十五話
「風ちゃん」
「碧くん、どうしたの?」
クラスで友達と話していると、河埜に声をかけられた。困ったように、手を合わせられる。
「ごめん、百円持ってない?両替忘れた」
「待って。見てみるよ」
教科書代を払わないといけないのだ。この期間は、購買も両替禁止だから、こうして生徒間で助け合っている。風花は、鞄から財布をとりだした。茶封筒を持った河埜に、「よかった、たくさんある。何円と替える?」と尋ねた。
「五百円でお願いします」
「わかった、はい」
「ありがとう。助かった」
「行ってらっしゃい」
河埜を見送ると、「仲いいね」と、後ろから声がかかる。友達たちが、にこにこ、こちらを見ていた。風花は、照れ笑いを浮かべる。
「そう見える?」
「うん。見た目、でこぼこ正反対なのに」
「ギャップありすぎ」
あはは、と男女混ざっての笑い声が立つ。風花も、声をたてて笑った。
あれから、二回、季節が巡った。
親のこと、千尋のこと、友達のこと――色んなことを越えてきた。そして、ずっと隣には、河埜がいた。
「風ちゃん。ありがとう」
「わ、ありがとう碧くん」
戻ってきた河埜が、風花に飲み物をさしだした。周囲がはやし立てる。風花は、顔を真っ赤にして、受け取った。
河埜とは、名前で呼び合うようになって、こうしてふとした時に、頼ってもらえるようにもなった。
いろんなことがあった。その間に、風花は、自分の気持ちを、はきはき話せるようになったし、こうしてわかってくれる友達もできた。けれども。
「風ちゃん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
自分を見る河埜に、あわてて手を振った。頬が熱くなる。澄んだ目に見つめられると、どきどきして、なのにずっと見ていたくなる。
――まだこの気持ちだけ、河埜に伝えられてない。緊張してしまって、怖くて、つっかえてしまう。
でも、自分たちも受験生だ。今年こそ、踏み出さなきゃ。わいわい楽しげに話す友達を眺めながら、じっと河埜を見上げる。
「碧くん」
「うん」
「今日、一緒に帰ろ?」
お互い友達とか、付き合いもたくさんできた。だから、やっぱり言葉が必要だった。河埜が、ほんのわずかに目を見開いて、風花を見て――それから、にこっと笑った。
「そうだね。帰ろう」
「――よかった!じゃあ、放課後に」
「うん。待ってて」
風花は、心の中で叫んだ。まだ、放課後まで、時間がある。待ち遠しくて、すごく怖い。どきどきする、言えるかな、頑張らなきゃ――くるくる、いろんな心があふれる。
その気持ちをあえて心にとめて、風花は、ぎゅっと――強く、抱きしめた。
願わくば、ずっとこうしていられることを、願いながら。