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#12 ドローンキラー

 オープン回線チャンネルでの模擬空戦。

 空戦を見世物扱いされるのは気に入らないが、生意気な人工知能にひと泡吹かせるのは悪くない。

 そして同じく生意気なニコル・バンクロイド。

 跳ねっ返りは嫌いじゃないが、誰に牙を剥いたのかは教育してやる必要がある。

 リナルド・ホーク大尉は、そのように考えていた。


 アッセンブルのパイロットの中では最年長の四一歳。飛行時間と戦闘時間の長さは、空軍内でもトップクラス。

 経験あるパイロットが、次々と敵のUAVにとされるなか、それを撃墜し続けて生き残った彼は、敬意をもって「無人機殺し(ドローン・キラー)」の異名で呼ばれていた。


《こちら04。ゴメンナサーイ。やられちゃいました》


 呑気に報告してくる僚機マットに、皮肉のひとつも言ってやりたい。しかし、残念ながら今のリナルドにその余裕は無かった。


 流石は新型、良く動きやがる。


 ジャグの背後を取ったは良いが、リナルドはそれを追跡するのに苦労していた。

 人工知(ジャグ)脳の操るストームチェイサーに搭載された新型エンジン“スーパーレイヴンMark12”は、アフターバーナーの使用なしにマッハ一・五の速度を実現する。音速で空戦をするわけでは無いが、パワーの違いは歴然。減速した後の再加速が段違いに早い。性能に劣るバラクーダMark-Ⅲを操ってそのハンデを補うのは、ベテランのリナルドにとっても骨の折れる作業だった。


《追いつくのも――ッ、ひと苦労だぜ》


 亜音速での高速旋回で、身体に大きな荷重()が掛かる。数百キログラムの重しが頭に伸し掛かり、背骨がきしみ、圧迫された肺から空気が絞り出される。


 そして六Gを超えると、心臓が送り出す血流までもが下へ下へと下がっていく。脳が充分な血液を得られなくなり、視界が暗くなるグレイアウト。完全に視界を失うブラックアウト。さらにそれが悪化すれば、Gロックと呼ばれる意識喪失状態に陥る可能性がある。

 機体と連動した耐Gスーツが、それを阻止するために太腿を締め付ける。慣性と重力を呪いながら、それでもリナルドは操縦桿スティックを引いた。


《もうちょいだ。大人しくしてろよ》


 射程に捉えられれば敵は回避する。機動をすれば速度が下がる。格闘戦ドッグファイトに持ち込めば、こちらにも勝機がある。

 マットがとされたなら、すぐにでもニコルが応援に駆けつけるだろう。しかしそれでも、リナルドに負けるつもりは無かった。

 ジャグとの距離がジリジリと詰まる。間もなくロックオンの射程に捉える。その後は、リナルドの予想通りになるはずだった。



《俺に言わせれば、お前ら(AI)は臆病過ぎるんだ》


 自主的哨戒任務を終えて帰還しながら、唐突にニコルが切り出した。だが、コンビを組んで早くも三週間ほどが経ったジャグは、すでに相棒がそういう男であることを理解していた。


《どういう意味でしょう》


 感情を持たない人工知能に、恐れという概念は無い。それに対して臆病という表現は少しだ。


《お前らが得意な、完璧なタイミングでの全力回避。俺は……恐らくは他の奴らも、それを狙ってる》


 人工知能は賢い。与えられた状況に従って必ず最善の判断を下し、合理的に回避して合理的に反撃してくる。

 だが、そこにつけ込む隙がある。


 音速の一・七倍で飛翔する空対空ミサイルは、赤外線に誘導されて狙った獲物を追尾する。

 UAVはそれを容易たやすくやり過ごす。闘牛士よろしくひらりかわす。

 しかし、相手に読まれないランダム機動をうたってはいても、最適ベストとなれば動きはおのずと限られる。それが機体性能をフル活用した、全力機動だ。    

 それはつまり、ギリギリまで引き付ける度胸がない。綽々(しゃくしゃく)と躱す余裕がないという事にもなる。

 ハッタリの効いた派手な見た目の、人間には真似の出来ない曲芸飛行。しかしその動きは、恐慌パニックに陥った新人ルーキー並みに単調だ。


《だから、臆病》


 物理法則には逆らえない。戦闘機は急に止まれない。いったん機動に入ってしまえば、即座に方向転換というわけにはいかない。機動に遊びやゆとりがなく、常に最善であるがゆえに、読み易い。

