85.背中合わせ
「パットちゃああああん!」
何かを思うより早くリンファはパットを助けるために跳び上がろうとした
だがその体を抑え込むものがいる
ガルドがリンファの肩を強く押さえ込みその動きを封じる
自らの脚を魔力で床とさせてまで抑え込むという徹底ぶりでリンファの邪魔をしてきた
「邪魔をするなぁ!」
怒りに任せてリンファがガルドの顔面を殴る
だがガルドはそれでもなおその手をどかさなさい
もう一度殴ろうとしたとき、リンファはガルドの違和感に気づき拳を下ろしガルドを引きはがすことに集中する
殴られ切れた口元から血を流しながら、それでもガルドは動きを変えない
見れば体から魔力が迸り、多数の詠唱が口元からこぼれ漏れる
「アグライア!力を貸せ!騎士団魔法教練14章の3だ!」
「な、なに!?」
魔法を放出しながらガルドが叫ぶと、咄嗟にガルドの魔法に合わせて詠唱を追従し魔法を展開するアグライア
久しく聞かなかったかつての騎士団の魔法
その魔法の正体は……
パキィンという乾いた美しい音が洞窟内に響き渡り、パットが空中に制止する
その高さは槍程度の手持ちの武器ではとてもではないが届かない高さ
さらによく見れば美しい半透明で虹色に輝く障壁がパットを包む様に覆う
その障壁の厚みは30cmはあろうかというくらい分厚く頑強だった
口元の血を拭いながらガルドがリンファ達に一瞥もくれず、背中を向けたまま喋りだす
「ダメ元だったがよく合わせたな、アグライア」
「あまりにありえない言葉だったから一瞬あっけにとられたがな……」
あまりにも急だったため、未だ魔法を放ったポーズのまま肩で息をするアグライア
魔法の展開は既に終了していたが、その手を下ろすのを忘れてしまうほど
騎士団魔法教練14章の3、それは……
対象者を外部からの攻撃から程する高等結界魔法
厚さ数十センチの魔力の壁は魔法攻撃はもちろんのこと、物理攻撃からも保護する
その堅牢さはドラゴンの一撃をもってしても砕くのは困難
温度の変化にも強く、あとえ灼熱の炎に晒されても極寒の氷海に沈められても内部の温度は一定に保たれる
神聖騎士団が何かを護衛しながら戦闘する際に使用する高難易度の結界魔法
「堅牢硬質防衛魔法結界」
騎士団内ではその訓練難易度の高さから騎士団員はその魔法名ではなく、訓練の際に何度も呼称させられる「騎士団魔法教練14章の3」で呼ぶ者が多い
それだけ印象的であり、咄嗟の展開が難しい魔法をガルドはほぼ一人で展開した
「腐っても元隊長……か、あんな高等魔法をあの一瞬で……」
「元騎士団にそういわれるのは甚だ不愉快だな、だがこれで戦闘の憂いはなくなった」
ガルドはそういうと懐から魔鉱石を取り出し、結界に投げつける
魔鉱石は瞬く間に結界に取り込まれ、結界の魔力がさらに増大する
「これであの結界は私が術を解かない限り一週間は維持される、盗賊どころか騎士団ですら破壊はできんだろうな」
結界を見上げるガルドに、リンファが声をかける
怒りとも戸惑いとも感謝ともつかない、その全てが混ざったような複雑な顔で話しかける
「……ガルド」
「何だ穢れ? これで貴様の憂いはなくなったぞ、先ほどの一撃より更に重く殴るチャンスだ」
「お前もパットちゃんと他の子を守りたいと考えてると思っていいんだな……?」
「何をもってそのような戯言を口にする?」
ガルドはゆっくりと振り返りリンファの顔を見る
リンファも構えたままゆっくりガルドの顔を見つめる
「さっき、お前はパットちゃんを助けようとする撲を抑えはしていたけど、僕の方を見もしなかった」
「……それがどうした」
「どんな時も僕の命を狙ってきたお前が、隙だらけに狼狽えた僕を前に、パットちゃんしか見ていなかった」
「……」
お互いが目を合わせる
睨みあうのとは違う、お互いがその目を計る
「僕はお前が嫌いだ、神様だって大嫌いだ」
「奇遇だな、私も今この瞬間であっても貴様を神の名のもとに討ち滅ぼしたくてたまらない」
二人が肩を並べる
向いている方向を別にしたまま、お互いの方向に大きく構えを取る
その頭上には何も知らず安らかに寝息を立てる少女が一人
