている。

 藍は黒い瞳で辺りを見渡した。今いるのは、少し前男の足を撃ち抜いた小さな街である。一階部分は商店、二・三階部分を住居にした、同じような外見の建物がレンガ作りの大路沿いに並んでいる。都市から離れているため人はやや少ないが、それが心地よい落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 とても、暴力で正義を執り行う富豪族の訪れるような場所ではない。が、神矢圭はこの街を目指して、今も防弾加工の車を走らせているらしい。

(やはりそろそろなのだろうか......)

 藍は表情を崩さずに、ある可能性について考える。

(そろそろ、『Dogmacula』を潰しにくるのだろうか......)

 目の前で子供達が野良猫を追いかけ回している。野良猫の千切れた足から流れる鮮血を眺めて、幼い顔達が輝く。それは、酷く残酷でありながら、微笑ましい光景だった。

 神矢一族による、最後の『Dogmacula』への襲来は二年半前の事だった。スーパーマーケット内は華銃によって肉片となった子供達で、Xmasパーティのように、紅く紅く修飾された。慣れたと言えば慣れたのだが、やはり、気持ちの良い光景ではなかった。そこから今に至るまで、つまり、今の廃墟に拠点を移してから、神矢一族は藍達に対し何のアクションも起こしていない。

 なので、今回のこの街への訪問は、『Dogmacula』襲来の偵察である可能性が高い。と、藍は推測している。

 (それにしても、静かな街だな......)

 胸に木の棒を刺された猫の断末魔を聴き流しながら、藍はレンガの上を歩いた。その姿は十四歳の少女ではなく、成人した女性へと変わっていた。勿論顔立ちも背丈も変わっていない。が、服装と雰囲気だけで、藍は確実に別人へと変わっている。

 藍を今まで生かしてきたもの、それは、演技だ。

 約十年前、酒場から解放される事は同時に、養ってくれる人を失う事でもあった。藍は何度も危機を迎え、その度に人を欺いて切り抜けて生き延びてきた。元々才能が宿っていたのか、それとも文字通り命をかけてきたからなのか、藍の演技は上達を繰り返し、今では近隣の地域で警告が出るほどになっていた。その結果、神矢圭がこの街に来るかどうか、監視カメラの変わりをさせられているのだが。

 不思議な事に演技をしている間、藍の瞳は元々の鈍い青から黒へと変色する。本人は何かの麻薬の副作用が抜け切ってないのだと思っているが、本当はどうなのかは知らない。瞳が青いままではすぐに正体がばれてしまうので、有難いのだが。

 街について二時間ほど経っただろうか、日が大空の真ん中まで登ってきた頃の事だ。

 歩くのにも良い加減に飽きて、ベンチにちょっと腰掛けていると、背後の裏路地から声が漏れてきた。

 「いや......あの、ちょっと......」

 藍は黒い目をゆっくりと開いた。白い光が目にささって、少しだけ脳天を焼く。

 「やめて.....!」

 「あ?そう言われると、ますますやめるわけにはいかねぇな。ははっ、大丈夫、すぐに気持ち良くしてやっからよ」

 (いやいや、お前らが仮に気持ち良くなったとしても、私が不快。昨日の奴と言い、こんな静かな街で、どうやったらこんな輩が育つんだか)

 藍は立ち上がる訳でもなく、ただ目の前の住居の、白い壁を眺めた。

 「おいおい嬢ちゃん、今朝俺のダチを襲っておいて、そりゃあねぇだろ」

 「だから違いますよ!私はその時間家に......!」

 「うるせぇ!その青い瞳が動かぬ証拠だ!」

 何と無く状況を理解して、藍は頭を抱えた。情けなくて笑いが出てくる。

 (どうしようか。いつもなら助けても良い......というか、助けて無理矢理入団させるんだけど、今、特別作戦中だし......)

 そう考えたものの。

 「だ、だめ......!」

 「ぎゃははっ!良い体してんじゃねぇか!愉しませろよ?」

 「待って、誰か......誰かぁ!」

 (あぁもう!行けばいいんだろ、行けば!)

 余りにも少女の声が余りにも真っ直ぐ藍の良心に突き刺さるので、藍は仕方なく腰を上げた。身体が怠いが、気にしない。すぐに終わらせるので、作戦に支障はでないことにする。

 裏路地に入ると、まず男の背中が見えた。黒いTシャツが汗で太った身体に張り付いている。その奥に見える華奢な体は......