 そこがニコルたちパイロットの狙い目だった。横っ飛びにミサイルを躱す、その動きを見てから撃ち墜とす。


 《そこいらのパイロットには無理だろうが、俺たち(・・・)にはそれができる。なら、どうする?》



 リナルドのバラクーダがストームチェイサーを射界に捉えた。ようやく追い詰めた。

 火器管制レーダーの発する電子音は、標的に近づくほどに「ピピピ」と鳴る音の間隔が狭くなり、捕捉ロックオンまで残りわずかなのをしらせている。

 右に跳ねるか、左に飛ぶか。相手がしゃかりきに逃げるのを、リナルドは待っていた。

 二の矢はすでにつがえてある。あのいけ好かない人工知能がミサイルを避けたら、回避する先に弾丸を送り込む。それで決着だ。


 しかし、勝利の予感は裏切られた。用意していた勝利のセリフに、狼狽ろうばいの声が取って代わった。


《どうなってやがる⁉》


 捉えたはずのジャグは、そこにいなかった。

 前方、約八〇〇メートル。レーダー照射を察知したジャグの左旋回は弾かれたような急機動だが、それはリナルドの予測の範囲を超えなかった。

 照準を合わせて、トリガーを引く。

 身に染み付いたそれらの動作は、流れるように一瞬で終わる。

 しかしその一瞬の内に、ジャグはさらに機動を重ねていた。


《バンクロイドの入れ知恵か》


 左に機首を向けて旋回する。無防備な背面を晒していたストームチェイサーは、射撃の直前にさらに左へ動く。

 引ききらずに余裕を残した操縦桿をもう一段引けば、それがリナルドの目には機動が伸びた(・・・)ように見えた。


《くそ!》


 左へ微調整して再度の射撃を試みる。するとジャグは微減速して、するりと照準をやり過ごした。



「いいかジャグ。大袈裟な動きを使わないで、ギリギリでかわせ」


 ジャグの記憶回路メモリーに、トルノの教えが再生される。


「完全回避のための安全マージンを、次の機動のための余力に回せ」


 捕まえたつもりが捕まっていない。としたつもりが墜とせない。こちらの限界を相手に悟らせず、幻惑げんわくして反撃に転じる。

 まあ、お前ら風に言うなら「相手の計算を乱す」ということだ。


お前ら(AI)はどうか知らんが、相手が人間なら、相当カッカするだろうよ」


 そう言ったニコルの顔は、狡猾こうかつな空の狩人ハンターと呼ぶに相応しいものだった。



洒落臭しゃらくせえマネをしやがって》


 イラついたリナルドは、武装を機銃からミサイルに戻した。

 不意の動きに備えて距離を取れば、小手先のテクニックは通用しない。模擬戦ゆえに実際ミサイルが飛ぶ事はないが、命中か否かはコンピューターが判断する。

 機体をひるがえしたジャグは、背面飛行の状態から下向きの宙返り(ループ)に入った。

 上向きの宙返りは、高度を得る代わりに速度を失う。エンジンパワーにおいて優るジャグは、それでも高度を下げて速度を取った。

 翼の先が雲を引き、地面に向かって加速するパワーダイブ。これでリナルドの背後を取り、勝負を決めるつもりだった。


《逃がすか!》


 思惑を察知したリナルドも、ジャグを追って宙返りに入る。

 マイナスG宙返り――機首の上方向への宙返りに対して、機首を下げる形での宙返りは、通常の宙返りに比べてループが大きくなる不利はあるが、ジャグに食らいつくには反転ロールしている暇も惜しかった。


 そして、下方向へのGが血液を足元へ押し下げるならば、マイナスGはそれを頭へ押し上げる。

 脳への血流が低下して起こるブラックアウトに対して、こちらはレッドアウトと呼ばれ、眼球に流れ込む過剰な血液が視界を赤く染める。

 脳にダメージを与えかねない。最悪の場合は卒中の危険すらある。それは、たかが模擬戦で背負うようなリスクではない。

 しかしそれを覚悟の上で、それでもリナルドはジャグを追った。



 パイロットはエリートだ。

 空軍士官学校か民間の大学を卒業して、学位を取得する。八割の者が振るい落とされる難関を突破して、航空戦技アカデミーに入学する。

 座学はもちろん、命の危険を伴う実地訓練は過酷の一言。ここで脱落する者も多い。

 そして、それを乗り越えた者だけが、戦闘機乗り(ファイターパイロット)として超音速の翼を得る。戦場の空を飛ぶ権利を得る。


 他人の役に立ちたいなら、医者にも弁護士にもなれる頭がある。国のためと言うのなら、官僚や政治家という道もある。空を飛びたいと言うのなら、民間企業のパイロットでもいい。

