#31 Fireworks
アストック共和国の沿岸と内陸部で始まった、デラムロ軍UAVによる文字通りの一斉侵攻。その対応に狂奔する司令部の一角では、エグゼールとアマンダ、基地司令マーロン少将、そして海軍参謀の数名が、額を寄せ合うようにしてデスクを取り囲んでいた。
「友軍は善戦していますが、これだけの圧力を長く支え続けるのは難しいでしょう」
「回廊の方でも状況は似たようなものです」
少佐と中尉の階級章をつけた二人の参謀は、マーロンを、次いでエグゼールの顔を見た。
机上にはナレイ半島とその近海の戦域図が映し出され、確認されている敵編隊と友軍を示すマークがリアルタイムで表示されている。敵の対応に全力出撃を強いられているのはソルベラミ以外の基地でも同様で、早朝から半日足らずの間に早くも兵は疲弊し始めていた。
「敵とて無尽蔵の戦力があるわけでない。いつかは攻撃も止むだろうが……」
「それまで我が軍が持ち堪えられる保証はありません」
参謀に希望的観測を封じられて、マーロンは唸ることしかできない。
しかし彼らは、ただ手を拱いている訳ではなかった。
「参謀本部の分析が出ました。カーシャ沖、西一二〇キロメートルの海域が最有力です」
航続距離の面から考えても、敵機の全てがデラムロ領内から飛来しているとは考えられない。となれば、必ずどこかに空母ないしはそれに類する母艦機能を持つ何かがある。
アマンダが指した海域は、複雑な海底地形と穏やかな潮流のために、普段は豊かな漁場として知られている。水深も充分にあるその海域は、つまり潜水艦の隠れ家として理想的な場所だった。
敵の捕捉ポイントと進行方向。それらのデータからそれを導き出す。さらに言えば哨戒網に敢えて穴を作り、そこを敵に突かせる形で所在の特定を容易にする工作は、敵の襲来以前から仕掛けられていた。
「では、そろそろ刈り取るか。少将、対潜哨戒機を出してソノブイの檻を作って下さい。曲者狩りは我が隊にお任せを」
エグゼールの要請を受けたマーロンが頷く。何処からともなく現れる敵機への場当たり的な対応には参加せず、その本拠地を叩くのが、アッセンブルの役目だった。
同じくエグゼールの指示を受けたアマンダは、待ちくたびれているであろう仲間の待つ待機室へ連絡を入れる。それに応じるニコルの声は、お預けを食らっていた猟犬のように踊っていた。
「出番よ。全機、対潜水艦装備」
「待ってました、今夜の晩飯は鯨肉だ」
※
《シーランタン、ソノブイ投下》
薄雲の隙間から差し込む弱々しい陽に照らされ、穏やかにうねる群青色の水面に、双発のターボプロップ機が白い物体を投下していく。
ソノブイ――海中に音波を発し、その反射で潜水艦を探し当てる浮きが、広く海域を取り囲むように配置される。
アクティブソナーが放つ探信音波が海中を走った。哨戒機に搭載された人工知能が、その反射から水中の様子を映像化すると、それを見たニコルは小さく口笛を吹いた。
《一隻や二隻じゃないと思っていたが、大物が五隻に小物が二隻か》
《各機、敵が逃げ出す前にケリをつけろ》
海中の音を拾うパッシブソナーと異なり、アクティブソナーの探信音は、潜水艦の外装をハンマーのように殴りつける。当然、こちらが相手を発見すれば、発見された方にもそれがわかる。
そうなれば、隠密行動が本領である潜水艦は逃げ出すのが定石だ。しかし、エグゼールの予想に反して三隻の艦がその場に踏み止まった。
《奴さんたち、どうやらやる気だな》
《仲間を逃がすその根性は買うけど、逃がさないわよ》
ヘックスとネリアの分隊が先頭を取った。リナルド・マット隊とマーフィ・フランク隊がその左右につき、高度を下げて攻撃体勢に入る。
ニコルとジャグは、敵の航空機を警戒して高度を取った。
《敵潜、浮上!》
対潜哨戒機シーランタンの無線と同時に、二箇所の水面が小山のように盛り上がる。水柱を上げて海面に姿を現したのは、黒い細身の船体だった。
機動力に優れる二隻の攻撃型潜水艦が、その艦首に備えた発射管からミサイルを発射した。
《回避しろ!》
リナルドの声に反応して散開したマットとヘックス、ネリアの四機はフレアをばら撒き、ミサイルを振り切ろうと加速を始める。
