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#6 ベルベットは激怒した

 ネリアの乗る連絡機とニコル、ジャグが着陸する頃には、辺りはもう夕闇に包まれていた。

 今日はもう離発着のない滑走路の照明が落ち、灯火管制を敷かれた格納庫や管制塔が月の明かりに照らされている。


 待機室に戻ったニコルに、整備員との賭けに勝って上機嫌のヘックスが「やるね」と声を掛けた。

 装備を外しながら「どうも」とだけ答えたニコルに、ヘックスはニヤリと笑いかける。


「オーヴィッツ大佐がお呼びだ。オフィスまで来いとよ」



 ニコルが廊下を歩くと、敬礼をしながらすれ違う基地の兵たちの目がわずかに笑っている。

 ニコルとジャグとの決闘の話は、すぐに基地中に広まった。常に緊張を強いられる最前線で、ひと時の娯楽を提供してくれたエースパイロットに対して、彼らは少なからず興味と好意を抱いたようだった。

 だが、そのような事は知りもせず、ニコルは別のことを考えている。


 戦闘機を用いた私闘まがいの模擬戦など、おとがめ無しなはずもない。降格か減給か、もしくは営倉入りか。とはいえ人手不足の状況を考えれば、飛行資格の取り消しは無いだろう。

 命令違反の経験値が豊富なニコルは、そうたか(・・)くくっていた。

 しかし、彼を待っていた処遇は、それほど生易しいものではなかった。



 デスクの上でエグゼールが手を組んでいる。無表情を装っているが、灰色の瞳には愉快なものでも見物するような光が踊っている。

 その横にはアマンダ・マーゴット少佐が立っている。こちらは完全なる無表情で、ニコルへ向かって凍てつくような視線を送り込んでいる。

 そして、ジャグの技術担当者であるベルベットは、直立するニコルに猛然と食って掛かった。


ボクの(・・・)ジャグをイジメないで下さいよッ!」

「いや、イジメたつもりは無いんだが……」

「黙らっしゃい!」


 飛び級を重ねて一八歳で大学を卒業したベルベットは、人工知能の開発に携わった今でも二〇歳を過ぎたばかりだ。

 小さな顔に大きな黒縁眼鏡、加えて低身長。童顔を真っ赤にした彼女に詰め寄られたニコルは、ハイスクールの生徒に叱られているような気分になった。


「このデータを見てください!」


 ベルベットは困惑するニコルの目の前にレポート用紙を突き出した。右肩上がりのチャートは、最後の部分で跳ね上がっている。


「株には詳しくないんだが」

「ジャグのプロセッサー稼働率です!」


 数値はジャグがここに来た日から計測したものだった。初日は機体とのマッチングや司令部とのデータリンク確立。パイロットやスタッフたちとの出会いや彼らについての情報収集など、すべき事の多さに比例して数値が高い。


 翌日からは戦闘に参加して、空戦時の数値が高いのは当然だ。友軍のサポートと自機の保全、そして敵機の撃墜。作戦成功のために演算すべき事は多い。その上ジャグには、生身のパイロットの戦術を学習するという課題も与えられている。


「それが、何日か後から変化します」


 それまで高かった戦闘時の数値が落ち着きを見せている。それはルーチンの最適化が成された結果で、つまりは「慣れた」のだ。

 しかしそれとは逆に、今度は待機中の数値が上昇し始める。


「ジャグには、あなたたちパイロットと円滑な関係を築くように指示を与えています」


 ベルベットは、頭ひとつ高い所にあるニコルの顔を睨みつけた。


「デラムロ王国軍の無人兵器運用に関する方式メソッドの詳細は不明ですが、その方面で遅れを取っている私たちは、まずは戦闘用AIの育成からスタートする必要があるんです」


 戦闘で鹵獲ろかくした機体を調査した結果、デラムロの戦闘用AIに言語機能は存在しなかった。

 しかし、ベルベットが籍を置く航空戦術ロボット計画――通称N.A.R.Pの人工知能、つまりジャグにそれが与えられたのは、生身のパイロットたちとの共同作戦による運用を企図したからに他ならない。


