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 車で一時間弱走ったところに、河東邸がある。

 創平が運転席に座りかけたところで、清和に「お前は黙っていろ」とその座を奪われたのである。まぁ確かに、病み上がりで未だに足元がおぼつかない人間に運転させるのは危険かもしれないが、物には言い方というものがあるだろう。ちらりと己の右側で軽やかにハンドルを切る清和を見て、創平は小さくため息をついた。

 ――否、芦田の人間は大体こういう物言いをするのだ。佼輔はもう少しソフトだが(それは相手がこの自分だからかもしれないが)、清和はこんな感じだし、きっとその前の團十郎だって似たようなものだ。一応清和とは六親等以上離れていた訳だが、少なくともちょっとくらいはそんな遺伝子が紛れこんでいるということに、創平はついつい気が重くなってしまうのだった。

「創平」

 窓の外をぼうっと眺めていると、清和がおもむろに口を開いた。「『彼岸堂』に寄って遙を迎えに行く。あの方はどうだった」

「円ですか? ああ、まぁ、昨日存分に食事させたので元気だとは思いますよ」

 そうか、と清和は再び口を閉ざす。

 創平はそんな清和の横顔をちらりと見つめ、なんとも言葉にし難い思いに駆られている。結局のところ、創平は清和のことを苦手としか思っていないのが現状だ。それを自覚しているからこそ、辛い。

 いつかは、本当の親子のように分かりあえる日が来るだろうか。

 そもそも親子という関係が一体どういうものか全く想像がつかないが、少なくとも今のように変にぎくしゃくしたりするようなものではないのだろう。もしかしたら、今後、桜も似たような気持ちになるのかもしれない――

 そんなことを考えているうちに、彼岸堂に到着した。清和だけが車を降り、円を呼びに行く。一人になった車内で、創平はそっと息をついた。

 宙にかざしてみると、ぼんやりと青く光る左手首の痣。唯一、芦田家との繋がりを証明するもの。

 所詮はこんなちっぽけなもので繋がる家族なのだ。それでも、執着したいと思うのはおかしいことだろうか。

 ひとりになると難しいことを考えてしまって駄目だ。首を横に振ったところで、後部座席に円が乗り込んできた。



 河東家。

 芦田邸にひけをとらない広大な敷地には、中央に本殿、その両翼に左殿と右殿が存在する。当然のことながら、本殿は主な住居スペースである右殿よりも広い。このことを踏まえると、やはり彼ら河東の者は少々特殊な人たちなのだなぁ、と改めて痛感する。

 円に支えてもらいながら車から降りると、右殿から小柄な青年が出てきた。

 黒い肩出しカットソーの下に、赤と黒のボーダーが入ったタンクトップ。どこの若造だ、という出で立ちの青年は、創平の姿を発見すると一目散に駆け出してくる。

「帷子!」

 久しぶり、と彼は満面の笑みで創平に飛びつく。円のことはわざと突き飛ばして。彼は一応、創平までとは言わないが見鬼なのである。

「久しぶりって……二週間前に会ったじゃん、冴」

 怒りを露にする円を宥めながら、創平が呆れたように肩を竦める。

 彼が、例の河東冴かとう・さえだ。創平は友人だと思っているが、本人はそうではないという奇妙に絶妙な関係にある、あの。

 彼はよほど創平に会えて嬉しかったのか、猫のような大きな目を爛々と輝かせながら、素惑う創平を仰ぐ。

「つーか帷子、謹慎中じゃなかったのかよ! いや、会えて超嬉しいんだけど。和服、似合ってるし。マジで惚れる」

「いや、あのね、冴。今日は三代目と一緒だから……」

 落ち着いてくれないか。

 そこまで言いかけ、痺れを切らせた円が冴の色素の薄い頭をぶっ叩いた。

「清和を困らせるんじゃない、だからお前はいつまでもほむらの尻に敷かれるんだ」

「痛ってぇな、詞喰鬼。せっかくの感動の再会に水を差しやがって……」

 だから、たかだか二週間ぶりだろう。

 創平が頭を抱えていると、ようやく清和が運転席から降り立った。後部座席に置いていた自分の荷物を持ち、それからゆっくりとした足取りで砂利の上を歩く。

 彼の瞳が冴の姿を捕えると、冴は一応それなりに身なりを整え、きれいな仕草で頭を下げた。

「三代目! 今日は遠いところをわざわざありがとうございます」

「構わない。今日は?」

「生憎当主が不在ですので、僭越ながら俺が担当させていただきます」

 春日も手が空かなくて、と申し訳なさそうに冴は言う。「すみません、こんな恰好で……。先程当主から連絡をうけたもので、社宅から戻ったばかりなんです」

 まったく、と清和から苦笑され、平謝りに謝る冴がなんだかおかしくて、ついつい円と一緒になって笑ってしまう創平だった。

 打ち合わせのために彼らは奥の座敷に通された。創平の体調がすぐれないことは予め聞かされていたので、冴は奥から空色の座椅子を引っ張り出してきた。

「これ、使って」

「え、いいよ。そんなもの」

「遠慮するなよ」

 結局冴に気圧されたのと、清和のお達しによりそれを使う羽目となった創平である。三代目すら普通の座布団を使っているのに、自分だけこの待遇。なんだか恥ずかしくて、ついつい創平は俯いてしまった。