《まどろっこしい》
しかし、マーフィーとフランクのバラクータは、ミサイルへ向かって加速した。
海面を這うようにして飛ぶ二機の後を、蹴立てられた白波が追う。それは、正面から向かってくるミサイルとのチキンレースだった。
《FOX3》
マーフィとフランクは、射程に入ると同時に翼下の対潜ミサイルを切り離し、フレアを放出しながら機体を浮かせた。
レーダー誘導から赤外線追尾に切り替わったミサイルは、高熱を発する囮を追って海面に突き刺さった。
一方の対潜ミサイルはブースターを切り離し、着水した短魚雷が一直線に潜水艦へ向かう。
命中した。艦の真下に潜り込んだ魚雷が炸裂すると、強力な衝撃波が海面を白く波立たせた。遮音ゴムに覆われた黒い腹を突き上げられ、圧し曲げられた二隻の潜水艦は、大量の気泡を噴き出しながら沈んでいった。
《敵潜水艦撃沈!》
《グッキル! しっかし、見ているこっちがヒヤヒヤする》
《お前にさんにだけは言われたくないね》
称賛の言葉と共にニコルが笑った。
刃の上を渡るような賭けを成功させたマーフィーとフランクも、声を上げて笑っている。
それを見ていたシーランタンの乗組員は「こいつら、どうかしてる」と首を振った。
沈む二隻と入れ替わるように浮上した大型潜水艦が、その甲板を展開した。
弾道ミサイルの格納部を改造した射出機と、サメの歯のように収納されたUAVが、今朝の共和国を忙殺した同時多発攻撃の正体だった。
《お次はそちらの出番だ》
《ったく、俺もたまにはトンボじゃなくてクジラの相手がしたいぜ》
ミサイルを手放して身軽になったマーフィとチェイニーが進路を変えると、潜水艦から射出された二〇機のドラゴンフライがそれを追う。
そこに、上空で手ぐすねを引いていたニコルとジャグは襲い掛かった。
《ジャグ、やれ》
《シーカーオープン。攻撃開始》
モニターの中、味方機に追い縋ろうとする全ての標的をマーカーが捉える。
左右の翼に装備されたアーマーポッドがマシンガンのような連射でミサイルを打ち出し、発射口の脇に開くスリットが白い煙を噴き出した。
射程距離は短いが小回りが利く小型空対空ミサイルが、一機の敵に対して数発で群がり追い回す。得意の超機動を封殺して、二〇機のUAVを一瞬にして葬ったジャグは、撃ち尽くしたポッドをパージした。
《凄いなそれ、俺にも使わせろよ》
《オマエの頭じゃ無理だ》
《ああ、そうかい……》
敵機の掃除が終わると、退避していたアッセンブルの各機は再度の攻撃体勢に入った。
時間稼ぎのUAVを失った大型潜水艦は再潜航を試みたが、リナルドの魚雷を受けて先の二隻と同じ末路を辿った。
そして、広範囲にバラ撒かれたソノブイは、真っ先に逃げ出した残る四隻も捕捉し続けている。ヘックスとネリア、リナルドとマットが発射した対潜ミサイル――魚雷が、酸素推進の水泡を残しながらその後を追う。
既にロックオンされた以上は潜水艦が得意とする欺瞞行動も役に立たず、魚雷の探知を騙す囮も通用しなかった。鈍重な潜水艦の至近で水中爆発が起こると、白い飛沫が水面に四つの円を描き、次いで巨大な水柱が立ち上がった。
《敵潜、全ての撃沈を確認!》
シーランタンからの通信を受けて、ソルベラミ基地の司令室に歓声が弾けた。
※
それに最初に気づき警告を発したのは、当然というべきかジャグだった。
《回避! 回避!》
レーダーの範囲外から飛来する飛翔体は識別信号もなく、戦闘機ともミサイルとも異なる物体のその速度は音速の一〇倍に近い。状況を説明している時間は無かった。
「くそ!」
ニコルが叫んだ次の瞬間、飛来した大型の弾頭が弾けた。打ち上げ花火のように拡がった無数のミサイルに襲われて、アッセンブルの八機も飛び散るように散開する。
しかし、雨あられと降り注ぐミサイルからの回避は、純粋な運に委ねられた。
《フランク!》
マーフィーが叫ぶと同時に、フランクの機体が爆発した。空中で四散し、射出座席を使用する間も無かった。
急回避のGに掠れた声で、妻子の名を叫ぼうとして、言い切れぬ間にヘックスが死んだ。機体は海辺の街の上を飛び過ぎ、斜面の木々を薙ぎ倒して燃え上がった。