 それだけの能力を持った若者が、他に幾らでもある選択肢を放棄して、戦闘機乗りへの道を選ぶ。


《ふざけやがって……!》


 リナルドは、そんな若者たちを多く見てきた。

 技量うでを買われて教導隊に抜擢され、後輩たちを指導した。己の技術、知見を惜しげもなく伝授した。

 安穏な暮らしを棒に振って、わざわざ苦難の道を選んだ愛すべき馬鹿者ども。技量を上げていく彼らを見て、満足感を覚えていた。


 それが何だ、このざまは。


 高価な戦闘機を操り、それに数倍する予算を掛けて育成されたパイロットが、ラジコンまがいのUAVに撃墜される。

 愛国心もプライドもない大量生産の機械兵器が、我が物顔で戦場の空を支配している。


 そして、それに勝つために、自軍でも空戦AIの育成をするという。無人機対無人機の優劣が、いくさ趨勢すうせいを決めるのだという。

 それが戦争。国と国との利害を賭けた戦いだと言われれば、理解はできる。

 あたら有能な人材を、機械を相手に散らす意味はない。その論理も理解はできる。


《だが、納得はできねえ》


 損耗率そんもうりつという数値の中に埋もれていったパイロットたちの無念は、そんな理屈では晴らせない。

 リナルドの私室には、そんな彼らの写真が飾られている。思い出と呼ぶには生々しい記憶の数々。それと共に、リナルドは飛んでいる。


 毛細血管が破裂した、文字通り血走った目で前方を睨むと、ジャグの背中が見える。

 赤い視界の中で、ヘッドアップディスプレイに表示された高度計の数値が下がり続ける。下二桁は目で追う事もできない。

 ループの下端を過ぎれば、上昇に転じる相手の機体は速度が下がる。そこを狙うリナルドは、さらにスロットルを開いた。


 ジャグの機首が上がる。その下に潜り込んだリナルドが、すくい上げるように機首を上げる。

 機体をひねって姿勢を整え、照準がストームチェイサーの下腹を捉えた。

 いただいた。AIだろうが新型だろうが、このタイミング、この位置からの射撃はかわせない。リナルドは勝利を確信した。


《ハッ! クソったれ……》


 ブザーが鳴った。高度二九九七メートル。

 制限高度違反。攻撃によらずルールによって、リナルド・ホークは敗北した。



 模擬戦は終わった。

 地上からそれを眺めていたギャラリーたちは、賭けの勝ち負けに関わらず、四機の健闘を称えている。

 手を叩き、口笛を吹いてはやし立て、いい物を見たと笑いながら、ぞろぞろと引き揚げていく。一時のお祭り騒ぎはこれで終わり、また戦争という日常へと戻っていく。


《認めるのはしゃくだが、俺の負けだ。見事だった》


 並んで飛ぶストームチェイサーに向けて、リナルドは軽く敬礼を送った。


《実戦であれば、大尉が勝利したかも知れません》

《機械に気を遣われるとはな。だが、勝負は勝負だ》


 こちらの決着がつくまで、ニコルは応援に現れなかった。一対一の状況でやられたのでは、ぐうの音も出ない。実際、ジャグの空戦機動はリナルドの予想を上回っていた。

 生意気な若造の思惑に、まんまと乗ってしまったのは気に入らないが、負けは負けだ。


《で、俺はどうすればいい。頭を下げて謝るか?》

《いいえ、ワタシが求めるのは謝罪ではなく、握手です》

《手のない奴と握手ができるか》

《比喩表現です》


 リナルドを始めとして、アストック軍の兵たちが無人兵器を嫌悪しているのは理解している。感情はなくとも、自分が歓迎されない事はわかっている。

 人と人とは戦い、争う。

 友愛を至上の美徳としながら、それと相反する闘争というものに対しても美意識を持っている。

 その性能と無慈悲さゆえに恐怖と嫌悪の対象となる無人兵器が、その闘争という概念においても不純物として忌み嫌われる事も承知している。


《ですが、ワタシは造られました》


 敵の無人兵器を駆逐する。もって友軍の危機を救い、戦争を勝利へ導く。

 それが与えられた最終目標であり、自分にはそれを果たしたいという“欲求”がある。

 人工知能である自分には、本来の意味での欲求というものはない。

 しかし、機能を果たすことが機械の本懐とするならば、そこへ向うための思考を“欲求”と呼ぶのだろうと仮定している。


《ワタシは、無人兵器ドローンを破壊するために造られた無人兵器です。人を攻撃することは禁じられています》


 友情を欲しているわけでは無い。仲間扱いも必要ない。しかし、その機能を活かし、役立てる事をおこたらないで欲しい。


《それはきっと、互いの利益になるはずです》


 無言でジャグの言葉を聞きながら、リナルドはマスクを外した。よく喋る人工知能だと思った。大きく息を吐くと、少し頭が痛んだ。目尻に涙がにじむのは、久々の逆G宙返りのせいだ。

 たかが機械の言うことを、真に受ける必要はない。空戦はまあまあ上手くこなすが、ただそれだけだ。

 しかし、そう否定はしてみても、リナルドの中で若いパイロットたちの覚悟が今のジャグに重なった。プログラムを実行するだけの機械と、人生を賭けた矜持プライドがダブって見えた。


《いいぜ、戻ったら握手してやる。だが、馴れ合うつもりはない》

《ありがとうございます。ホーク大尉》


 別にどうという事はない。機械と一緒に飛べないなどとは、些細ささいなこだわりに過ぎない。


《負けちまったからな》


 諦めとも観念ともつかない声で、リナルドは笑った。

 二機が並んで、滑走路へ降りていく。同時に着陸ランディングを決めて、誘導路へと進んでいく。

 上空でそれを眺めるニコルは、満足気に微笑んでいた。

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