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Dogmacula  作者: 芦静一
Part 2
18/26

晦冥 Oh My Strange World

 空気の弾丸が、死を携えて走る。照明の落ちた『Dogmacula』の厨房内でただ一人粛清を続ける神矢英は、一度引き金から指を離して肺の奥から息を漏らした。相手が丸腰の少女であるとは言え殺しは殺し。とても軽い気持ちで出来るものではない。

 「おい、悪あがきはよせ!運命を受け入れろ!」

 自分の声が厨房中に十分行き届いたことを確かめ、再び銃を構える。

 僅かな光によって浮かび上がる、銀の調理台。その影のどこかに、青い瞳の少女は潜んでいる。視界はこの暗さでは頼りにならない。が、この銃がある。

 武器業界の世界最先端を進む神矢一族の、最新の試作品。まだ公表されていないとはいえ、神矢一族の跡取り当人に与えられる長銃である。当に現存する他の比ではない。

 特徴は二つ。華銃と同様に、空気を弾丸として打ち出すこと、そして銃声を発しないことである。運命の導きか、今この状況におあつらえ向けの代物だ。

 圧倒的な力を持つ自分と、運命のまま自分に殺されていく少女・・・ 神矢英は息を短く吐き、引き金を引いた。強めの反動と共にステンレスの調理台が裂き千切れる音が鼓膜を揺らす。が、いつまで経ってもその中に少女の柔らかい肉が引き千切れる湿った音は聞こえない。一度引き金を離すと、微かに厨房の奥で足音が聞こえた。『Dogmacula』に忍ばせていた内通者によると、その方向には貯蔵庫があるだけだ。この厨房から抜け出すためには、入って来た入口を通る他に方法はない。そして今、神矢英は入口から数歩のところに立っている。

 神矢英は引き金に触れていない方の手でそっと、小さく十字を切った。

 (これは本当に・・・粛清と言えるのだろうか。確かにあの青目は、悪魔の子だ。幾度も罪を重ねたとかそんな理由はどうでもいい、俺は少女を正義のためにどうしても殺さなければならない。わかっている)

 カーテンも閉め切られたまま、多くの少年少女が無残に殺された跡を残す厨房の空気。淀んだその空気の中、神矢英は変に熱を持つ頭で考える。

 (だが、その正義とは一体どれほどのものなのだろう?幼い時から自分は不自由なく過ごしてきた。神から何かを与えられていることを、確かに実感していた)

 少女の足音は聞こえない。

 (神から権利を与えられた俺には、それを使って正義を果たす責任がある。物心ついた時には既に知っていて、そして今までそれを命懸けで果たそうとしてきた。それは確かだ。確かなのだ。)

 だが、と頭の中で呟く。一体全体その正義とやらは誰が定めたのだろう?そんな得体の知れないもののために、俺は命を投げ打って、人を殺して?

 本当に神に逆らっているのは、俺の方ではないのか?

 不意に窓を塞ぐ暗幕から、稲光が溢れだす。遅れて雷鳴がすべてを吹き飛ばすように轟いた。

 冷汗が首筋を滑り落ちるのを感じ、生唾を飲む。神矢圭は慌てて銃を握りなおした。

 どうかしている。戦場、それも敵の自陣で自分を見失うなんて。人の命など儚いと、誰よりも身に染みてわかっていたはずなのに。

 深呼吸し、耳を澄ます。静寂の中、足音が鳴っているような錯覚に襲われるが、なんとか振り払う。

 死ぬぞ。いくら優勢に立っても、息の根を止めるまで油断するな。

 青い瞳の化け物相手なら、尚更のことだ。


 空気が纏わりつき、自分が弾丸を放っている事すら忘れそうになるほど感覚が麻痺してきたころ、そんな平穏を引き裂くような悲鳴が鳴り響いた。

 「・・・・!」

 身体の強張りが解けた神矢圭は、口の端を歪ませて笑った。捉えた。どこからか血の匂いが漂い、本能をくすぐる。湧き出る野蛮な感動に思わず叫びだしそうになるのを必死に堪えて、耳を澄ませる。暗い厨房の奥の方で、何かが引きずられるような微かな音が耳を掠めた。どうやら即死は避けたらしいが、まともに歩けなくなる程度の傷は負ってくれたらしい。

 そうっと、ステンレスの欠片を踏まないよう気を付けながら、音のした方へと進んでいく。出来るだけ少女を苦しまずに神の元へ送る。神矢圭なりの最後の救済だ。次第に、消化器がむかむかする感覚が濃くなっていく。一歩、また一歩と、淡々と少女の方へ歩いていく。

 そして、その尻尾を捉えた。地面に吐き気を催すほど鮮明に、血の赤い線が引かれていた。僅かな光に反射して輝くその鮮血は、青い瞳の少女から流れ出たそれに違いない。

 線は厨房の更に奥へと続き、開けっ放しになったドアを跨いで部屋の中へと伸びていた。少女の姿は見えないが、間違いなくあの壁の向こうにいる。

 遂に追い詰めた。そう実感した時、銀の塗装が施された内開きの扉がゆっくりと閉ざされた。最後の足掻きのつもりなのだろうか。そこに籠っても、誰も助けに来ないことを知っていながら。いつかは自分に見つかることを十分理解していながら。それでも一瞬の生にしがみ付くというのか。

 不意にさっき振り払った思考が蘇った。俺は本当に正義を語れるほど立派なことをしているのか?ただ、自分の欲求を満たすために、少女の命を弄んでいるに過ぎないのではないか?

 「だ、黙れ!」

 思わず閉め切られた扉に向かって引き金を引いていた。そうだ、これが間違っているはずがない!生まれてから一度も非難の目を向けられた事など無いじゃないか!何時だって両親も兄弟も俺の事を・・・・

 大股で血の道の上を歩き、塗装がボロボロになった金属の扉を拳で叩く。

 「最後の言葉を聞いてやる。なにかあるか?」

 少し間が空いて、曇った細い声が扉越しに聴こえる。

 「一つ、聞く」

 「良いだろう。何だ」

 急かすような神矢圭の乱暴な声とは対照的な

 

 「なんで・・・・神は私を、棄てたの」


 壊れかけのような震える声が神矢圭に問いかけた瞬間

 頭の中、意識の中の全てが爆発する感覚が身を貫いた。

 冒涜だ。

 理論では説明できない、だが確かに俺の信じてきた全てに対する冒涜だ。

 理性など効くはずもなく、半ば弾き飛ばすように扉をこじ開け、眼の前にあった肌色の物体に向かって弾丸をぶち込む。纏った布ごと肉が削ぎ落とされ、血飛沫を上げる。

 「なぜだ?決まってんだろ!お前が要らない、いや、いちゃいけねぇ存在だからだよ!痛いか?だろうな!今まで世界を穢してきた罰をしっかりと受けろ!この悪魔が!」

 いつまでもいつまでも引き金を引き続けると、肉の塊になったそれは地面に転りながら更に中身を撒き散らした。白い球体が臓器の破片で赤紫になった床に転がり、剥き出しの瞳孔が神矢圭の網膜に焼き付く。

 それが、少女の青い瞳ではないと気がついたその瞬間

 白銀の弾丸が神矢圭の脳味噌を貫いた。

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