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#38 チューブライディング

 空挺降下のアトラクションを終えたビッグビークは、全速力で行軍を続けていた。

 緑の少ない乾燥した山肌を走る道路は、大型重機の通行を想定しているだけあって道幅も広く、路面には戦車の全力走行に耐えるだけの耐久性がある。

 戦車が走ればアスファルトが砕けて剥がれる市街地の道路では体験できないドライブを、マニング少佐と部下たちは堪能していた。


 しかし、これはレジャーではない。降下地点から隊列を組んだ戦車隊は、下りの最速を競っているのでもない。アルファ、ブラボー、チャーリー、そしてデルタと設定された山腹を貫くトンネル。そこに陣取る防衛部隊を排除し、通行の安全を確保するのが、この作戦で彼らに課された任務だった。


《前方にポイントΔ(デルタ)を視認。人馬型と無人戦車がお出迎えだ》


 半径ニ五メートルほどの半円形が岩の壁に口を開けている。その手前に築かれたバリケードを、多数の無人陸戦兵器が守っていた。


 重火器を搭載した四足歩行の馬のような“ホースマン”と、一〇五ミリライフル砲を装備した“ゼーリック”中戦車は、どちらも人工知能によって操作される無人兵器だ。その高い射撃精度と火力は、ベテラン戦車兵にとっても厄介な相手だった。

 ここまでのポイントでも激しい戦闘によって損害を出したビッグビークは、既に半数以上の車両を失っている。しかし、マニング少佐と部下たちの戦意は一ミリすらも衰えていなかった。


《このまま突っ込んで蹴散らせ。もたもたしてたら間に合わんぞ!》


 威勢の良い復唱とともに、先頭を並んで走るニ両が先制攻撃を仕掛ける。

 全速で走行しながらの行進間射撃。しかも初弾でニ機の人馬型を仕留めるのは並の技量うでではない。アッセンブルのパイロットたちがそうであるように、エグゼールが作戦に引き入れたこの戦車隊もまた、並の戦車乗りたちではなかった。


 輸送機に積載するため、砲身の長い一ニ〇ミリ滑腔砲から換装した短砲身の一五ニミリガンランチャーが、徹甲弾と対戦車ミサイルを吐き出す。

 二列縦隊が左右に別れ、斜面を利用してトンネル入口のバリケードを半包囲すると、その後は足を止めての撃ち合いになる。崩れやすい砂岩質の斜面での機動戦は不可能だった。


《ロボット風情が。道を開けろや!》


 連続する砲声と衝撃波に舞い上がる砂塵。砲弾が空を斬り、装甲が穿うがたれる音。目の前の敵を破壊すると、次の獲物を求めて砲塔が転回する。

 それらに掻き消されて、燃え上がる車両から逃げ出す兵の悲鳴は、誰の耳にも届かない。短いが苛烈な砲火の応酬の後で、その残響だけがオルバインの山々の間にこだました。


 戦闘の後、生き残ったのはマニングの隊長車を含めてわずか五両だった。その目の前には、コンクリートブロックのバリケードと、無人兵器の残骸が転がっていた。


《道を塞ぐガラクタを始末しろ。俺らの戦争はこれで終わりだ》


 砲塔のハッチから身を乗り出したマニングが、我慢していたタバコに火をつけた。

 損耗率八七・五%。戦車の替えは効いても、失われた歴戦の戦車兵は戻ってこない。停戦前の大立ち回りに、ビッグビークは全てを出し切った。


 カルダーノⅡに装備された排土板が道を開いた頃、ジェットエンジンの唸り声が遠雷のように聴こえてきた。道の脇にへたり込んだ者が顔を上げる。負傷者を手当する衛生兵が空を振り仰ぐ。そしてタバコを咥えたマニングは、その音に耳をすました。



《作戦はオンタイムで進行中。シエラオスカーは所定の行動を開始せよ》

了解(ウィルコ)


 スカイ・ギャンビットを囲んで飛ぶの戦闘機が編隊を解き、次々に機体をひるがえして急降下に入る。

 ニコルとジャグがその場でくるりと一回転、余分に回って挨拶をすると、キルシュが《グッドラック》の言葉で応じた。

 第五七飛行隊は航空要塞スプルリンガを撃破し、ビッグビーク戦車隊も予定通りに進行する中、ついにアッセンブルが動き出した。


《五七の陽動は成功、ビッグビークも任務を果たした。次は我々の番だ》


 オルバイン山地に進駐した王国は、鉱山開発のための交通網を敷設した。急峻きゅうしゅんな山の中をくねるように走るハイウェイ。それを利用して山中の防空網をかい潜り、敵の拠点であるセレナ山に接近する。それがエグゼールの立てた作戦だった。

