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#27 ウェルカム・パーティー

 アッセンブルの隊員のみによるブリーフィングが行われたあと、ソルベラミ基地の士官食堂でささやかなパーティが催された。

 テーブルやソファーが壁際に寄せられた士官用のホールには、この基地に所属するパイロットや通信、整備の主だった士官が揃っている。


 空軍と海軍の違いはあっても、同じ空で戦うパイロット同士であり、またその運用に携わるスタッフだ。同じ滑走路から飛び立ち、同じ釜の飯を食う仲として円滑な関係を築くために、基地司令のマーロン少将は訓示を述べていた。


「開戦より二年を経て、戦況の好転を見たのも束の間、この後には敵の大規模侵攻が予想されている。この期に及んでは海軍と空軍、そして陸軍の垣根もなく、祖国の興廃は掛かって我らの双肩にあると認識して欲しい」


 海兵らしく髪をマリーンカットにした筋骨逞しい五十代の基地司令は、元は艦載機パイロットとしてキャリアを重ねた男だ。アッセンブルの活躍に対して好意的な彼は、ソルベラミにその司令部が置かれる事を大いに喜んでいた。


「それでは私は失礼しよう。上官が居座っていては、若い者が盛り上がれないからな」


 物分りの良さを発揮してスピーチを短く収めたマーロンは一同に敬礼を施し、答礼を受けてホールを出て行く。あまり羽目を外すなよ、と一言残して、エグゼールもそれに続いた。



 壁際の一角に立つニコルは、クーラーボックスに詰まった氷の中からライトビールの瓶を抜き取り、栓を抜いて一気にあおった。

 五〇人程度の士官が集るホールには、あちこちに人集りが出来ていて、最年長のリナルドなどは若いパイロットに囲まれて体験談や戦術に関するアドバイスを求められている。他のメンバーも似たようなもので、女性士官のグループに対してアプローチを成功させたマットなどは、特に上機嫌だった。


 噂に名高いトップエース――ニコルの周囲にも、最初は人が集まった。だが、しつこく握手やサインを強請られたニコルの目つきが険しくなると、潮が引くように去っていった。


「もう少し愛想良くしたらどうなの?」

「そっちこそ、お友達でも作ってきたらどうだ」

「間に合ってる」


 ネリアがそのニコルの隣にやって来て、クリームチーズの乗ったクラッカーをかじった。

 そこへさらに、人見知りのベルベットが「避難させてください」と寄ってくる。その小脇に抱えられたジャグは「連中、オレをペットロボットか何かと勘違いしていやがる」と憤慨していた。


