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Dogmacula  作者: 芦静一
Part 2
16/26

雨音 Whispering rain

 木漏れした雨が、旋毛に落ちてきた。激しくもなく、ただしとしと降る雨は、森の木の葉に遮られすっかり音だけの存在となっていた。頭頂部の皮膚に染みるような冷たさに、改めて雨の存在を感じる。

 森の中に逃げ込むまでの間に既に身体はずぶ濡れになり、冷えきった足下の感覚はどこか遠くの方に飛んでしまっているのだが。

 藍は当てもなく森道を歩く。曇天と木の葉のカーテンの上、すっかり陽も斜めになったせいで、目の前はかなり暗い。

 疲労感と衰弱に霞む意識の中、湿った雑草の上を歩きつつただただ前に進んでいると、まるで自分が死に場所を探しているような錯覚に陥りそうになる。深い樹海を奥に奥に歩く。誰ももう藍に話しかけることもない。孤独と静寂だけが藍に語りかけてくる。死への旅路は、遠く寂しい。

 そんな暗い思考を巡らせていると、不意に額の辺りに漏れ日を感じた。どうやら、木々の間を抜けるらしい。

 (・・・・・・ここは)

 開けた視界の先には、見慣れた白銀の鉄筋の壁がそびえていた。ボロボロになった外壁から、得体の知れない違和感が滲み出ている。

 もう誰も生きていない、『Dogmacula』本部に、辿り着いてしまった。

 (・・・・・・イヤになるな)

 藍の姿を捉えたらしい烏が屋上から飛び立っていく。ここから見た様子から判断すると、神矢一族の奴隷達は既に撤退したらしい。いくら人としての威厳を奪われたとしても、やはり人の断末魔で覆われた廃墟には、進んで近寄りたくはないのだろう。本部が潰れて一週間ほど。まあ妥当と言えば妥当な頃合いかもしれない。

 (結局、ここに戻ってくるのか、私は。いろいろな物を手に入れて、少しは進めていたと思っていたけど、所詮思い過ごしだった)

 零乃は自分も藍と一緒だと言ったが、やはり藍にはそうは思えない。前に進むこともなく、誰かの背中を押すわけでもなく、怯えたままうずくまって死が近づくのを待っている。何時だってそうだった。死ぬのが怖いくせに、何処かでそれを求めてもいた。前を見ても後ろを見ても苦しいのに、そこから抜け出そうともしなかった。

 (もう、ここで死んでしまおうか)

 本当に無意識に、死ぬ場所を探していたのかもしれない。藍はそう感じてしまった。ここには『Dogmacula』のみんなが残っている。静かに死ねそうだ。

 (本当に、進めないんだな、私は)

 立ち止まっていた足を前に踏み出す。雨が降りかかってきた。冷たい、とうっすら感じた。身体と精神が上手く繋がらないようである。おぼつかない足取りで入り口に向かうと、短い芝生が季節はずれに香った。

 (一人では、もう・・・・)

 開けっ放しになった扉の近くに立つと、中から異様な威圧感と腐敗臭、そして目障りな蠅達が鬱陶しく飛んできた。手でいくら払ってもそれらは消えそうになかった。

 館内に入ってまず、床に幾つもこびり付く赤黒い物体が目に付いた。水たまりの用に広がるその表面は、まるで干からびた地面のように無機質にひび割れていた。藍がそれが仲間たちの慣れの果てだと認識するのには、少し時間がかかった。

 ロビー内は、言葉にするのも躊躇われるほど、寧ろ笑いがこみ上げてきそうなくらい悲惨な状況だった。白いはずの壁が、もともと人間だった肉片の赤や紫で埋め尽くされ、奇妙な紋様を描いていた。藍は蠅のたかる物体を眺め、人間もこんな風な塊にできるのか、と半ば関心していた。無論、頭の中で激情が爆発しないように、冷静を装って。

 蠅の中を突っ切るようにして、藍は部屋の奥へと進んだ。びしょびしょの身体から滴る雨粒が、足跡のように地面に線を引く。

 (弥撒は、何処だっけ)

 そして数日前に、長い髪の少女が告げたことを思い出す。確か、食堂の前だったはずだ。頭の中で、どの道を通るのだっただろうかと館内地図を思い浮かべる。

 冷たくなった聖の遺体は、今頃腐り始めているのだろう。埋葬する余力など、藍には残っていなかった。もしくは腐って地面に還ることも出来ずに、ただその頬に雨を受けながら見開かれた目で空を見上げ続けているのだろうか。その風景を脳裏に描き、藍は今自分が本当に一人で生きていることを知った。

 藍はどんどんと死体だらけの館内を歩いていく。食堂は元ロビーの部屋から、廃墟一階の中心やや奥側辺りにある大金庫を取り囲む形の円形廊下に出て、そこで右方向に曲がった突き当たりにある。そして今、藍はその円形廊下に出てきたところだ。

 さっさと食堂に行こうと思っていた藍だったが、そこで一度立ち止まることとなった。とあるドアの前に見覚えのある名前のタグがが掛かっていたからだ。

 「零乃さん・・・・」

 思わず藍は口に出して呟いた。何も考えずに、まるで身体が勝手に動き出したかのように、その引き戸に歩み寄り、ドアノブに手を伸ばした。

 大きな窓からぼんやりと光が射し込む中、一人の女性の死体がそこにあった。丁度、ロビーとは真反対に位置するその部屋には、単なる蛋白質の塊ではなく、変色してはいるが確かに人の形を保った遺体がいる。

 椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏したまま、頭を綺麗に撃ち抜かれて絶命している。その他、目立った外傷はない。背中越しに見るその姿はまるで、夕陽を眺めている間に居眠りをしてしまった、生きている彼女のように見えた。藍はその背中を見つめ、そして頼りになる上司だった少女の死に黙祷した。

 それにしても、犯人はどういうつもりなのだろう。確か神矢圭は、裏切り者が党首を始末したと言っていた。ならば、幹事である零乃も同じく殺されたのかもしれない。椅子から立ち上がってすらいない様子を見ると、神矢圭による混乱が起こる前に殺されたと考えるのが妥当だろう。

 (だがそんなことをすれば、銃声で団員たちに存在がばれてしまのでは?)

 そこで藍は思い出す。神矢圭の持っていたあの武器を使えば、音を立てることもなく額を撃ち抜き、即死させることができる。神矢圭の証言では、内通者は度々、神矢家に帰っていた様だった。それならば、まだ世に出てない新兵器を手に入れることも出来ただろう。恐らくそんな風な手口ではないだろうか。

 (原型を留めておくことで零乃さんにせめてもの恩返しでもしたつもりなのだろうか。全くもって、イカレてる)

 ふと、テーブルの上に、銀色の何かが光を反射して輝くのが見えた。それを手に取ってみる。古ぼけた、しかし錆び付いてはいない、安っぽい鎖のついたネックレスだった。藍には生前の彼女がそんな物をつけていた記憶がなかったが、零乃にとってそれが大切な物であったことをなんとなく悟った。

 藍はそっとネックレスをテーブルに戻し、部屋の隅に無造作に放ってあった拳銃と弾を拝借すると、少女に一礼をして部屋の扉を閉めた。

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