表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/42

#5 ドッグファイト

 スチールのロッカーとソファセットとローテーブル。壁に掛かったカレンダーの中では水着姿の美女が波とたわむれ、その隣には真新しいダーツ板がある。


管制塔コントロールよりシエラオスカー07、08、戦闘哨戒を終了して帰投せよ。今日はこれでアガりだ》

《07、了解。ったく、弾も燃料もギリギリだ》

《08、りょーかい。ストでも打ちたい気分だ》

《08、兵士にストの権利はない》

《わかってんだよ……》


 任務を終えたフランクとマーフィーの分隊エレメントが、スピーカーの中で管制塔とやり合っている。

 格納庫に隣接するアッセンブルの待機室で、リナルドがやれやれと溜め息をついた。


「あのふたりが愚痴るのもわかる」


 敵の攻撃を一九基地へ誘引。他の戦線への敵の圧力を緩和して、友軍の戦線再構築を助ける。そのエグゼールの戦略を成立させるには、アッセンブルの脅威を敵に認識させる必要がある。

 そこで、ニコルを含むパイロットたちには、昼夜問わずの稼働が強いられていた。


 基地への爆撃を阻止した日から三日と開けず、ほぼ連日の出撃が続いている。

 二年間の苦戦を生き延びた古強者たちも、長時間の緊張状態と、身体に大きな負担が掛かる空戦の連続に疲弊の色が濃い。


「生存率が上がっても、こうも出撃が続けば同じ事だぞ」


 ソファーにふんぞり返ったリナルドは、両腕を伸ばして体をほぐしながら「これじゃ、命が幾つあっても足りん」と苦笑した。

 先のブリーフィングでは「腕利きと組めば生存率があがる」と不敵だったヘックス――元はリナルドと同じ教導隊の仮想敵機アグレッサーだった男は、ふんと鼻を鳴らした。


「機体の前に、こっちがスクラップになる」


 精密機械の塊が空を飛ぶのだから、戦闘機という兵器はとにかく整備に時間が掛かる。本来ならば、そうそう連戦できるものではない。

 それがこのアッセンブルでは、パイロット一名に対して三機の機体がてがわれて、常に出撃可能な態勢が取られている。

 初めはビデオゲームよろしく「残機三」などと笑ったヘックスも、自分の迂闊うかつさを苦々しく噛み締めていた。


「参謀本部直轄だの特務だのと大層な事を言われているが、所詮は少々出来のいい捨て駒に過ぎない。しゃかりきになって敵機を落として生還しても、待っているのは次の激戦区だ」


 そう言って顔をしかめるヘックスには、ジュニアスクールに上がったばかりの娘がいる。このようなつまらない戦争で死ぬわけにはいかなかった。


「大佐はこの基地に敵を呼び込むつもりらしいですけど、正気とは思えませんよ。それに付き合わされる僕らは、とんだ貧乏くじだ」


 そう笑ったのは、隊で最年少のマット・カールスタイン中尉だった。

 

「あーあ、休暇が欲しいなぁ」


 航空戦技アカデミーをトップの成績で卒業したエリートだ。もしこの戦争がなければ、空軍のアクロバットチームに抜擢される予定だったこの若者は、基本的に陽気で発言に裏表がない。


「バンクロイド、お前はどうだ?」

「俺には好都合だよ。借りを返したい相手もいるんでね」


 壁際のスツールに座っていたニコルは、リナルドに話を振られると、読んでいたペーパーバックから顔を上げた。


「黒犬……か」


 この部隊に配属される直前、ニコルが相棒を失った話は他の者も知っている。そして、神出鬼没の黒いナバレスの噂は、パイロットたちの中ではすでに噂になっていた。


「この部隊で敵を狩りまくれば、奴も出てくる」

「王国のパイロットは素人揃いで有名だが、アレはどうやら別格ってやつだ。気をつけろよ」

「ええ」


 ヘックスの忠告に頷いたニコルは、再び紙面に視線を落とした。


「バンクロイド中尉って、ちょっと無口ですよね」

「一〇八戦術飛行隊(スコードロン)のバンクロイドって言えば凄腕という評判だ。命令違反の常習者だそうだが、あの様子からは想像もできんな」


 声を潜めるマットにリナルドが肩をすくめる。

 

「皆さんもお疲れとは思いますが、体調管理にはお気を付けてください」


 ローテーブルの上の黒い筒――ジャグの言葉に、その場の誰も答えを返さなかった。

 ニュースを読む男性アナウンサーのような声は壁に吸い込まれ、室内にはエアコンのルーバーが動く音しか聴こえない。

 ジャグは赤いランプを点滅させて応えを待つが、パイロットたちは一瞥いちべつもせずに黙殺した。


 この連続出撃の中で、疲れを知らないジャグだけはほとんどの戦闘に参加している。代わる代わるに全てのパイロットと共に飛び、僚機をフォローするポジションに就き、なおかつ戦果を上げている。

