兄馬鹿を遂行する
筆者は某お兄ちゃん推しです。
「……にいさま?」
そう呼ばれて、俺は心に誓った。
兄馬鹿になる、と。
よくあっても困るのだが、よくある話だった。
伯爵家の当主である俺の父が、外で女性に手を付けた。その女性は父の目の届かないところに逃げたが、その時には既に孕んでいたそうだ。父の息子としては、大変に申し訳ない。
「まあ。あの方のご嫡男様……ようこそ、むさ苦しいところですが」
「……いえ。遅くなりまして」
その女性が、今俺の目の前にいる。
ひょんなことから父がぽろっと漏らして発覚し、実質的に家を回している母と俺でフィジカルメンタル共々フルボッコにしたうえで情報を差し出させ、内密に探し出した。
ここは、彼女が現在住んでいる家だ。念のためきちんと手紙を差し出して、訪ねていいか伺いを立てて、目立たないように訪ねさせてもらった。
「愚かな父が、申し訳ありませんでした。如何に詫びれば良いか……」
そうして、愚物の代わりに頭を下げた。本来なら当事者に頭を下げさせるべきなんだが、あんなの顔も見たくないだろうし。
というか今、屋敷にいる父の顔は人に見せられないレベルでぼこぼこに歪んでいる。主に母の扇ビンタで。俺も少しは加わったけれど。
「頭を上げてくださいまし。わたしは平民ですよ」
「謝るときは頭を下げる。平民の子どもでも知る礼儀です」
困ったように微笑んだ彼女に言われて、頭を上げる。……気立ての良い、おとなしそうな方だ。そういうところが、あの愚父の目に止まったのだろう。
と、女性の横にいる幼子に目が止まった。俺とよく似た髪色と瞳の色、どことなく数年前の俺に似ている顔立ちの少年。彼女が連れているこの子がそうか、と思い至ったところで。
「かあさま、このひとだあれ?」
「あなたの、お兄様よ」
お兄様。
その言葉に、俺は心を打たれた。
そうだ、俺はこの子の兄ということになるんだ。共通の親があの愚父だというのは腹が立つが、あれの存在する意味がこの弟を世に生み出すことだったとすれば納得もできる。
兄とは、弟妹たちの見本となるべき存在だと言ったのはさて、誰だったか。交流のある貴族には兄弟姉妹の多い家庭もあるから、おそらくはその誰かだ。
そして。
「……にいさま?」
きゅるり、と大きな瞳で俺を見つめてそう尋ねたこの子に、俺は兄馬鹿になると誓ったんだ。
だって、可愛いだろうが!!
「兄様!」
母御とともに我が屋敷にやってきて、弟は生き生きと成長した。幼い頃は俺とよく似ていたけれど、大きくなるとどちらかといえば実の母御似の優しい面持ちに変化している。
「母様が、おやつを作ってくださいました。一緒にお茶にしませんか」
「それはありがたいことだな。ご一緒させてもらおう、準備を」
使用人に指示をして、場を整えてもらう。ああもう、本当に可愛い。そして、しっかりとした貴族家の子に育ってくれた。兄、嬉しい。
弟の母御も、元気である。家の外のことに詳しいし、住んでいたところではよく気づく働き者だと評判だったので、母付きの使用人という形で家に入ってもらった。
使用人ならば何か仕事をしなければならないということで、もともとできる仕事を尋ねてその発展である縫い物やお菓子作りを学んでもらった。すぐにマスターしてくれて手際がものすごくいいので、担当の使用人たちからも絶賛されている。
その母御手作りのおやつでお茶をするのは、すっかり日課になっていた。うーん、弟が可愛い。もふもふとクッキーを噛み締める真剣な顔も、そして美味しいとほころぶ顔も。
いやほんと、きょうだいっていいなあ。製造元が愚父だっていうところだけが問題だったけれど、幸い容姿もそうだが気立ても実の母御に似て優しく、強い子に育ってくれているし。
「兄様の弟になれて、よかったです。勉強もさせてもらえるし、母様もお仕事にやる気を出してますし」
「ふふ。俺も、お前の兄になれて良かったよ」
さて。
弟の妻になれそうな女性を見繕いたいと母上に申し出たら、まずは俺からだと言われたんだが。
曰く、伯爵家当主としてきっちり身を固めれば、弟の後見人としても問題ないと他家も納得してくれるから、と。
……大丈夫かな、俺。うっかり妻より弟を大切にしてしまいそうで、そうしたら弟含めて家族皆から白い目で見られるってことくらいはわかるんだけど。
でも、弟に幸せになってほしいし、頑張るか。
俺は、兄馬鹿を、遂行する。




