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#30 スティングレイ

「巡視艇シージャより入電。外房ラミル市の沖合にて所属不明機アンノウンを確認」

「岬方面にいるラケルダ隊を向かわせろ。グリーディ隊を上げて援護だ」

無理を言うな(ネガティブ)。こちらは補給が終わっていない。メシもまだだ!》

「補給が済み次第上がれ。メシは仕事のあとだ」

《クソッタレ、サー!》


 次々と入ってくる報告に、インカムをつけたオペレーターの声は緊迫している。マーロンが飛ばした指示に悪態をつくパイロットも、今日はこれで三度目の出撃だ。


 誰もが予測した通りに、デラムロ軍は一斉に動き始めた。

 ナレイ半島の西――デラムロ王国のある方向からは無数のUAVが飛来し、ロミナ回廊の国境付近では、盛んに現れる偵察機と迎撃機との間に戦闘が多発している。

 沿岸に配備されたレーダー網と、その隙間を埋める沿岸警備やパトロール機からは、領空に侵入してくる敵機の報告が次々に上がり、その対応に追われるソルベラミ基地の司令室は多忙を極めていた。



《ラケルダ・リーダーよりHQ。不明機は予想通りの空戦型ドラゴンフライが三と偵察型メガネトンボだ。交戦許可を》

全武装使用許可ウェポンズフリー。直ちに排除せよ》


 半島の外房沖。南南西から東北東へ向かう進路で、四機のUAVが低空を滑るように侵入してくる。司令部の指示を受けた海軍飛行隊ラケルダ小隊は、直ちに戦闘態勢に入った。


《リーダーよりスティングレイ03、04。戦闘開始》

《33》

《44》


 人間のパイロットとの誤認を避けるために、敢えて機械的に設定された音声。指示を了解し、自らの機体番号を重ねて復唱した二機の小型全翼機が、速度を増して敵に向かった。


 試作機“ジャガーノート”が上げた規格外の戦果と、パイロットとの連携戦闘。それを評価したアストック軍総合作戦本部は、航空戦術ロボット計画の開発による量産型UAV“スティングレイ”の制式採用を決定。二機の有人機に対して二機のスティングレイの四機編隊での運用は、つい先日から開始されていた。


 山と海に挟まれた海岸沿いの街に、空襲警報のサイレンが鳴る。

 敵が来るとわかっていても生活を捨てられない住民たちは、地下階のあるビルや立体駐車場など、あらかじめ指定された頑丈な建物に詰めかける。

 母親に抱かれた子供が「ママ」と指差すその先で、空中戦が始まった。


《市街地が近い。接近しないよう留意しろ》


 リーダーの言葉に再び復唱した二機が二手に別れた。

 敵編隊の進路は市街地へ向いている。その正面を編隊長と僚機のスティレットが塞ぐと、左右の上方から攻め手(オフェンス)のスティングレイが襲いかかる。

 ジャグの戦術を継承しているスティングレイの戦闘AIは、目標の挙動を予測して先の先を取る。照射されたレーダー波を避けるように敵機が動くと、急旋回で散開しようとするその矢先に四発のミサイルが炸裂した。


《敵機撃墜。周囲に敵影ナシ》

《ラケルダよりHQ。敵機四機をスプラッシュ。指示を乞う》


 燃える破片が波間に落ちると、海鳥の群れが舞い上がる。それを見ながら、編隊を組み直したラケルダ隊の四機が機首を上げた。


《思ったよりもやるじゃないか。流石はあの(・・)シエラオスカーのコピーだ》

《これでジョークのひとつも言ってくれれば、完璧なんですけどね》


 編隊長の言葉に僚機が笑って応えた。

 指示した目標を攻撃させても、有人機の背後を守らせても、ほぼ完璧に仕事をこなしてみせる。その能力の高さに舌を巻いたパイロットたちは、頼もしい味方の登場を喜んでいた。



「他の部隊は忙しそうにしているが、俺たちは飛ばないのか」


 アッセンブルの待機室で、ニコルは大きな欠伸をした。

 今朝からのソルベラミ基地は着陸と離陸が引っ切り無しに行われて、滑走路とそれに繋がる誘導路は路面が休む暇もない。補給に忙しい整備員たちの声はここには届かないが、駆けずり回るその姿だけは窓の向こうに見えていた。


「いつもながら嫌になるが、俺らの出番はヤバいのが現れた時だろ。遺書は書いたか?」

「そういうお前も、リサイクルチケットは用意しとけよ?」


 ジャグとニコルの不謹慎ぶりに、ネリアは思わず吹き出した。

 いまこの瞬間に、命を落とす味方がいるかも知れない。敵の大攻勢に直面している時に、話すような内容ではない。

 しかし、ニコルほどでは無いにせよ、待機に暇を持て余したパイロットたちは、次々とその不適切な話題に乗った。


「ニコルの墓碑銘は“野蛮人ここに眠る”で決まりよね」

「“仏頂面”も捨て難い」

「ハッ、そう簡単に俺がくたばるかよ」


 笑うネリアとヘックスに、ニコルは目をすがめてみせる。


「僕は短く“女性の敵”で良いと思いますよ」

「黙れ。お前は童貞のまま死ぬがいい」

「サイテーだこのヒト。酷すぎる」


 軽い気持ちで絡んだマットが、ニコルの暴言に仰け反った。リナルドが野太い声を上げて笑い、マーフィーとフランクは、声も無く笑っている。

 憤然とするニコルに「どうだ分かったか」とジャグが笑う。


「ほらな、墓碑銘は他人が勝手に書くんだ。自分の好きに書けるのは遺書だけだぞ」

 

 蹴飛ばすように脚を組んだニコルが聞えよがしに舌打ちをすると、黒い筒の一点が赤く瞬く。


「ほんと、お前は空戦よりも口の方が達者だな」

「こんな相棒が欲しかったんだろ?」

「こんなはずじゃなかったとは思ってるよ」


 ああ言えばこう言い返してくる、口の減らない人工知能を教育した張本人が閉口すると、待機室のスピーカーが出撃準備のブザーを鳴らした。

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