#21 Juggernaut――ジャガーノート
ブリーフィングを終えた午後。
再びエグゼールからの呼集を受けたアッセンブルのメンバーと第五七飛行隊、そしてキルシュを始めとするスカイ・ギャンビットの乗組員たちは、滑走路の脇に並ぶ格納庫の前に呼び出された。
「ジャグん家じゃないか」
ニコルがジャグん家、またはベルベットん家と呼ぶその格納庫は、小銃を構えた警備兵が二四時間体制でその通行を監視し、限られた者しか出入りを許されない区画だった。
普段はジャグの出撃と帰還の際に、僅かの間しか開かない開かずの格納庫。それが、今は大きく開け放たれている。
「呼び立てて済まない」
西からの強い日差しが逆光になって、薄暗い内部は見通せない。そこから現れた三つのシルエットは、エグゼールとアマンダ、そしてベルベットだった。
「先ほど説明した作戦における、我々の切り札を紹介しておこうと思う」
牽引車に引かれて機体が出てくる。その異形を目の当たりにして、その場に集められた者は言葉を失った。
その様子に満足気なエグゼールの顔と、誇らしげに胸を反らせるベルベットを見て、アマンダは長く密かにため息をついた。
「なんだこりゃ……」
「これ、本当に飛べるの?」
リナルドが唸り、腕を組んだネリアが首を傾げる。他のパイロットたちがざわめくのを見て、ベルベットは頬を膨らませた。
「カッコイイじゃないか」
「そうでしょう、そうでしょう」
ほうと感心するニコルの言葉に、喜色を浮かべたベルベットは然もありなんと頷いた。
「これは、アストック空軍に次期制式採用が決定している制空戦闘機“ストームチェイサー”をベースとして、人工知能による運用を前提に再設計を行った本来の意味でのジャグ専用機です。有人機のコックピットにAIを据え付けただけのこれまでと、このNFX−23−3ADV、通称”ハリケーンアイズ“は全くの別物ですよ」
まず、風防が装甲されている。一般に戦闘機の風防は透明度の高いポリカーボネート製だが、肉眼を持たないジャグにそれは必要ない。装甲されたコックピットの中央には眼の役割を果たす複合センサーユニットが顔を覗かせ、機首だけでなく機体各所に配置されたそれらによって、全天候下での全周囲監視が可能となる。
そして、機首方向に傾斜した前進翼に装備されたユニットが、この機体の真骨頂だ。
全長約一九メートルの機体に対して、八メートルほどの外部ユニットを左右の翼の上下に装備したその姿は、既存の航空機に類を見ない、一種「異様な」シルエットを機体に与えている。
燃料増加による継戦能力の向上と推力アップを機能とする“ブースターパック”と、短AAMポッドを搭載した“アーマーパック”、そして索敵および通信の補助と電波撹乱によるEMP攻撃を可能とする“電子戦パック”と、自身が無人機として独立飛行をする事が可能な“ドローンパック”。
この四種の追加装備を目的に応じて換装し、ひとつの戦場の趨勢に単機が与える影響を最大化する。
「これが航空戦術ロボットシステムの設計コンセプトの完成形です」
「これ、俺の機にも付けてくれ」
「付きません」
ニコルの言葉を即座に却下したベルベットの説明は続く。
「その空力特性上、主翼の基部にかかる強い負荷が前進翼機の抱える課題でした。その問題を増加はすれども解消はしないこれらの装備を使うために、機体そのものに関しても大幅な改修が施されています」
フレーム素材の変更とそれに伴う翼周りのセミモノコック構造を設計から見直し、ブースターユニットの能力に合わせて機体のエンジンを新開発の“ガルーダMark9”に換装。マッハ三・二の最高速度と最大一五Gの旋回性能を実現した。
「航空電子工学の粋を究めたこの機体は、もはや人類に扱える代物ではありません」
