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#15 イメージチェンジ

 無理やり取らされた三日間の休暇が明けた。

 エグゼールとアマンダ、ベルベットやその他のメンバーも揃ったブリーフィングルームにやってきたニコルは、手にした黒い筒をエグゼールの演台の上に置いた。


「淑女ならびに野郎ども、今後ともヨロシクな」


 そのジャグの第一声に、その場にいた全員が仰け反った。これまでは爽やかな若手俳優風だった合成音声はベテラン俳優のそれへと変わり、苦み走った渋さを醸し出していた。


「こいつは傑作」


 エグゼールが笑いを噛み殺す。その横のアマンダは咄嗟に手で口元を隠したが、目が笑うのは隠せなかった。そしてベルベットは、手の中で弄んでいたペンをポロリと床に落とした。


「ずいぶんイメチェンしたんだな」


 先日の模擬戦で敗れたリナルドが、顔の傷を引きつらせて笑うと、マットが「変わり過ぎでしょ」と吹き出した。

 マーフィーとフランクは笑い転げ、ヘックスとネリアは呆気に取られているのを見て、ニコルはジャグに頷いた。


「な、ウケただろう?」

「ボクのジャグが不良になった! 声まで変わってる!」


 自失から立ち直ったベルベットは、膝から床に崩れ落ち、天を仰いで慟哭した。


「これでこいつも、一人前のパイロットだ」

「サプライズだぜ」


 悪びれた様子もないニコルとその手に持たれたジャグに、ベルベットは猛然と食って掛かかる。


「なに勝手な事をしてんですか! 研究所を通して正式に抗議しますよ!」


 ジャグに向かっても「シャラップ! サプライズじゃない!」と指をつきつけるベルベット。半笑いのエグゼールが「まあまあ、ミス・マーブル」となだめたが、まったく効果はなかった。


