#17 シャークサイクロン
《ウソでしょ。たったの一〇機で、こんな……》
早期警戒管制機スカイ・ギャンビットのオペレーター、キルシュ・コーウェンの呟きはマイクに拾われて通信に乗った。
レーダーでは五〇機以上と映った敵機の数は、実際には七〇機。普通ならば、一対一でも手こずる相手だ。二対一なら、撤退しても恥にはならない。
しかし、アッセンブルのメンバーはそのドラゴンフライを相手に、七対一の戦力差をものともしなかった。
戦闘機は五機を墜とせばエースの称号を得る。だがアッセンブルのパイロットは、ダブルやトリプルエースなのが当たり前だった。メンバー中で最低スコアのマットであっても、これまでの撃墜数は四〇近い。
当たり前のパイロットたちではない。しかし、そうと分かっていても、この空戦は常軌を逸していた。
《乱戦も混戦も大歓迎だ》
《つき合う方の身にもなって欲しいね》
敵機の大編隊が視界を埋める。その最も分厚い部分へと突っ込んでいくニコルにジャグが続いた。
二機を一瞬で火球に変える。そのまま離脱をすると見せかけて減速しつつの急旋回で、さらに二機を撃墜した。
他の分隊が一撃離脱で後ろへ抜けると、その場に留まるニコルとジャグに敵が群がる。全天を覆う敵機に囲まれて、しかしニコルは顔色ひとつ変えなかった。
《シエラオスカー09、00、敵に包囲されます。すぐに離脱を!》
《されるものかよ》
操縦桿を引くと、愛機の翼が雲を引く。キルシュの狼狽をニコルは笑い飛ばした。
そのニコルを撃墜しようと敵機が追う。何十と照射される火器管制レーダーを受けて、狂ったように警報が鳴る。
しかし、ニコルを捉えた敵はいなかった。
ドラゴンフライとバラクーダでは、エンジン出力に大きな差がある。真後ろから狙えば引き離され、横から狙えばすぐに射界を外れてしまう。絶妙なスロットルワークと操縦桿捌きで、ニコルは敵の射撃を掻い潜った。
《いい子だ、ついて来い》
大きく描いた弧の反対では、ジャグのストームチェイサーも敵を引き付けている。
ニコルの背後に迫る敵をジャグが墜とす。ジャグの後ろに連なる敵をニコルが喰う。円を描いて戦いながら、互いの背中を守っている。その二機を追うUAVが、蛇のようにとぐろを巻いた。
《ジャグ、無駄玉は撃てないぞ》
《釈迦に説法って知ってるか?》
敵の数が多いのは想定済みだ。弾数の少ないミサイルは、あっという間に弾が切れる。
そう考えたニコルとジャグは、機体にガンポッドを搭載していた。左右翼下の二〇ミリ機関砲は各一〇〇〇発。固定装備の機銃には五〇〇発の残弾がある。とは言え一分間に六〇〇〇発の弾丸を撃ち出す機関砲は、引き金を引けば一〇秒で弾倉が底を突く。
無闇矢鱈と射撃はできない。しかしこの時、ニコルの射撃は冴え渡っていた。
偏差射撃―――高速で移動する敵の行く手を予測して、そこを撃つ。
甲高いモーター音とともに、高速回転する銃身が弾丸を吐き出す。六発に一発の割合で装填された曳光弾が、緩やかな弧を描いて敵機に吸い込まれる。カーボン樹脂の装甲を紙も同然に引き裂いて、大破墜落を量産していく。
《ジャグ、撃墜数の少ない方がランチを奢りだ》
《構わないぜ》
敵を引き連れ、躱しながら、同時に敵を追っている。回避機動をとると同時に、照準に捉えた敵を撃つ。
ニコル機を示す三角形の向う先、敵機のマーカーが次々と消滅していくのを見て、スカイ・ギャンビットのキルシュがポツリとこぼした。
《人間業じゃないわね……》
《相棒はともかく俺は生身だ》
また一機、ニコルの照準に入った敵が銃弾を受けて爆散した。
高速、高Gの旋回を維持しながら、耐Gスーツに下半身を締め付けられながら、回避と攻撃を同時に熟す。それは、驚異の撃墜ペースだった。
空にできたUAVの渦を、反転してきた他のメンバーが削りに掛かる。ニコルとジャグを追う敵機を外から狙い撃つのは、鴨を撃つより容易かった。
《獲物の横取りは行儀が悪いぞ》
《独り占めはマナー違反よ》
ジャグとネリアが応酬する間にも、敵機はみるみる落とされていった。
※
《01より02、我らもご相伴にあずかるとしよう。コードV》
《……02、了解》
地面スレスレを飛んだ“シエラオスカー01”、エグゼールとその僚機である“02”、アマンダが機首を引き上げる。数機のUAVを血祭りに上げながら渦の中心を下から上へと貫くと、エグゼールがアマンダに合図を送った。
《二、一、今!》
バーティカル・キューピッド――垂直上昇した二機が、左右に別れてスモークを吐く。曲技飛行チームの演目でよく目にする巨大なピンクのハートマークが、戦場の空に現れた。
《三番機がいないのが惜しまれる》
本来ならば、ハートの中心を射抜く「矢」を描くところだが、二機でできるのはここまでだった。
二機がタイミングを合わせて急上昇かろ急降下に転じるこの演技は、本来ならば飛行技術に優れたエリートの中のエリートパイロットによって構成される曲技チームが、訓練を重ねて初めて行う高等技だ。
しかも、指揮官であるエグゼールとアマンダは、普段は殆ど操縦桿を握っていない。復唱したアマンダの様子は、事前の打ち合わせがあった事を――アマンダがそれを渋ったのも含めて――示していたが、口頭での打ち合わせのみでできるような技ではない。
それをぶっつけ本番でやってのけたエグゼールとアマンダは、その技量がエース部隊の隊長と副隊長に相応しいことを証明していた。
地上を行く戦車部隊が唖然として空を見上げる。呑気なハートの内側では敵機の爆発が連続し、その破片がバラバラと舞い落ちている。
高空から監視するスカイ・ギャンビットが呆然とそれを眺める。空を埋め尽くした七〇の敵機は、接敵からわずか二〇分で半数以下に減っていた。
《おいおい、指揮官と副官ともあろう者が不真面目にもほどがある》
《不真面目というか、常軌を逸してるわね》
相変わらず敵機と追いつ追われつのニコルが非難の声を上げると、オープン回線の中で笑いが起こった。思わずといったギャンビットの発言に誰もが頷いた。
《部下が必死こいて戦っている最中にお絵描きとは。イチャつきたいなら他所でやってくれ!》
《イチャついてない!》
ジャグの苦情にアマンダが言い返す。
合流を果たしたエグゼールとアマンダは、再び渦の中へと躍り込んだ。ニコルとジャグがさらに渦を掻き回すと、他の分隊が外からそれを削り落とした。
「どうして私がこんな事を……」
俊敏に機動するエグゼールを援護しながら、口の中でアマンダが呟く。
銃弾を一発貰えば命がない。ミサイルを食らえば死体も残らず爆散する。死と隣り合わせの戦場に、場違い極まるハートマーク。
翌朝、新聞の一面にはその写真が載るのだろう。もしかしたら、自分の名前も出るかも知れない。
アマンダはそれを想像するだけで、また白髪が増えたような気がした。