 

《高度をニ〇〇に保ってポイントΑ(アルファ)へ向かう》


 戦隊長の指示に復唱が返る。起伏の激しい地表を八つの影が駆け抜け、巻き上がる砂塵がその後を追う。眼前に黒い山影が立ちはだかると、その中腹にあるトンネルが“ポイント・アルファ”だった。

 空から見れば壁に空いた針穴のようなその場所へ、ジャグを先頭にしたアッセンブルは一列縦隊で突っ込んでいった。


《こいつは、想像以上におっかねえな》

《引き返しても笑わないぞ》

《嘘だね、お前は笑う》

《その信頼が嬉しいね》


 アマンダが舌打ちをして、ニコルとジャグの無駄口を封じた。しかし、それが他の者の緊張を幾分ほぐしたのも事実だった。


《ほら怒られた。さっさと行け》

《ヤー、コマンダー》


 二〇〇メートルからさらに高度を下げたジャグは、着陸ランディングとほぼ変わらない体勢でトンネル口へと進入した。速乾性のモルタルで固められた半円形の壁面に、左右の翼か垂直尾翼が接触すれば、即座に墜落となる。その繊細な機体操作も、人工知能であるジャグにとっては造作もない。


 続いてニコルのハリケーンアイズが穴に飛び込む。緩やかにカーブしたトンネルを照らすオレンジ色の照明が、時速五〇〇キロメートルで後ろへ流れる。しかし、ニコルはその景色を楽しんですらいた。その後にリナルド、そしてマットと続いていく。八機の戦闘機は、次々と岩山の腹の中へと消えて行った。


 この狭隘きょうあいな空間を戦闘機が飛ぶことが、まずあり得ない。この作戦を可能にしたアッセンブルのパイロットたちの技量には疑う余地はないが、しかし問題は狭さだけではなかった。

 ジェットウォッシュ――高温高圧、酸素濃度の低下したジェットエンジンの後流を吸い込めば、後続機のエンジンは充分な燃焼を得られずに失速する。そうでなくとも、チューブ状の空間を戦闘機が通過すれば、予測のつかない気流が生まれてコントロールを失う可能性もある。


 それらを考慮して、各機には二〇〇メートルの間隔が義務付けられたが、それが正解であるという保証はない。一機で挑む事すらも危ういことを、しかも八機で行うという挑戦。いわばこれは、無理を通して道理を引っ込めるという類の難事だった。

 しかし、この危険を冒さなければ、この作戦は成立しない。


《僕、この作戦が終わったら、しばらく操縦桿を握りたくありませんよ》

《そんな事を言うな。終戦記念の展示飛行もある》

《それはまあ、別腹で……》


 空戦とは異なる緊張感の中で、それでも愚痴を言える余裕がマットにはあった。リナルドの言葉に現金な応えが返ると、ネリアがクスリと笑った。


 アルファを抜けて再び空の下を飛んだのも束の間、相変わらず脚を出せば着陸できるような高度を保ちつつ、真正面にあるブラボー・トンネルに突入していく。

 直線ながらも距離が長く、わずかに下っているブラボーを抜け、急激な明度の変化に視界を奪われるのに注意しながら、くねるような下り坂をかすめるように飛ぶ。

 今度は入口から出口へ向って上り坂になるチャーリーを通過すると、そこはもうオルバイン山地の中心部に近い。


 最後の関門となるポイント・デルタの入口では、戦闘を終えた戦車隊の兵たちがアッセンブルの機体を待ち構えていた。


《高速カーブの後はホームストレッチだぜ。クラッシュすんなよ、空軍の》

《ほざくなよ陸軍の。目をつむってたって余裕だ》


 一足先にコーヒーでくつろぐマニングの前を、ニコルの機体が飛び過ぎた。

 サーキットの観覧席よろしく、道のきわの傾斜に座り込んだ戦車兵たちは、ある者は拳を振り上げ、またある者は直立しての敬礼で、味方の最大戦力である空の英雄を見送っている。目前を通過する戦闘機の衝撃を受けて吹き飛ばされ、笑い声を上げている。


 誰もが勝利を信じて疑わない。絶対的な信頼を翼に受けて、七人のパイロットと一機の人工知能は最後の戦場を目指した。

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