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#9 ハニーブロンド

 司令官オフィスのブラインドから抜ける早朝の光に、蜂蜜色の髪が輝いている。

 アマンダは湯気の上がるマグカップを差し出しながら、上官が目を落としている資料について意見を添えた。


「バンクロイド中尉とジャグの稼働率が高すぎます」


 多大な戦果も長続きしなければ意味がない。コンディション、ひいてはパフォーマンスに影響が出るほどの連続出撃は、有能なパイロットを損なう可能性がある。


「まさか、使い捨てになさるお積もりですか?」


 マグカップを受け取ったエグゼールは、アマンダの鋭い視線に気づかぬ振りでコーヒーに口をつけた。


「彼は無鉄砲なように見えて、あれでなかなか計算のできる男だよ」


 他人の目からは無理でも無茶でも、彼からすれば無為無策でも無謀でもない。自分だけにわかる限界を踏み外さずに飛んでいる。


「彼の行動がこちらの思惑と合致している限りは、好きにさせるつもりだ」


 若くして大佐の階級を持つ空軍将校。情報部の出身とも言われるが、その出自は謎に包まれている。

 場当たり的な対応に自信があるのか、深慮遠謀のなせるわざか、その余裕の理由がアマンダにはわからない。

 敬礼を施してオフィスを出る。上官も部下も曲者揃いで、この部隊の副官というポジションは気の休まる暇がない。

 自慢の金髪に白髪でも混じっていないだろうかと不安に駆られたアマンダは、化粧室の鏡に向かうと、一本の白髪を発見した。



 壁面ディスプレイの脇にある演台には、部隊長であるエグゼールとその横にアマンダが立ち、それに向かい合う形で並んだ椅子にパイロットたちが着席していた。最前列の右端には、居心地の悪そうなベルベットがちょこんと座っている。


 この一ヶ月の間、ニコルとジャグによる「無人機狩り(ドローン・ハント)」の出撃回数は七五回。それによって撃墜した敵UAVは、実に一八九機に上った。


「この戦功により、バンクロイド中尉には国防金翼十字章が贈られ、あわせて中尉から大尉へと昇進する」


 パラパラと拍手が起こり、すぐに消えた。

 勲章メダルを貰って喜ぶほど、素直な軍人はここにはいない。昇進すれば給料ペイは増えるが、給料袋の重さの対価は切り売りした魂だ。

 だから、彼らにとって、それは祝ってやるような事ではなかった。


 ニコルとジャグの分隊エレメントによる敵の乱獲によって、シフト制で敵襲に備えるスクランブル要員の稼働率は激減していた。

 アッセンブルに招集された当初の過酷さを考えれば――特に生存に重きを置くヘックスなどにしてみれば、これは歓迎すべき事だ。

 しかし、皆がそのように考えるわけではない。

 過重労働はゴメンだが、出番を奪われるのは面白くない。楽をするのは大歓迎だが、ムダ飯喰らいにはなりたくない。

 結果として、ニコルとジャグを出しゃばり扱いする空気も、一部のパイロットの中には少なからず存在していた。


「勲章まで貰っちまうとはね」


 冗談交じりに笑ったリナルド・ホーク大尉はその急先鋒だった。

 人工知能であるジャグへの軽視と、その相棒となったニコルを揶揄やゆするのに、隊で随一のベテランは遠慮がない。


「お前がお人形と組んでトンボどもを落としてくれれば、こっちは楽をできる。これからも張り切ってくれよ、大尉殿」

「取り消して貰おうか、大尉殿。ジャグは人形じゃない」


 鋭い語気だった。しかし「階級が並んだなら、敬語はいらないよな?」と目をすがめながら、これを待っていたニコルは内心ではほくそ笑んでいた。

 無駄口、軽口の類に鷹揚おうようなエグゼールの見ている前で、自分とジャグをあなどるリナルドに堂々と喧嘩を売る。それがニコルの目的だった。


「あんたみたいなロートルより、そいつの方がよほど使える」

「吠えるじゃねえか若造。俺がそのポンコツに勝てないってのか?」


 ニコルが厭味たっぷりに演台の上の黒い筒を顎で指すと、リナルドはその喧嘩を買った。こうなると、もはや売り手と買い手の区別はつかない。


 無人機狩りで少々活躍した所で、所詮は機械相手の空戦ごっこに過ぎない。ここにいる連中は誰もが対UAV戦闘のスペシャリストだ。ジャグとやらが相手でも、遅れを取る事などあり得ない。リナルドは、そう考えている。