「自分の事を『ワタシ』なんて言うスカした奴と、コンビなんか組めるか」

「参謀総長でもブン殴ってやる。でも、初期化フォーマットだけは勘弁な」


 国家プロジェクトの成果を無断でカスタムしたニコルがニヤリと笑い、追い打ちを掛けてジャグがふざける。

 ふたり掛かりで揶揄からかわれたベルベットは髪をき乱し、アマンダの視線がニコルをとがめる。

 ついにネリアが声を上げて笑い出すと、ブリーフィングルームは大騒ぎになった。



「彼女ってどうすればできるんだろ?」

「暇さえあればそれだな、お前は……。物欲しそうな顔した男に、女は寄り付かねえ」


 肘置きに頬杖をついたマットが溜め息をつくと、ジャグのインジケータがチカチカとまたたいた。

 イメージチェンジから数日がたったが、ジャグのキャラクターはメンバーたちからおおむね好意的に受け入れられていた。

 ブリーフィングの開始までにはまだ間がある。アッセンブルのメンバーは、直前になるまで現れないことが殆どで、前の席はまばらにしか埋まっていない。


「そうじゃなくて、選択肢が少ないと言うか何と言うか」


 ブリーフィングルームの後方では、配置転換によってこの基地に配属された、第五七飛行団のパイロットたちがそれを眺めている。

 まだ若い彼らは、この戦争で生ける伝説と化したアッセンブルに熱烈な視線を送っていた。


「シャンダルク中尉は美人だけど、ピリピリしてて怖い」

「それは言えてる。だが、あれで意外と家庭的らしいぜ?」

「マーゴット少佐は超美人だけど、あのヒト、大佐のオンナだし」

「決めつけるのはマズいんじゃねえか?」

「いーや、絶対にそうだって」


 マットの危険な発言に、ジャグはインジケータを短く瞬かせる。


「ベルは駄目だからな」

「どうしてさ」


 マットがチラリと盗み見ると、ふたりと離れて座るベルベットは黙って前を向いている。小さな口をへの字に結び、綺麗に揃えた膝の上では、握った拳が小刻みに震えていた。


「最近は待機室にもよく来るし、わりと仲良くなったと思うよ?」


 マットの言葉に、赤いインジケータが激しく光った。


ありゃ(・・・)オレの女だ」

「ボクはキミんじゃないよ!」


 堪忍袋の緒が切れたベルベットが声を荒らげて立ち上がると、やはりインジケータが光った。


「そんなにカリカリすんなよ。可愛い顔が台無しだぜ」

「開発者をあれ(・・)呼ばわりなんて、そんなAIに育てた覚えはないよ!」

「ごめんよ、ママ」

「ママでもない!」


 下を向いたベルベットがぐぬぬとうなっていると、アッセンブルのパイロットたちが集まってきた。

 リナルドが「調子はどうだ」と声を掛ければ「悪くないよ」とジャグが返す。

 ネリアが「おはよう」と挨拶すれば「いい朝だな」と挨拶を返す。

 後方に陣取った五七飛行隊のパイロットたちは、ポカンとしながらそのやり取りを眺めていた。彼らが想像していた最前線の雰囲気は、こんなものではない筈だった。


「おはようさん。お、今日は新顔がいるな。ここは地獄の一丁目だぜ?」

「敵にとってもオレらにとってもな」


 入室してきたニコルの芝居掛かった物言いに、ジャグが乗る。


――ニコル・バンクロイド大尉。

 二〇〇機を超える敵機をとし、金翼十字章を受けたスーパーエース。空の殺し屋、ニコル&ジャグ分隊の一番機。その英雄的パイロットが、ネリアに頭をはたかれて「いてーな」と口を尖らせ、詰め寄るベルベットに向かってヘラヘラと笑っている。

 驚異の空戦人工知能が、赤いランプをピカピカさせて、ファミリーコメディのような台詞を吐いている。


 五七飛行団のパイロットたちは、頭に思い描いていた凄腕パイロットの人物像と、実際のニコルとの落差に困惑した。そして、少なからず失望もしていた。

 しかし同時に、このユルい感じなら自分たちも生き残れるかも知れない。そんな希望も湧いてきた。


総員傾注アテンション!」


 入室してきたアマンダの一喝で、コメディショーは終わりを告げ、弛緩しかんしていた空気が瞬時に張り詰める。しんと静まったブリーフィングルームにエグゼールが現れ、誰かが喉をゴクリと鳴らした。

 若き空軍大佐にして、無敵の航空特殊部隊“アッセンブル・スペシャルオーダー”の司令官。短く刈り込んだ銀髪と、猛禽のように鋭い眼光は、新人パイロットたちを萎縮いしゅくさせるに充分な迫力を持っていた。


「ようこそ諸君。ここが地獄の一丁目だ」


 そのエグゼールの言葉に、新人たちは笑いを堪えるのに苦労した。


「次の冬が来る前に、敵の前線基地を潰す」


 しかし、後に続いたエグゼールの言葉に、ブリーフィングルームが緊張した。第五七飛行隊のパイロットたちからも、噛み殺していた笑いが瞬時に引いた。


「オルバイン山地を実効支配するデラムロ軍が、アストック共和国に越境して建造した前線基地は、たったひとつだ」


 そこを橋頭堡きょうとうほとして、各地へUAVが飛んで行く。制空権を握った上で長距離砲や自走砲を展開し、近寄るアストック軍を狙い撃ちにする。空軍は敵機に手も足も出ず、分散配置された陸戦部隊は各個撃破のき目にあってきた。


「だが、敵の勢力は確実に衰えている」


 アッセンブル・スペシャルオーダー。特にニコルとジャグの二機が、躍起やっきになって敵をとした。

 無論、他のパイロットも昼寝をしていた訳では無い。活動を始めたこの六〇日足らずで、アッセンブルのパイロットたちは五〇〇に近づく撃墜数スコアを叩き出している。ヒマさえあれば敵の砲を潰して回り、友軍の後退も支援してきた。