 しかし、リナルドを始めとするパイロットたちは、それが面白くない。

 仲間を撃墜し、友軍を痛めつける人工知能を搭載した戦闘機。命令だから一緒に飛んではいるが、その人間離れした機動や精密な射撃を見るたびに、そんなものに頼ってたまるかという対抗心が湧き上がる。

 仮に戦えば自分が勝つ。その自負心が、あなどりの形をとって表れていた。


 命令と報告が機能すれば事足りるのだから、機械を相手に雑談などする必要はない。ましてや機嫌を取るなどもってのほか。

 誰が言うでも始めるでもなく、ジャグへの対応が冷淡になったのは、アッセンブルのパイロットたちにとっては自然の成り行きだった。



「当基地へ向けて飛行中の連絡機がエリアE9(エコーナイナー)にて会敵。09及び00は至急救援に向え」


 待機室のスピーカーが鳴る。無言で立ち上がったニコルが格納庫へのドアを開いた。

 機体に電源ケーブルを接続する。ミサイルの安全タグを抜き、機銃弾を装填する。走り回る整備員の間を抜けて、ニコルはコクピットへのタラップを上がった。

 しかし、バラクーダがエンジンを始動する頃には、ジャグのストームチェイサーはすでに動き始めている。


《そっちの方が足が早い。俺を待たずに友軍機を救援しろ》


 一秒の遅れが仲間の死を招く。ニコルの指示に《ラジャー》と返したジャグが飛び立ち、約六〇秒の遅れでバラクーダが離陸した。


方位ヘディング〇四二。敵の進路に割り込んで友軍機を追わせるな》


 再び復唱したジャグが加速する。それを追うニコル機はジリジリと距離を離される。

 無関心と無理解が、両者の間を隔てている。

 抜けるような青空の下、二機の描く飛行機雲コントレイルは、どこまでも水平に走っていた。



《こちらラビー。敵機と遭遇して追跡を受けている。救援を求む》

《こちらシエラオスカー・コントロール。いま迎撃機インターセプターを発進させた。ラビーは進路そのまま、合流せよ》


 味方からの淡々とした返信にイラつきながら、ネリア・シャンダルク中尉は自分の不運を呪っていた。

 敵の勢力圏を充分に迂回したはずが、予想外に進出していた敵の偵察機に発見された。

 それに呼ばれて飛来したのは、ジェット装備の空戦型UAV“ドラゴンフライ”が三機。時速六〇〇キロ程度のターボプロップ機では、到底逃げ切れない。


《直進したら丸焼きになるわ、回避コースの指示を!》

《ジャグよりラビー、間もなく視界に入ります》


 その声を聴いたネリアはレーダーを見たが、友軍機らしき機影は見えない。しかし背後では、三機の敵がこちらを射程に捉えつつある。

 機械の視線が背中をう感覚に背筋を粟立あわだてながら、ネリアは脱出装置に手を掛けた。


《間に合わない、ロックされる!》


 ロックオン警報アラートが鳴るのと、レーダーの一二時方向に光点ブリップが現れたのはほぼ同時だった。

 正面から来た何者かが、機体の形も視認できないスピードですれ違う。一瞬遅れた衝撃波に連絡機の機体が激しく揺さぶられ、ネリアは操縦桿にしがみついた。連絡機の後ろに割り込んだ、恐らくは友軍機がフレアを射出する。赤外線誘導を騙された三機のミサイルは、高熱を発する火球を追って進路を逸らした。


《なに、今のは!》


 ネリアが慌てて振り返ると、撃墜された敵機が四散するのが見える。全てが一瞬の出来事だった。


《一機撃墜。引き続き脅威を排除します》

《バスターよりジャグ、護衛対象から離れるな》

《FOX2》


 ニコルからの指示と同時にさらに一機を撃墜したジャグは、反転して逃げ出した最後の一機に追いすがって止めを刺す。


《空域クリア。安全は確保されました》


 どうにか助かった。遅れてやってきたバラクーダが視界に入り、ネリアがほっと息をつく。


《助かったわ。ありが……ぅわぁ!》

《勝手な事をするな、何様のつもりだ》


 感謝の言葉を押し殺した声で遮ったニコルが、ネリアの真横を超音速でかすめ飛ぶ。

 衝撃波ソニックブームに激震する連絡機の操縦席で、強気で鳴らす女パイロットが悲鳴を上げた。


《俺は離れるなと指示したはずだ》

《あの場合は撃墜する方が安全でした》


 ニコルの突進をジャグがかわす。一旦離れた二機の戦闘機は、大きく旋回して間合いを取った。

 的確な判断と精密な射撃。本来、空戦AIとしてのジャグは、指示がなくても独自の判断(スタンドアローン)で戦闘を行う事を求めて設計されている。それに加え、AIに対して冷淡なアッセンブルのパイロットたちは、連携はおろか指示すらまともに出さなかった。

