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Dogmacula  作者: 芦静一
Part 2
13/26

破傷 Awake & Shake

 目映い光が顔に降り懸かるのを感じ、藍は目蓋を上げた。黄色い朝焼けが青い瞳孔を通して見えた。一度首を左右に揺らした後、藍は雑草の上で上体を起こす。辺りは相変わらず緑だらけで、焚き火跡の灰色がくっきり浮かんで見える。その奥にいる少女は、夜に顔を覗いたときよりは、少しばかり楽そうに眠っていた。

 (よかった、何とか一晩は過ごせたみたいだ)

 身体も思ったよりは冷えていない。天候が良かったのだろう。藍はちょっとした幸運に感謝する。

とはいえ、野宿である。寝心地など最低の最低だ。体中から疲労が抜けきっておらず、頭もずっしりと重い。藍は鈍い欠伸をつき、その拍子に痛み出した脇腹に苦悶するハメになった。

 空気の刃で切り裂かれた筋肉が、疼いてどうしようもない。思わず声にならない呻きを漏らしてしまう。その時、後ろで物音がしたことに、藍は気付けなかった。

 「あ、おはようございます、藍さん」

 左脇腹を両手で押さえて、歯を食いしばりながら涙を堪える姿を、思い切り後輩に見られるのは、あまり良い気持ちがするものでは無い。恥ずかしさで顔が赤くなっていないか、少し心配だ。

 「痛み止め打っておきます?」

 寝起き直後の少女は、どこかとぼけた声で言った。長い髪はボサボサで寝癖が立ち、所々には落ち葉の端が引っかかっていた。

 「・・・・いいよ、勿体ないし」

 「いや、まだ痛み止め程度で誤魔化せる内に動いておかないと、手遅れになりますよ」

 聖は冷たいとも取れるような声で、そう告げた。藍は痛みに顔をしかめながら、自分の腰回りに巻かれた包帯を、服の布越しに見つめた。

 藍が負ったこの傷は、華銃によるものにしては異様に軽い。処置をした聖によると、腸が少し顔を出していたらしいが、そもそも外体が原型を保てていた事自体が既に異常である。あの澄んだ目の少女が盾となったと考えるならば、無理はあるにしても、まだ納得は出来るだろう。だが、あの時は逆だ。相手からしてみれば、藍に小さな躯の少女が隠れる形であった。しかし、記憶の断片を何とか拾うと、少女は顔面を中心に、見るも無惨な程にバラバラに撒き散った。となると、こう考えられるしかない。

 相手は、殺すべき藍にはほとんど攻撃せず、全く殺す筋合いもない少女は、残酷を極めた形で虐殺した。

 つまり、藍は意図的に生かされたという事だ。

 「どうしました?顔色悪いですよ?」

 「・・・・いや、何でもない」

 どうも不安だ。自分を生かすことで、奴らに何の利益が生まれるのか、藍には想像もつかない。が、事実として藍だけが生かされたと言うことは、何か思惑があったに違いない。

 奴らの思惑は、けして藍に都合が良いものではないだろう。だとしたら、一刻も早く神矢一族の捜索網から離れておくのがベターかもしれない。

 「やっぱり、痛み止め打ってくれない?」

 「あ、はい!了解です!」

 聖が自分のさっきまで寝ていた辺りに置いてある、小屋から拝借した薬箱を漁るのを見て、藍は横になり目を閉じた。単純に言うと、注射器を見るのが嫌だからだ。あの暴力と薬物の小部屋の中での日々の、非人道で破滅的な快楽は、未だ記憶の隅に焼き付けられている。そしてそれはちょっとした刺激ーー例えば注射器の先端をむけられることで暴走し、過去を何とか克服したはずの藍を襲う。廃病院に拠点を移した直後は所々にある薬物の残片で毎日のようにそれが起こり身体ともに辟易したが、最近ではその生活にも慣れ、些細なことではフラッシュバックが起こらなくなっていた。

 しかしながら、現在藍の精神は、はっきりと自覚出来るほどにすり減っている。不安定な状態である今、注射針を刺されると言う強い刺激で、禁断症状が舞い戻ってこないとも限らない。しかし聖が怪我をしている上、殆ど強奪などの実戦を経験していないので、藍が少し無理をしてでも動かなければ死は間もなく藍達を襲うだろう。鎮痛剤を使わざるを得ないほど緊迫した状況だが、その分理性を失っている猶予もない。従って、少し恥ずかしいが、注射器から必死に目を背けることでなるべくその可能性を減らし、節約も兼ねてなるべく使用を控えておく事にしたのだ。

 「じゃ、刺しますよ」

 上衣がめくられ、包帯が解かれる。止血を終え、傷も塞がりかけているが、それでも生傷を空気に晒されるのは、何ともいえない悪寒がした。

 そして、それに続き腹部に細かく鋭い痛みが走る。

 「力抜いてくださーい、上手く刺さりませんよ」

 そう言われても、激しく痛む脇腹から力を抜くのは並大抵の技ではない。藍は強く拳を握り、柔らかい手のひらに爪を食い込ませて傷の痛みから必死に気を逸らした。思わず、涙がこぼれる。

 「ちょっとチクっとしますけど、いい子だから我慢して下さいねー」

 そんな苦労も知らず、完全に子供扱いのお医者さんごっこモードに入った聖を、藍は後で一発殴る事を心に決めた。

 「終わりましたよー。頑張りましたねー」

 ガーゼで注入点を押さえ、その上から包帯を巻いていく聖の手際は、恐ろしく手慣れていた。

 (ほんと、何者なんだろ・・・・)

 寝不足で気分が優れないまま、藍は目の前の少女の横顔をじっと見つめた。彼女もまた上手く寝付けなかったのだろう、顔色が悪い。

 「今日どうします?」

 「そろそろ、屋根のある所を見つけないと。雨降ってきたら、間違いなく凍死する」

 「ですねー」

 と、藍と会話を交わしつつ、聖は使った用具を元の木箱に戻し始めた。テキパキと動くその様子は、厨房の中のそれに良く似ていた。藍がそれを見てなんとなく安心していると、少女は藍に振り向き、何かを持った左手を差し出した。

 「はい、我慢したご褒美に飴玉をあげましょう!はい、あーん!」

 朝焼けも落ち着く頃、森の木々の間に先輩の関節技を受ける少女の悲鳴が響いた。

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