《事前情報にあった極超音速ミサイル“クラウドブレイカー”だ。レーダーを地形追随飛行モードに。来るのがわかってからじゃ回避できん!》
ジャグの言葉に従い、残る全機がギリギリまで下降する。
クラウドブレイカー――超高速で飛来する大型の飛翔体そのものがミサイルランチャーであり、目的の上空で一二〇発のミサイルを全方位に向けて撒き散らすデラムロ王国の新兵器。それがこの攻撃の正体だった。
その兵器の情報は、既に情報部から報告されていた。しかし、知っていれば対処できるようなものではなかった。
幸運にもそれを躱せたのは、旋回をせず地面へ向けてダイブした者だけだった。
《畜生!》というニコルの罵声に応じる者はいなかった。
リナルドとマットは黙りこくり、ネリアの荒い息遣いと義弟を失ったマーフィーの噛み殺した嗚咽だけが聞こえる。
アッセンブルの生き残りは、基地へ向って地を這うように飛んだ。
※
ソルベラミの司令室では、被害を報告する通信が渦を巻くようだった。だが、報告が入ればましな方で、交信する間もなく消息を断った隊もかなりの数に及んでいる。
戦域全体をカバーするレーダー画面から、友軍を示すマーカーがひとつ、またひとつと消える度に、壁面で各飛行隊の状態を表示しているフライトインフォメーションボードの表示は、次々と「LOST」の文字に変わっていった。
「これは……何だ、大佐」
マーロン少将の顔は汗塗れだった。
領空内のあちこちに現れた敵UAVを迎撃するため、ソルベラミもそれ以外の基地も、全力出撃に近い状態だった。そのほとんどが全てが、一瞬の内に撃墜されたのだ。
突然に飛来した敵の極超音速兵器の数は五四機。それによって失われたアストック軍の航空機は、有人無人を合わせて二〇〇機に近い。
その状況で眉ひとつ動かさないエグゼールを見て、マーロンはその神経を疑った。
「クラウドブレイカーです。どうやら、ランバージャックが動きましたね」
緒戦でレーダー網と衛星を破壊され、目隠しをされたアストック軍に音速の十倍で飛来するミサイルを防ぐ手段はない。
しかし、だからといって、侵入してくるUAVを放置する事もできない。
マーロンは乾いた喉を潤すためにコーヒーを口に含んだが、何の味も感じなかった。
「これでは我が軍は……」
負ける、という言葉をマーロンは呑み込んだ。指揮官が、部下の見ている前で口にして良い言葉では無かった。
「いいえ少将。これは我々が対処します。所定の準備を進めて頂きたい」
「……わかった」
そう言って、エグゼールは平然としている。
やはり、この男はどこかのネジが外れているのではないか。そう訝るマーロンに向って、ゆるりと敬礼をして見せた空軍大佐は、副官を伴って司令室を後にした。
※
基地の廊下は、急ぎ足で行き交う士官や兵でごった返していた。
墜落機の捜索をすべきか否か。この基地への直接攻撃があればどうするのか。様々な部署が報告を携え、指示を求めて司令室へ出入りを繰り返すたび、切迫した声が響いている。
「どのように、いたしますか……」
人の流れを避けてリノリウム張りの通路の端を進みながらアマンダが声をかけると、エグゼールは、歩みを止めず顔だけを向けた。
「ランバージャックが叩ける位置に来るまでは待機になる」
アストック軍はクラウドブレイカーを警戒して迎撃機を上げられなくなる。
既存の地対空ミサイルが通用しない以上、敵のUAVに対してはこちらもUAVを向かわせるしかないが、量産が始まったばかりで未だ少数のスティングレイのみで敵の攻撃の全てに対処するのは難しい。軍事施設への被害には、ある程度目を瞑る必要があるだろう。
「我々にとっては幸運なことに、東から足の低気圧が近づいている。その間は敵も動けないはずだ」
「いえ……ヘックス・プレニスター大尉とフランク・ザンダー大尉の事です」
アマンダの言葉に、エグゼールが足を止めた。ほんの一瞬だけ呆けたように副官の目を見ると「そちらは、君に任せる」と呟いて、また歩き出した。
当然だ。戦死した者や、仲間を失った部下の事ではなく、作戦の成否に心を砕くのが司令官の務めだ。そう自分に言い聞かせるアマンダは、ぐっと奥歯を噛みしめた。




