一話
「生田、いつまで待たせるんだ!」
数学教師の岡が、黒板に、カツカツとチョークをたたきつける。白い大きなかけらが散った。風花は、身を小さくして黙り込んだ。こういうとき、何も答えないと、余計に相手の怒りを買う。わかっていても、萎縮してしまう。顔が真っ赤に火照って、首の後ろが熱くなる。後ろの生徒があくびをしたのが、気配でわかった。
「っとうに。せめて展開くらいしろ!」
「は、はい」
慌てて、風花はノートにペンを走らせようとした。そこで黒板が思い切り叩かれる。
「それくらい暗算でせんか!早く!」
また黙り込んでしまう。単純な計算とわかっているのに、頭の中が真っ白になってできない。目を閉じて、それでもどうにか解いた数字を口にしようとしたとき「もういい!」と怒鳴られる。
「次、坂口!」
「はい」
すらすらと、後ろの生徒が応えだす。あらかじめ用意されていたような、よどみない回答だった。憮然とした気配を残したまま、頷く。「そうだ」と言い、風花を睨んだ。
「ほっとした顔をするな!本当にお前は、『顔だけ優等生』だな!」
風花の顔が真っ赤になる。周囲はそれに笑いもせず、いっそ冷ややかな空気を発していた。お前のせいで、授業が遅れてる、という非難と、安全圏からの薄ら笑いだ。風花は身を小さくして、ペンを握りなおした。
「本当に、時間を無駄にする。次――」
ここで泣いたら、もう最悪だ。涙がこぼれそうになるのを、じっと耐えていた。
授業が終わって、緊張の糸が切れたように、教室内がざわつく。
「あー、まじ息詰まった!岡のやつ不機嫌すぎ」
「テストのクラス平均、B組にまた負けたからだろ?無理じゃんな。あっちには河埜がいるのに」
「な。で、こっちにはお荷物いるんだからさあ。俺らのせいじゃねえよ」
風花は、身を小さくして、次の授業の教科書をとりにロッカーに向かった。お荷物――彼らの言葉は、クラス全員の代弁である、そんな空気が、ひしひしと満ちていた。