「あれ、どうなってるんだ?」


 そのニコルが顎で差した先には、反対側の壁際で水割りのグラスを持ったアマンダが所在なさげに立っている。


「マーゴット少佐って、元は海軍だったんでしょう?」

「リラックスしているようには見えませんね」


 ネリアがも二つ目のクラッカーに手を出す。ベルベットは、アップルジュースのグラスを口に運び、それに抱かれたジャグはインジケータを点滅させた。


「確かに、古巣に戻ったって感じには見えないな」


 ニコルは、面白くなそうに鼻を鳴らした。

 空母での運用を前提とした“スティレット”を乗機しているアマンダは海軍航空隊の出身だ。

 そのアマンダに声を掛ける者がいないどころか、周囲に近寄る者すらいないというのは、どう考えても不自然だった。



「久しぶりだな、マーゴット」

「……ニーム」


 アマンダに近づいたのは、海軍の式服を着た数名のパイロットだった。

 先頭に立つ男――ニームと呼ばれる少佐の気安く崩した敬礼に律儀な礼を返す。そのアマンダの顔が緊張するのを、ニコルは見逃さなかった。


「母艦も、指揮すべき隊も無くしたお前が、今やエース部隊の副隊長さまか。出世したな」


 聞えよがしの声量での直截ちょくせつ的な物言いに、その場の空気が凍りついた。

 談笑は途絶え、一時停止をされたように室内の者の動きが止まった。

 直立してニームを見返すアマンダの目には、普段の怜悧れいりさは微塵みじんも感じられない。目を逸らさずにいるのが精一杯という風に、ただニームの言葉を受け止めている。


「リーリングが沈んでから、俺ら海軍のパイロットは冷や飯食らいだ」



 アストック共和国がデラムロ王国に対して軍事行動に出る事を決定し、空母“ロード・リーリング”を中心とする空母打撃群は出撃態勢を整えつつあった。

 まだ西の空に星が残る早朝。オルバイン山地占拠に対する経済制裁の一環として、共和国からの退去を命じられたデラムロ船籍の商用船舶。それらの残していったコンテナの蓋が開き、中から一斉にUAVが射出された。


 湾内に空襲警報が鳴り響く。

 集結していた巡洋艦や駆逐艦が垂直発射装置(VLS)の蓋を開き、対空ミサイルの白煙を無数に立ち上げる。

 朝日に輝く海面の上、わずか数メートルを掠めるように飛ぶUAVの群れは嘲笑あざわらうように身を翻し、的を外したミサイルが立てる水柱を尻目に艦隊の懐へ飛び込んでいく。

 影のように水面を疾走るその数、わずか二〇機足らず。たったそれだけの無人機によって、共和国の誇る機動艦隊は良いように翻弄ほんろうされた。


 UAVが至近距離から放った対艦ミサイルが、ガトリング砲(CIWS)による近接防御をい潜って喫水きっすい線の付近に炸裂する。

 爆発とともに船が傾き、ダメージコントロールの怒号が飛び交う。

 交錯する命令と報告、悲鳴と絶叫に通信回線は混乱を極めた。港の中で密集して思うように動けぬまま、指揮系統の機能しない艦隊は、いとも容易く蹂躙じゅうりんされていった。


 その中でも特に集中攻撃を受けたのが、共和国海軍が保有する唯一の航空母艦“ロード・リーリング”だった。

 四発ものミサイルを腹に受けた巨大な船体が、破壊と浸水によってよじれて悲鳴を上げる。その断末魔の飛行甲板からアマンダの率いる小隊は辛うじて発艦した。

 黒煙の中に母艦が沈むのを横目に、四機のスティレットは奮戦した。だが、初めて目にする無人機の機動力の前に、一機また一機と撃墜されていった。


 もやいも解かれぬまま、ミサイル巡洋艦が桟橋にもたれ掛かるように沈む。

 いかりを巻き上げながら走り始めた艦が、ミサイルを回避しようと転舵した艦に衝突する。

 甲板から転げ落ちた水兵たちは、救命ボートに引き上げられるが、艦から漏れて水面に燃え拡がった重油の炎がそれを飲み込んだ。


 戦争の善悪や意義は置くとして、厳しい訓練を重ねてきた水兵たちは、洋上で己の技能を発揮することを期待していた。恐れ緊張しながらも、その日が来るのを待っていた。

 しかし、その期待は最悪の形で裏切られ、渦巻く煙が全てを黒く染め上げた。


 敵を一撃で粉砕する奇襲攻撃。基地へ戻る必要のないUAVは、機密保持のために役目を終えると次々に生き残った艦へと体当たり――自爆攻撃を仕掛けていく。

 擱座かくざした味方艦の間を縫い、港の外へ逃れようとする駆逐艦にUAVが向う。

 部下を失い、ただ一機だけ生き残ったアマンダがそれを追う。

 照準に捉え、最後に残ったミサイルのトリガーを引く。

 だが、ミサイルは飛ばなかった。

 混乱を極める発艦作業のなか、空母の発艦要員はそのミサイルの安全タグを抜くのを忘れていた。

 UAVの体当たりを横腹に受けた駆逐艦が、爆発と共に沈んでいく。その姿を、アマンダは呆然と眺める事しかできなかった。

すぐに読んでくれた方、ゴメンナサイ!

うっかり1話飛ばして投稿してしまったので、話が繋がらないと思った方は「配置転換」に戻ってお読みください

m(_ _)m

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