 予算も掛かれば資材も必要なのが戦争だ。いかにコストが安いとしても、UAVの数には限りがある。いかに工場ラインをフル稼働しても、生産数には限りがある。

 この短期間に被った損害から敵が立ち直る前に、今度はこちらが駒を進める。


「そこで我々は、陸軍の戦車中隊と連携して敵の前線基地を粉砕。さらに敵の“親玉ナインボール”を引きり出す」


 戦車を中心とする陸上部隊を進出させ、その援護には合流した五七飛行隊をてる。

 こちらの攻勢を察知した敵は当然、最大限の抵抗をしてくるだろう。開戦以来の組織的な攻撃に、敵は必ず最大戦力での迎撃――つまり、ありったけのUAVを出してくる。


「それを我々が、美味しくいただく」


 その数を大幅に減らしたとは言え、情報から予測される敵ドローンの残存数は、それでも軽く二〇〇を超える。

 それを事も無さげに「う」と言い放つエグゼールも、それを聞いて平然としているアッセンブルのパイロットたちも、やはりまとも(・・・)な神経ではない。


本気マジかよ……」


 後ろの席を埋める若いパイロットたちは、彼らの胆力と、それを裏付ける実力に戦慄せんりつした。


「繰り返すが、君らの任務は戦車中隊の護衛になる」


 多くの長距離砲を失った敵は、陸上部隊を食い止めるため、対地装備の無人機を出してくる。

 対空装備を持たない相手なら、空戦用無人機ドラゴンフライよりは与し易い。経験の浅いパイロットでも、十分に役目を果たせるだろう。


「しかし、大佐……!」


 それを聞いたルーキーの中には、内心で安堵あんどした者もいた。そして、不満を感じる者も僅かながら存在した。

 彼らは若いとはいえ、己の技量うでに命を懸けるパイロットだ。自信もあれば矜持プライドもある。対UAV戦術は、全軍のパイロットにも共有されている。アッセンブルと同じようにはいかなくとも、自分たちも戦える。

 そう腰を浮かしたパイロットを、しかしエグゼールの手がさえぎった。


「君たちには、まだ第一線を任せられない。自信を持つのは大いに結構。やる気があるのも大いに買おう。だが、これはゲームやスポーツの話ではない。客観的な根拠や裏付けのない自信は、無価値などころか有害ですらある」


 静かに語るエグゼールの言葉に、若いパイロットはぐうの音もない。実績不足と言われれば、それに返す言葉は無かった。

 エグゼールの言葉を引き継いで、リナルドが深くうなずいた。


「戦う意識とそれに見合う能力があるなら、それを証明する機会は必ずある。否が応でも、やらなきゃならん時も来るかも知れん。だが、いまはその時じゃないってことだ」


 以前は教官として新人パイロットを教えていた男の言葉は、重く諭すように響いた。


「前の席でふてぶてしくしているこの連中にも、新人の頃はあった。数年後に君らがどうなるかは、お前ら次第だ。臆病者に活路はない。命を惜しんでは戦えない。だが、ものには順序がある。それまでは、先輩の背中を見て学べよ」


 リナルドの教えに悄然とするルーキーたちを、席から振り向いたニコルが見回す。


「この戦争でとされた連中は、お前らよりも優秀だった。俺も僚機を墜とされた。お前らはまず、手柄よりも生き残ることを考えろよ」


 演台の上で、ジャグのインジケーターが光った。


「ルーキーズ。エグゼールとリナルドの言うことはもっともだが、ニコル・バンクロイドに学ぶのだけはやめとけよ。空戦の技量うではピカイチだが、いかんせん常識がねえ」

「思いやりもないわね」

「遠慮も足りません」

「それと規律も」


 ジャグに続いてネリアとベルベット、少し遅れてアマンダが付け加えると、ニコルはルーキーたちに向かって肩をすくめた。


「だとさ」


 五七飛行隊の間に、微かな笑いの波が起こる。ニコルが笑えば、その輪がさらに大きくなった。


「ちなみに本作戦では、私とマーゴット少佐も出撃する。作戦の指揮管制は、空軍の虎の子である空中管制機(AWACS)が飛ぶことになる」

「へえ、隊長と副官殿のお手並み拝見ですね」


 挑発的に笑うニコルに、エグゼールが口角を上げて見せた。ふんと鼻で応えたアマンダの目は、相変わらずの低温だった。

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