「でも、それが上手く行かなくて、ジャグは悩んでいます」


 友好関係と信頼関係の構築。その目的達成のために何をすべきか、ジャグは思考する。

 より多くの敵機を撃墜し、生身の人間である彼らに掛かる負担を軽減する。でしゃばらず、余計な事は言わない。ジョークで人を笑わせる機能も彼にはない。

 敵のAI兵器に脅かされたパイロットたちが、最初から自分を受け入れる事が無いことは想定していた。しかし、配慮が好意的に報われる事を、ジャグは期待していた。

 しかし、その計算は外れた。


「ボクたち人間は、どうにもならないと思えば諦められる。開き直る事もできます。でも彼にはそれができないんです」


 要因のわからないミスを検証する。期待外れの再計算を繰り返す。

 人の感情はリセットできないと理解しながら、事態が好転する見込みが減り続けるのをわかりながら、それでも問題を放棄できずに考え続けている。それがプロセッサーの稼働を上げている。つまりはストレスだ。

 結果として、待機室でパイロットと過ごしている時よりも、空戦に集中している時の方がストレスが軽いという逆転現象が起こっている。


「そこへ来て、さっきの中尉の言動です」


 最後に跳ね上がった数値の原因は、言われずと知れた先程の模擬戦によるものだ。

 撃墜の危機にある友軍機の救援と、それを達成した上での叱責。そして予想外の敗北。どれかひとつを取っても重大なストレス要因が、同時に三つもやってきたのだ。これが愉快な道理がない。


「ジャグはもう、カンカンです!」

「カンカンなのは、あんただろう」

「当然、ボクもカンカンですッ!」


 ベルベットの言葉の通り、ストームチェイサーに搭載されたジャグ本体の発熱は、物理的にも危険なレベルに達していた。

 アルミ製の筐体が赤熱し、コックピットには陽炎が立ち上っている。

 最新鋭機の電装品が焼けてしまう。戦争の趨勢を変えるための希望が燃えてしまう。しかし安易にシャットダウンは出来ない。多大な予算を投じたプロセッサ・ユニットを守ろうと、スタッフたちは必死の冷却に努めていた。


 ジャグのコミュニケーション・デバイスである黒い水筒は、エグゼールのデスクの上で沈黙している。

 しかし、彼の開発者にして保護者を自認するベルベットは黙っていない。


「機械だから、感情が無いから、どう扱ってもいいって言うんですか!」

「そんな事は言っていない」

「でも実際にジャグをイジメているじゃありませんか、このヒトデナシ!」


 欲望も打算もなく、人の役に立つ事だけを目標にしている者が、無理解と不寛容に晒されている。

 他でもない、助けるべき仲間からの疎外そがいと軽視に、文字通り身を焦がしている。


 それを思うと、怒りと興奮でベルベットの瞳に涙が滲んだ。喉の奥がかっと熱くなり、声が湿るのをものともせずに、目の前に突っ立っているニコルをなじった。

 しかし、口から出る言葉は嗚咽おえつに塗れ、路整然と追い詰めて謝罪の言葉を言わせるつもりが、今は自分が頭を垂れている。

 ニコンの胸を拳で叩いてもまぎれないもどかしさに、ベルベットの頬に涙がこぼれた。


「ボクは……ジャグは……ッ」


 踏ん張っていたはずの脚が震えて立っていられない。よろけた所をニコルに支えられて、後は声を上げて泣くことしかできなかった。

 泣き崩れるベルベットをアマンダが引き離すと、それまで黙っていたエグゼールがようやく口を開いた。


「バンクロイド中尉には、ジャグと正式なコンビを組んで貰う」

「「は?」」

読んで頂いてありがとうございます。

読者の皆様のお陰でSF日間、週間ランキングにランクインする事ができました。

引き続きの応援をよろしくお願い致します(`・ω・´)ゞ

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