「信じないけど、頼りにします」
「貴様に頼りにされるなど反吐が出る、これが終わったら次は貴様だ」
「てめぇ、裏切るつもりかコラァ!!」
盗賊の一人が怒りに震えてガルドに怒鳴りつける
「あれだけ偉そうに乗り込んで飲み食いしておいて、俺たちに武器を向けるたぁどういうつもりだ!?」
「裏切る? 私がお前たちにいつ与したというのだ?」
一切悪びれることもなくツルリと言うガルド
「貴様ら神の名を騙る外道と私が手を組む? ハッ! 笑わせるな!」
「なんだとテメェ!?」
「貴様らがどんな略奪を行おうが虐殺を行おうが人と人のことに神の下僕たる私は興味を持たぬ、だが……」
杖から魔力が迸り、怒りの形相が湧き出でる
「あろうことか貴様らはこの幼子に神の名を騙り、あまつさえ人が神の手で生まれ変わるなどと虚言を吹き込んだ!」
「神は子である人に干渉などせぬ、ただ見守り、ただ慈しみ、ただ嘆き、ただ愛してくださるのだ……それを貴様らは……!」
リンファの肌が焼け付きそうなほどの魔力がガルドの身に纏わりつく
そのまま爆発すればこの港全てを吹き飛ばすのではないかと思うほどの魔力の奔流に思わずリンファもたじろぐ
「神の下僕として、貴様の神に対する非道!決して許せぬ! 死して神の足元に縋るがいい!」
ガルドの目が狂信に丸く大きく揺れ、盗賊の顔一つ一つを捉え睨みつける
それはもう人と言うよりはもはや巨大な蛇の様にすら見えた
「お前は……あくまでも神なんだなガルド」
「そうだ神敵である異形の穢れよ、だからその首を洗って待っていろ」
狂気の瞳だけをギョロリと揺らし、ガルドは毒づく
その様子にフフっと笑うリンファ
「パットちゃんと、村の子どもみんなを返してもらいます」
リンファが構えを広げ、ゆっくりと静かに息を吸い込む
「返す気がないなら、貴方たち全員……」
カッと目を見開き、その場で大きく強く踏みこむ!
踏み込んだ足が大地の魔力と共振し、巨大な振動とうねりを生み出し地面を砕き割り轟音を生む!
「全員! 打ち倒します!」
その轟音と叫びに盗賊全員が恐怖でたじろぐ
二人の視線は違えど、向ける拳の先は同じ
二度と交わらぬかもしれぬこの共闘に、少しだけアグライアは不思議な感覚を覚えた
「やっぱり裏切りやがったか魔法使い…… 想像通りだなぁ」
盗賊達の列を割って、盗賊のボスがガルドの前に立つ
その表情は怒りやいら立ちはなく、ニヤニヤと不敵に不愉快にさせる気持ち悪さを帯びていた
「最初から仲間でも何でもないといっているのに、貴様らは聞いた言葉を飲み込む脳みそすら持たぬようだな」
「へ、いつまでそんな減らず口を叩けるかな……」
ガルドの神経を逆撫でする返事にも応えず、なおもまだニヤニヤと笑う
「ガキを手放さねぇから随分とおかしく思ってたが、やっぱりお前もガキを取り戻しに来た連中だったんだなぁ」
グニャリと口角を歪めると、目をいやらしくゆがめながら盗賊のボスは言った
「ウチ特製の飯はうまかったかい? 怪しまれねぇ様に必死にわざとらしく振舞っていたが、ヤバい場所で物を口に運ぶべきじゃなかったな」
ガルドは口元に親指を当て、何かを考える
それを聞きながら、リンファが少しだけ驚き視線を向ける
「あぁ、あの毒入りの食事か、とてもおいしくいただいたよ盗賊のお頭殿」
「……あぁん?」
毒入りの食事と看破したうえで食べたことをツルリと告白するガルド
その言葉に盗賊のボスは実に間抜けな声を発する
「気づかなかったのか? 貴様らの出してきた食事は全て解毒と解呪の魔法を唱えたうえで摂取していたのだ」
「な、ななな……!」
自らの策が見破られていた上でまんまと騙されていたことに気づいたボスの顔がみるみる赤くなっていく
「貴様らは利口ではないのだ、そのことを今後はよくよく理解しておくのだな この愚か者どもめ」
小首をかしげ、平然と言い放つガルドに盗賊のボスの怒りが頂点に達する
「や、野郎ども!このクソ野郎どもをすりつぶせぇ!」
怒りともとに大号令を発し、盗賊が一拍遅れて呼応し襲い掛かる!
リンファはそんなやりとりを見ながら、やはりガルドはガルドだな……とため息をついた――――




