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Dogmacula  作者: 芦静一
Part 2
19/26

#2

おまけ・和訳


9 Pain or suffer:痛みか苦しむか

10 To the night:夜へ

11 Back to:戻れ、…へと

12 Awake & Shake:目覚めていて、そしてかき乱して

13 Freezing Moment:凍える一瞬

14 a deadline:死線

15 Whispering Rain:囁く雨

16 On the marble:球体上

17 Oh My Strange World:ああ、我の奇妙な世界よ!


いつにも増してひどいな。

 「青い目の女の子がいたよ? 僕と同じくらいの大きさの」

 少年が一時間ほど前に放ったその言葉で、宮殿内は騒然となった。使用人やら会社の社員やらが慌ただしく広い敷地を駆けまわる中、その騒動の発端である少年は階段の途中に座り込んで溜息をついた。

 「何やってんだ? そんな所で。階段なんかに座ってたら親父に怒られるぞ」

 顔を上げると、いつの間にか目の前にいた兄が自分の顔を見下ろしていた。

 「冒険の後の幸せな気分を台無しにされたから、へこんでるだけ」

 「子供かよ」

 兄は呆れたように肩をすくめ、少年の横に同じように腰を下ろした。さっきの自分への注意は何だったのだろう。

 「だって、初めて膿を取り除いたのに、父さんも母さんも僕の話を全く聞いてくれないんだもん。折角頑張ったのに」

 「そりゃあそうさ」

 「なんでだよ」

 からかうような調子で、兄は答える。

 「お前はとんでもないものを見つけてきちまったからな。宇宙人やゾンビの方がまだましの、この世に存在してはいけないものをな」

 それはどういうことだよ、と言おうとしたところで、廊下の奥から馬鹿みたいに通る声が飛んできた。

 「そんな所に座ってはいけないと、何度申し上げれば気が済むのですか! 貴方達は、この神矢財閥の跡継ぎなのですよ!」

 やべ、と兄の声が聞こえた時には既に、その姿は上の階へと消えていた。逃げ遅れた少年だけが年老いたメイドに腕を掴まれる。老婆と言っても過言ではないメイドは兄の姿がすっかり消えたことをしっかりと確かめ、そして少年の腕を千切れそうなほど強く引っ張り、物置部屋の一つへと連れ込んだ。

 「それにお前、あれほど三人の兄と接するなと言ったのに、何話してんだ!」

 声が終わるか終らないかの所で、視界が反転した。身体の平衡感覚が崩れ、頬に鋭い痛みが走る。

 はたかれた頬を押さえる少年を立ったまま見下ろし、老婆は再び説教とも言えない罵詈雑言を続けた。

 お前は本当の子じゃないんだ

 お前はあの薄汚い鼠の子供なんだ

 お前はこの家にこびり付くゴミだ

 お前は・・・

 (聞き飽きたよ、飽き飽きだ! 僕だって本当のお母さんのいない世界になんて生まれたくなかった!)

 唇を噛み、頭を揺らす怒号と暴力に耐え続ける。

 (僕だって正真正銘、父さんの子供なのに、なのにどうしてこんなに差別されるんだ!)


 少年は神矢財閥の会長、神矢一族の実質的長を務める神矢央と、一人の奴隷の間に生まれた子供だ。

 その時はまだ存命していた神矢三兄弟の親である正妻は、これを知ると親子諸共この世から消し去ろうと言い張った。が、神矢央は興味を失った正妻の言葉など聞き入れず、その子供を世間に公表しないまま隠し子として育てると決めてしまった。そのショックが原因か、正妻は途端に体調を崩して寝たきりになり、とある病院へ追い出され一年後そこで死んでしまった。

 結局空いた正妻の座にその奴隷の娘が迎えられ、今に至っている。神矢央の寵愛を受けている少年と新しい妻を、表立って批判するものはいなかったが、流石に裏までとはいかなかった。もしかしたら自分がその地位に立っていたかもしれない。そんな淡い妄想からくる歪んだ嫉妬から、一族の抱える奴隷たちは親子をこう呼ぶようになった。

 『沼から湧いた溝鼠(ドブネズミ)の親子』と。


 少年は掃除用のモップに埋もれるような格好になって、ただただ息をした。老婆の出ていった後の物置部屋は、ヒヤリと涼しかった。

 そうだ自分はゴミでしかないんだ。偶々綺麗なところに漂っている、薄汚い埃なのだ。

 卑下してみるが、少年の心の中で蠢く自尊心は何一つ変わらず燃え続けた。そんなはずない。あったとしても、なぜそれを認めてやろうか。

 と、その時小部屋の扉から音がした。心の中の小さな犯行を見透かされたような気がして一瞬身構えるが、一向に扉が開かれる気配はない。

 「んで、そん時あの女がさー」

 若い男の声が外から漏れてくる。言葉遣いを見ると、育ちの悪い奴隷たちのようだ。酷く下品な話題で醜く笑いあっている。

 「そういえば、聞いた? 鼠の子供の方が、酒屋の中で例の怪物を見つけたって」

 その言葉に息がとまる。剥き出しの悪口への衝撃と、怪物という言葉への好奇心の両方で。

 「ああ。それで忙しいんだろうが」

 「ホント、ビックリだわ。もうとっくにどっかで野垂れ死にしてるもんだと思ってたからな」

 「なんか・・・似た者同士が出会ったって感じだよな」

 「は?」

 少年は扉に近づき、音を立てないよう注意しながら二人の労働者の話に耳を澄ませた。

 「鼠の子は大社長が生んだ秘密の子供で、青い瞳の化け物は前の奥さんが死ぬ直前に生んだ禁忌の子・・・互いにあってはいけない存在で・・・可哀想だ、なんてな」

 少年の頭の中で、その言葉がいつまでも処理されずに回り続けた。

 「おいおい、善人ぶってんじゃねえよ。それよりさあ。あの怪物、酒場で薬漬けにされて、見世物のサンドバックにされてたらしいぜ。俺も見たかったなあ。女の子をボコッて飲む酒は、さぞかし絶品だろうなあ」

 そう言い残して、二人の奴隷は扉の前を去って行った。再びの静寂に、少年はある言葉を思い浮かべた。


 『お前はとんでもないものを見つけてきちまったからな。宇宙人やゾンビの方がまだましの、この世に存在してはいけないものをな』


 きっと彼女も僕も、この家にとってはそういう物なのだろう。そして、僕はこの家の中に居座り、少女は酒屋に落とされた。

 何一つ、変わらない。皆から蔑みと恨みの目で見られ、人権などとは無縁の世界に一人きりにされている。

 僕は与えられた。そして与えられてない彼女を知った。それなら・・・

 「俺は・・・」

 扉を開いた。眩く、それでもいつもより淀んだ光が少年を包んだ。


 俺は彼女を助けよう。


ここまで読んで下さった皆さん。

俺は貴方達に生かされています。は、過言か。

本当に、心からありがとうございます。

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