 そんな彼の横で、円はだらだらとあぐらをかいて座っている。まぁ、いつものように寝っ転がられるよりましか。

 三代目がさりげなく、

「遙。行儀悪いぞ」

 と指摘したため、渋々彼は足を綺麗に揃えて座り直す。なんだかんだ言って、こういうところでは三代目には頭が上がらない円だった。

「お待たせしました」

 しばらく経って、冴が白い袴を穿いて戻ってきた。河東の者としては、一応これが正式な服装なのである。しかし、あまりに似合わないので、創平は内心笑いが止まらなかった。円はというと、露骨に噴き出している。

「むっ。失礼な鬼だな、全く」

「いい、いい。それより、用件をさっさと済ませてしまおう」

 清和の進言により、冴はぐっと文句を胸の内に押し込め、彼らの前に正座した。基本的な姿勢は厳しく躾けられたそうで、しゃんと背筋を伸ばす彼の仕草はやはり綺麗に見える。こういう場合の冴は、いつもの若造ではなく、ぱりっとした表情になる。その表情が、創平は好ましいと思っていた。

「『隻影』は、現在本殿にて仮封印を施しております。師匠……春日焔かすが・ほむらの術ですので、しばらく持つとは思いますが。いずれにせよ、二週間以内に正式に再封印を施さなければ外部に大きな影響が出ると思われます」

 現に、河東の本殿では若干の影響が出始めているのだ。あの中に封印された蠱毒による呪術が、徐々に洩れている。そのせいで、本殿に備えられる花や食物は数時間程度で腐敗し、きちんと修行した術者ですら体調を崩すという有り様だそうだ。冴が無事でいるのは、彼が持つ天賦の才によるものだと思われる。本人はその辺りについては言及していないが、少なくとも清和や円はそう考えているようだった。

 彼らは、冴を認めているのだ。

「君がそう言うなら、そうだろうな」

 清和が困惑した声色で言う。「もしも遙が喰らうとしたら、その影響はどうなる?」

「詞喰鬼が食べるとなると……そうですね、前例がないのではっきりとは言えませんが、かなり消耗すると思います」

「うちの愚息が『燃やす』のとどちらが安全だろう?」

 冴は渋い表情を浮かべ、じっと思案している。

「……正直に申し上げますと、帷子の『鬼火』を用いる方が、ずっと安全かと」

 しかし、創平のコンディションが完璧ではないことを冴は知っている。いつもの状態ならば迷わず『鬼火』を使わせるところだが、今の辛うじて炎を灯せる程度の彼にそれをやらせるのはあまりに危険すぎる。最悪、命を落とすこともあり得るのだ。

「創平」

 そこでようやく、黙って話を聞いていた円が口を開いた。

「お前の気持ちは、まだ変わりないか」

 創平は首を縦に動かした。

「なら、そうしよう。俺が全力で支えてやる」

 冴、と円は苦渋の表情を浮かべる彼に声を投げかける。「創平は燃やしてくれるそうだ」

「でも……」

「あとはお前がどうにかしてくれるんだろ。春日の直弟子のくせに、ぐだぐだ言うな。腹を括れ」

 円のさっぱりとした口調に、冴はさらに困惑した表情を浮かべた。ふと清和へと目を向けると、彼もまた真摯な表情で冴を見つめている。これは、……そういうことか。

 冴は肩を落としながら長く息をついた。

「――分かりました。帷子、悪いけど燃やしてくれる? その後は俺が射るから」

「うん」

 それにしても、と冴は目の前に座る清和に目を向ける。

「それならそうと早く言ってください。初めから帷子にやらせるつもりだったのでしょう? あなたも人が悪い」

「なに。一応、君の意見も聞いておこうと思ってな」

 それでは、具体的な日程も決めてしまいましょう、と冴が言いかけた時、奥からどたどたと騒がしい足音が聞こえてきた。何だろう、とそちらへ首を向けると、勢いよく開いた襖からひとりの女性が飛び込んできた。神官の衣装を身に纏っていると言うことは、彼女は河東の血筋の者。それも、本殿の守を任されている相当の手練と見た。

「冴様! 大変です!」

 彼女は両膝をつき、唇から喘鳴を洩らしながらしきりに訴えている。

「どうした、長宮ながみや

 きょとんとした様子で冴が声をかけると、彼女は息も絶え絶え、ようやくその事実を告げた。

「『隻影』の仮封印が……今にも破られそうです……!」

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