 (私、そんなに小さくは無いなぁ)

 明らかに弥撒や聖よりも小さい、幼女だった。なんかもう、見てるだけで嫌な汗が止まらない光景だったが、勿論顔には出さない。

 「はいはい、止まりなさい」

 明るい声でそう告げると、男は首を回して藍の方を振り向く、

 その左肩を鉛の合金の弾が貫通した。

 「ぎ、いやぁぁぁっっっ!」

 男の絶叫で人が集まると、間違いなく特別作戦どころではなくなるので、藍はとりあえず逃げる事にした。軽く白煙を立てる銃身の、鉄片を貼り付けた弾倉部分で男の頭を殴りつける。男は二ヶ所から血飛沫を散らし、回転しながら地面に倒れた。その様は、少しだけ面白い。左肩を踵で踏みつけると、男は泡を吹いて、白眼を剥いたまま失禁した。

 「さ、行こうか」

 派手に男の血を浴びて、呆然となった少女を抱えるようにして、藍は裏路地の奥の方へと走って行った。


 なんとか事故現場から離れた藍は、自分の手を握る少女の顔を覗き込んだ。 「大丈夫?」

 まだ演技を解いていないので、比較的明るい声で語りかけると、少女は藍の瞳を真っ直ぐと見つめた。

 「あ、あの、ありがとうございます......」

 中々に大人びた声だ。外見とのギャップに少し驚いた。

 「多分、もうあのクソな輩は襲ってこないだろうけど、念のため気をつけて歩きなさいね」

 少女の青い瞳が自分の顔を写しているのが見えた。その目は透き通っていて、鈍く光る藍色の自分の目とは似つかなかった。

 「わかりました......私、怖かったです。あのでっかい人が腕をがっちり掴んで、唾を吐きながら耳元で囁かれて......でも、神様に一生懸命、助けてってお願いしたら、そしたらお姉ちゃんが来てくれて......私......」

 目の前で震えだす小さな身体を、藍はそっと抱き締めた。少女の身体の熱が、藍の心の何処かをくすぐった。


 しばらくして、少女は藍の身体をそっと押しのけた。

 「?」

 その肩はさっきよりも大きく、細かく震え出した。顔がこわばり、歯がかちかちと音を立てる。その様はまるで、さっき殺された野良猫のようで......

 次の瞬間、下半身を引き千切られるような痛みが奔った。

 視界がグラリと揺れ、身体が地面に叩きつけられる。痛い。ミキサーの様な音に混じって、水を含んだ何かが地面に落下し破裂する音、かん高い悲鳴、そして、笑い声が聞こえた。痛い。自分の内臓の内側が、空気に晒されている様な、理解し難い気持ち悪さを感じる。痛い。目の前は赤い、痛い。痛い.......

 視界が再び動く。おかしな事に、下半身の感覚が無いにもかかわらず、藍は立ち上がったようだ。いや、違う。

 この、私の喉笛を掴む腕は誰の物だ?

 この、目の前で笑う顔は誰だ?


 藍の口から、言葉に成らない喘ぎと、血の混じった呼吸が零れる。その男は藍の首を右手で掴み、その華奢な身体を空中に浮かせている。もう一人の少女は、顔をぐちゃぐちゃに破壊され、地面に転がっていた。眼窩から零れた血のついた眼球の、青い瞳が二人の影を写した。

 その男が右手に力を込めると、呼吸が止まった藍の身体は激しく悶えた。腹部から内臓が覗いているにもかかわらず、細い足は空中で震えた。見開かれる瞳は藍色に戻っていた。

 その姿が、その男には可愛らしくて堪らなかった。

 「......っと、こいつは大事な弟君に譲るんだったな。あぶないあぶない」

 その男が右手を開くと、藍の身体は重力でレンガの上に落下した。その瞳は見開かれたままだったが、ピューピューと音を漏らして呼吸しているのを見る限り、大丈夫だろう。痙攣する脚が、再び機能するかは別問題だが。

 「さて、そろそろいくかな。久しぶりのゴミ掃除に」

 その男、神矢圭は鷹の紋章が刻まれた上着を翻し、少女達に背を向けた。

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