二話
――顔だけ優等生――
生田風花が、舌打ち以外で、人生でもっとも言われてきた言葉があるとするなら、それだ。
生まれつき風花は、知的できりっとした顔立ちをしていた。「いい顔に産んであげた」とは、母の言だ。実際に、この顔のおかげで、風花はどこでも「まじめそう」「誠実そう」という第一印象を得ることができた。
けれども、風花は、その見た目を、けっして有効に活かせたことがなかった。それどころか、自身の中身の残念さで、裏目を引き続けてきたのだった。
かつて、ギャップ萌えという言葉があった。
要するに、その対象の持っているイメージと相反する一面に、ぐっときちゃう現象だ。けれども、思う。
それってその一面が、プラスであるときにだけ、効果を発揮するものだ。その一面が、マイナスであったときの他者の反応は、――もう、推して知るべしなのだ。
「生田さんって、見た目のわりに全然、勉強できないね」
出会って少し経てば、風花は、皆にそう言われた。なまじ真面目そうに見えるぶん、相手の失望も大きかった。風花が「馬脚」をあらわした後の皆の態度は冷淡で、冷笑的になった。
そして、現在。気持ちを新たに進学した高校でも、風花は全力で、その裏目をひきまくっている状態だった。
なまじ偏差値の高い高校に入っただけに、皆意識が高く、皆の風花を下に見る視線は、顕著だった。というか、下に見ているという自覚さえない。自負のある人間という者は、自身が『やっていない』とみなす人間に対して、きつく当たることを、攻撃と思わない。むしろ、怠けているそちらが悪い、と言うことに何の躊躇いもなかった。
「あれっめずらしー風花ちゃん、課題出すんだ?」
「ほら、古典は答えついてるもんね!」
一生懸命解いた課題を提出したら、普通に友達間のジョークと言う感じで言われる。風花も、笑うしかなかった。
ご飯の時、「受験のとき本当にがんばった」っていう話をしていると、
「あ、風花ちゃんには関係ないか!推薦で入ったんでしょ?」
「顔だけだと、絶対入れるもんね~!」
風花は一般で合格した。けれども、皆が大笑いしているので、言えなかった。
この時は、推薦で入ったらしい別の子が、「推薦のこと馬鹿にしないでよ」と、泣いて怒ったので、友達たちはそっちに謝って終わった。泣いた子には、「風花ちゃんと一緒にされて本当にやだった」と悔しそうに言われた。「そうだよね」と言うしかなかった。
進学校における馬鹿の立ち位置とは、そういうものなのだ。
一緒にお弁当をたべる友達ができただけ、いいじゃないか。そう思って、自分をなぐさめる。
「そりゃ、皆頑張ってるんだから馬鹿を見ると腹立つわよ。言われたくなきゃ、もっと頑張りなさい」
と、親は言う。
そんなことは、風花もわかっていて、本当にふがいなく思っている。自分がこのように言われるのだって、自分ができないからだ。わかっているのだ。
なら認めてもらえるように、そう思って頑張るのだが、いまだに、いい結果を残せたことがなかった。
宿題や課題、当たらない授業のときは、時間はかかるけどちゃんと問題を解くことができる。けれども、人目があったり、プレッシャーをかけられると、風花の思考は停止して、頭が真っ白になってしまうのだ。ちゃんとしなくちゃと思うほどに、焦って言葉が出なくなるのだった。
なんでこんなに意気地なしなんだろう。受験を通ったことを皆不思議がったし、自分でもそう思わざるを得なかった。
「もう、そうやって、黙っていればなんとかしてくれるって思わない!甘くないからね!」
英語の教師の板野に、細く鋭い声で怒鳴られる。
「なんでもいいから言って」
それができなくて、止まってしまう。パニックになって涙がにじむのに、舌打ちがとんだ。ペアになった男子が、答えを書いて見せてきた。おろおろとしていると、苛々と「言って」と書かれた。答えると、ようやく着席できた。
「ごめん、ありがとう」
授業の後で、声をかけると、無視して行ってしまった。「ほんっとに馬鹿、うぜえ!」と友達に肩を叩かれていた。返す言葉もない。実際、自分は迷惑だし、彼は親切な方だった。自分とペアになった生徒――特に男子は、虫か何かのように、風花を扱った。
なんで、もっとちゃんとできないんだろう。予習だってしてあったのに、どうしていつも抜き打ちのところが当たると、何も言えないんだろう。
せめて生産的なことをして、役に立とう。花瓶の水を換えたり、黒板をきれいにするのが、風花の習慣だった。もとより、こういうことをするのが好きだ。
「できないやつがしてもなあ」
と、通りすがりの男子が言った。落ち込みながら、水槽をひとり、洗っていると、坂野が通りすがる。
「生田さん、水槽洗ってるの?」
「あ、はい!」
「そういうことしても、褒めてあげられないからね。いいことしたっぽいことに逃げてないで、勉強してね」
そう言って、去っていった。
そんなつもりじゃない。けど、やはり、返す言葉もなかった。