 結果としてジャグは常に単独で戦った。そして、それが最善という判断を下していた。友軍の邪魔にならなければ、それで良いと考えていた。


《それを決めるのは人間だ》


 片やパイロットたちにしてみれば、勝手に飛んで勝手に戦果を上げるジャグが気に入らない。共に飛んでもこちらのコントロールを受ける素振りがなく「勝手にさせろ」という風にすら受け取れる挙動を見せる。

 この齟齬そごが、友軍の救援というデリケートな局面において爆発――否、暴発した。


《お前に俺がとせるか? 戦えば自分の方が上だと思ってるだろう》

《失礼ながら、一対一の戦闘で戦った場合、ワタシの勝率は九五パーセントです》

《上等だ、掛かってこい》

《お断りします》


 ジャグの回答を挑発と解釈したニコルが、旋回を小さくしてロックオンを狙う。困惑したジャグは逃げ回る。


《コントロールよりジャグ、交戦を許可する。そこで決着をつけろ》


 管制塔では、面白がるようなエグゼールの後ろでベルベットがやめろとわめいている。アマンダは溜め息とともにこめかみを指で押さえた。

 待機室では、パイロットと整備員たちが賭けを始めた。この会話を基地中に流したのも、無論エグゼールだった。


《ラビー、済まないが立会人を頼まれてくれ》

《どうしてあたしが⁉》

《君が一番近い》

《……了解》


 撃墜の恐怖から解放されて、一秒でも早く着陸したかった。へたり込んで滑走路にキスをしたかった。それが、戦闘機同士の決闘に巻き込まれる事になるとは。

 まったく今日は厄日だと天を仰いだネリアの前で、ストームチェイサーとバラクーダが交錯した。



《00、コンバットオープン》

《その澄まし顔に吠え面をかかせてやる》


 先手を取ったのはジャグだった。

 正面からやり合えば良くて相打ち。一度すれ違った両機は旋回の輪をせばめ、定石セオリー通りに背後を狙い合う。

 レーダーを照射してのロックオンか、機銃に連動したガンサイトに相手を捉えればこちらの勝利。人間の操る、しかも旧式の機体を相手に敗れる要素はない。エンジンを全開にして逃げるニコルを、機銃の射程に収める。照準レティクルが相手を捉えれば、この馬鹿げたゲームも終わりだ。

 しかし、ジャグの予測に反してニコルは粘った。捉えたと思うとその矢先に進路をずらし、速度に緩急をつけて照準を定まらせない。


《どうした、目にゴミでも入ったのか?》


 全速で逃げていたニコルが、機首を上げて急減速した。真後ろに迫っていたジャグは間一髪でそれを回避する。

 ジャグの反応が遅ければ衝突確実の危険行為と引き換えに、今度はニコルが背後を取った。

 空対空ミサイルの赤外線シーカーを向けられたジャグが真横へ跳ねる。機体を立てて急減速し、さらに相手の背後を狙う機動だった。

 しかし、ニコルはそれを読んでいた。


《ガン、ガン、ガン! 撃墜判定だ》


 背中を晒したストームチェイサーを照準して、ニコルが撃破を宣言した。

 ロックオンで人工知能特有の超機動を誘発し、その先を撃つ。そのニコルの戦術にジャグはまんまとハメられた。


《09の機動は安全性を著しく欠いて……》

《ドッグファイトに安全もクソもあるか》

《ワタシが避けなければ衝突して……》

《計算の内だ。お前らAIと戦うってのは、そういう事だ》


 友軍同士の模擬戦ならば、ジャグの抗弁は成立する。しかしニコルが仕掛けたのは喧嘩であり、実戦だった。そしてこれが本物の実戦であれば、ジャグは空に砕けている。


《……ワタシの、負けです》

《お二人さん。用件はすんだ?》


 とんでもない空戦を見せられた。

 聞き覚えのある声をしたバラクーダのパイロットは良い技量うでをしているし、新型機を飛ばしているのは、どうやら人工知能らしい。

 しかし、ネリアは感心している場合ではなかった。連絡機の燃料は、すでに底をつきかけている。


《待たせたなラビー。護衛エスコートに復帰する》

《どうもご親切に、忘れられてなくて嬉しいわ》


 憮然ぶぜんとしたバラクーダと、無言のストームチェイサーに挟まれて飛びながら、西の空はすでに紅くなり始めている。

 身も心も疲れた。特に心については疲れ果てた。そんなネリアを、滑走路の誘導灯が優しく出迎えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
一気に読んでしまいました。 息を飲む空戦。パイロットたちのパイロットらしい、それぞれの性格。 そして、ジャグ。 これから、どう絆を深めてバディとなるのか。 この始まったばかりの物語を、最後まで追わせて…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