 そして、敵の猿真似をして無人機を導入するより、マットのような若く有望なパイロットの育成に注力するべきというのが、教導隊にいた経験もある彼の持論だった。


「俺たちと勝負しろ。俺の相棒を落とせるかどうか、自分の腕で試してみろ」


 ニコルとジャグ、リナルドとマットによる分隊単位の模擬空戦が提案されると、他のパイロットたちも色めき立った。


「どうです、構いませんかね?」


 リナルドが送る視線に放任主義の大佐が頷く。その横ではアマンダが、数匹の苦虫をまとめて噛み潰したような顔になっていた。


「ちょっとリナルドさん、勝手に決めないで下さいよー」


 模擬戦など疲れるだけで一銭の得にもならない。面倒くさい上に、自分には何一つメリットがない。

 マット・カールスタイン中尉が不満の声を上げるのも、無論、ニコルは予測している。ペラペラと軽薄に口を動かし、鬱陶うっとうしい前髪をかき上げるマットに対しても、ニコルはエサを用意していた。


「俺とジャグを撃墜したら、そこのミス・マーベルが一日デートに付き合うそうだ」

「よし! りましょう」


 まだ若く恋愛経験が乏しいマットは、基地内の女性兵や士官、出入り業者の民間人に至るまでもを、盛んに索敵している。

 どうにか異性とデートを取り付け、あわよくば着陸ランディングと決めようという彼の下心を、この部隊内で知らぬ者はいなかった。

 そのターゲットリストの上位にいるベルベットを、利用しないはない。



「え! 何を勝手に!」


 敵意をむき出しにしたニコルが怖い。大男で顔に傷のあるリナルドの大声が怖い。そもそも険悪な雰囲気や、ケンカ腰での言い争いは、足が震えるほど恐ろしい。

 突如として勃発ぼっぱつした決闘まがいの話を、ベルベットは恐々と見守っていた。

 ジャグの時もそうだったが、どうしてニコルはこうも決闘が好きなのか。大盛りカレーをむさぼり食い、最先端の戦闘システムを駆使して戦う仏頂面の野蛮人バーバリアンだ。

 などと、益体やくたいもない事を考えていたところに自分の名前を出されたベルベットは、オロオロと狼狽うろたえた。


「あんたの可愛いジャグを信じろ」

「任せて下さい。必ず勝利します」

「……」


 拒絶や反論の言葉を探す間に、取って付けたような理屈で逃げ道を塞がれて、ベルベットは頬を膨らませた。

 何が「可愛い」だ。彼には最も似合わない言葉だとベルベットは思う。そして、ジャグまでもがニコルと結託して、自分を賞品にした賭け試合を後押ししている。何が「必ず」だ。そんなAIに育てた覚えはない。

 ちなみに、マットのような男はベルベットの好みではなかった。


 しかし、とベルベットはさらに考える。

 必ず、という一〇〇%を意味する言葉を、AIであるジャグが選択するはずがない。予測の確度がどれだけ高くても、失敗の可能性を排除する事など決してあり得ない。

 という事は、これは単なる「セリフ」に過ぎないのか。可能性とは別のところで、自分を安心させる。他人をコントロールするためのセリフを選択したのだろうか。

 これは成長なのか、それともバグか……。


 今そこにある危機(・・・・・・・・)を忘れたソニアは、自らの思考に沈んでしまった。

 ほうけて反応がない事を了解と受け取ったニコルは、横槍が入る前にさっさと話をまとめてにかかった。


「時間は正午だ、ルールは隊長にお任せで」

「教えてやるよバンクロイド。年長者への敬意ってやつをな」

「ベルちゃん。待っててね〜」

「……」


 放心したようなベルベットの前を、パイロットたちがぞろぞろと通り過ぎる。

 フランクとマーフィーは、この大イベントを告知するべく走り出す。ネリアは携帯端末を取り出し、ヘックスは我関せずと欠伸あくびをした。

 世にもたのしそうなエグゼールの横顔を見て、アマンダは再び白髪の心配をした。

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