「よくやったな、ベルベット」
「やりましたとも」
機体の外部スピーカーからジャグが褒めると、ベルベットは得意になって胸を張る。途中で腰を折られそうになりながらも、長口上をやり遂げたその頬は、興奮と高揚に染まっていた。
「俺もコレがいい。俺に乗らせろ」
「ダメです。いくらニコルさんが人間離れしてるといっても、ムリなものはムリなんです。第一、外が見えないのに飛べる筈がないでしょ!」
「目隠ししたってそこいらのパイロットよりは上手く飛べる」
「ニコル、いい歳をして駄々をこねるな。俺のお古で我慢しろ」
「うるさいぞジャグ。俺より弱いクセに」
「なんだ、また勝負するか?」
「ほう、バージョンアップして態度までデカくなったのか……?」
さらに何かを言い募ろうとして、ニコルがピタリと停止した。
クリップボードを抱いてこちらを睨むベルベットの頭上、スカイブルーを基調として同系色のドットを散らした低視認迷彩。その機首の側面にある、パイロット名の表示を無言で見詰める。
「じゃっ……げる、なうと?」
「――ッ!」
初見の単語を読み上げる、間の抜けた片言とそれに相応しいニコルの顔に、それまで眉ひとつ動かさずにいたアマンダが思わず噴き出した。
「Juggernaut――ジャガーノートと読むんだ」
「何だそれは?」
「勘弁しろよ相棒。知らなかったか? それがオレの正式名称だ」
その言葉の意味するところは、抑止不能の圧倒的な破壊力――ジャグの説明を聞いて、ポカンとしていたニコルが吹き出した。
「水筒だからジャグなのかと思ったが、そんな御大層な名前だったとはな」
「ちょっと、馬鹿にしてませんか!?」
「馬鹿にはしてない。だが『圧倒的破壊力』とは大きく出たと思ってな」
「大袈裟かどうかは、じきにわかるさ」
そこで、唐突にサイレンが鳴った。
「当基地に接近する敵機を確認。機数は五、長距離タイプの偵察型UAVと思われる」
その場の全員が、命令を求めて司令官を見た。
「新型機の肩慣らしには丁度いい。そうだろ?」
「相手としては不足だが、贅沢は言わねえよ」
ニコルの軽口にジャグが乗ると、一人と一機に向かってエグゼールが軽く頷く。
「良かろう。バンクロイドおよびジャグは直ちに発進。敵の偵察を阻止しろ」
格納庫から伸びたチューブが機体に接続される。コンプレッサーが始動すると、新たなジャグの機体“ハリケーンアイズ”のエンジンが唸りを上げる。
「まわせー!」
ニコルの合図を受けて、彼の新たな愛機となったストームチェイサーに火が入る。機銃に繋がれたベルトが猛烈な勢いで弾丸の列を送り込み、装着されたミサイルの安全タグが外される。
装具を身に付けたニコルが微かにオゾン臭のするコックピットに乗り込む頃には、僚機は一足先に誘導路を進んでいた。
《せっかちだな。慣らしで新しいオモチャを壊すなよ》
《流石だね。自分からミサイルに突っ込むお方の言葉は重みが違う》
《空戦よりも皮肉の方が達者だな》
《お陰さまで》
管制塔からの離陸許可を受けるや否や、ニコルとジャグが走り始める。
シートに身体が押し付けられる。脚が地面を離れる速さがバラクーダとは段違いに早い。浮いた直後に操縦桿を横に倒せば、くるりと横にロールする反応の小気味良さに、ニコルは「いいね」と呟いた。
「さあ、我々も準備に取り掛かるとしよう。敵は間もなくやってくるぞ」
喜び勇んで飛び立っていく二機を見送ると、エグゼールが号令を発した。
「全部隊は直ちに所定の行動準備にかかれ」
全員の敬礼にエグゼールが答礼すると、パイロットは格納庫へ走り、駐機場に鎮座するスカイ・ギャンビットは離陸の準備に取り掛かった。
明日は長い一日になる。傾き始めた太陽を見る兵士たちが一様に感じた予感は、外れる事は無さそうだった。




