82.下卑た取引き
「そのガキををこっちに渡してもらえるか?」
盗賊が手を差し出し、ガルドにパットの引渡しを要求する
だがガルドはその手に応じようとしない
「お、おい? 渡せって言ってんじゃねぇか」
「ただで渡す気にはなれんな、それ相応の礼はしていただこう」
鼻で笑うガルド
「て、てめぇ……!?」
「そうだな……そこで食事と雨を凌ぐ寝床でも提供してもらおう 安いものだろう?」
笑いながらもパットを取引の条件として絶対に渡す気配を見せないガルド
パットは未だ眠ったままなのか、声は聞こえない
「わ、わかった…… この先に俺たちが使っている山小屋があるからそこで……」
「駄目だな、そんな粗末な場所で出される食事がうまいわけがない、アジトにはうまいものがあるのだろう?」
「調子に乗るなよてめぇ! 今すぐ殺して奪ってやってもいいんだぞ!?」
「ほう、この神の敬虔な下僕である私を貴様程度が殺すと?」
「ガルドォ!その子を離せぇ!」
盗賊とガルドが下卑た取引をしていることにもはや我慢ができず、アグライアの制止を振り切ってリンファが飛び出す
飛び出した瞬間から既に魔導発勁は練られており、構えも既に整っていた
「ほう、奇遇だな穢れの化け物……まだこんなところでウロウロしていたのか」
「だまれ!その子を離せ!」
「断る この少女に興味はないが大事な食糧の引換材料だ それに貴様の要望ならなおの事応える気にならんな」
降りしきる雨が視界がうっとおしく顔に降りかかるが、リンファはその雨を振り払おうともせずガルドを睨みつけたままジリジリと間合いを詰める
ガルドはパッドを片手で抱っこする形をとると、携えていた杖を構える
「ちょうどいい、今どういう人間に『殺す』と言ったのかよく見ておくがいい」
ガルドはそういうと杖を大きく振りかざし、詠唱を完了させていた
詠唱が始まる前に先手を取るつもりだったリンファは虚を突かれた形にとなり、慌てて攻撃を仕掛ける!
「くっ……させるかぁ!」
電光箭疾歩にて引き放たれた矢の如き速さでガルドに迫るが、拳が届く寸前リンファの体に衝撃が襲い吹き飛ばされる
何が起こったのかわからないリンファだったが、更にその衝撃が上空から降り注ぐ
まるで硬い革でできた球を全力で投げ込まれたような鈍い衝撃が次々と着弾し、リンファの体に痣を刻む
「な!? うわぁぁ!」
「リンファ! くそ! そんな使い方をしてくるか!?」
アグライアが慌ててフォローに入り、障壁を展開して攻撃を防ぐ
障壁を破壊しかねない程の衝撃が間髪入れずに降り注ぐ
「まさにこれぞ神の恵みだ 穢れには身に余るようだがな」
ガルドはなおも術法の展開をし続け、二人が身動きが取れないほどに攻撃は重ねられた
その正体は雨
ガルドは雨粒同士を魔力で結合させたうえで速度を上げ、弾丸の様に繰り出していたのだ
一発一発の威力は致命傷とはいかなくとも、この大雨を元に作られる水の弾丸は無尽蔵と言っても差し支えない弾幕となる
「どうした?障壁の展開が乱れているぞアグライア こちらはこのまま雨が止むまで唱えられるくらい余裕なんだがな?」
「調子に乗るなよガルドォ!」
アグライアが障壁の隙間からセイクリッドチェーンを展開し、ガルドの杖を破壊せんと射出する!
矢の様に勢いよく放たれる鎖だったが、ガルドはそれを鼻で笑った
「騎士の頃から進歩がないな! そんな手垢まみれの魔法なぞ!」
ガルドは雨粒の詠唱は維持したまま杖を小さく振り、足元の地面を隆起させその鎖を弾く
弾かれた鎖が魔法の粒子となって砕け散るのと地面の隆起が土くれに戻って砕け行くその刹那
ガルドの眼前に大きく踏みこんでくるリンファが現れる!
「なにっ!?」
「このおぉ!」
リンファの拳が体に触れる瞬間、すんでのところで身を捻り肩口で拳を防ぐガルド
魔導発勁の練りこまれた拳だったが、魔力の奔流は発生しない
「くっ……抜け目のない! 障壁か!」
「危なかったぞ……この子に当たったらまずいんじゃないのか?穢れよ」
「お前以外殴る気なんか……ない!」
【八極剛拳 夜鷹穿弓腿】
リンファはそのまま体を深く沈め、障壁を展開している腕を脇から蹴り飛ばさんと跳ね上がる様な蹴りを放つ
だがその攻撃はガルドの杖にあたり、相手の体勢を崩すのみにとどまった
「くっ! 今のタイミングをよけるのか……!」
「そんな角度からも攻撃してくるのか、油断ならん奴め……!」
お互い再び距離を取り、睨みあう3人
さっきの一撃で杖を吹き飛ばしたおかげで詠唱は中断させることができたものの、油断はできない
ガルドは杖を構えたまま状況を軽く確認する
「なるほど、鎖を目隠しにして障壁を穢れの前に展開させたのか……小賢しい真似を」
アグライアの展開した障壁が崩れるのを目視しながら、ガルドはため息をついた
「どうした……水遊びはもう終わりか?」
アグライアがガルドを睨みながらもう一度やってみろと言わんばかりに挑発する
だがガルドは興味をなくしたかのようにパットを抱きかかえたまま首を振る
パットが軽く寝息を聞かせるが、その顔は少し険しいようにも見えた
「貴様らの命を刈り取りたいのは山々だが、この雨のなか泥遊びをし続けるのも少々飽きてきた」
ガルドは盗賊の二人に近づくと、杖を振るう
するとガルドとその盗賊二人が突如として空中へ飛翔する!
盗賊の一人はあまりに急だったのか馬の手綱をはなし、置き去りにしてしまうほどだった
「うわあああああなんだあああああああ」
空飛ぶ経験が皆無だったのか、盗賊達が情けない声を上げる
「なっ!? 待てガルド!」
急上昇したガルドを逃がすまいとリンファが大きく跳躍し迫る
だがガルドはそれを見下ろしながら次の詠唱を終わらせていた
「実に狙いやすいぞ、穢れ」
ガルドの杖から火球がみるみる形成され、巨大な火炎弾がリンファの眼の前に現れる!
ガルドはなおも上昇を続けながら、弾くようにその火炎弾をリンファに打ち込んだ
「くっ……このおおおお!」
咄嗟に両の掌で火炎弾を受け止め螺旋の動きで霧散させようとするが、大きすぎて消しきれない!
リンファの掌を焦がしながら炎は散らばっていき、地面に次々と着弾していく
湿った樹木の表面をこがしながら、大量の白煙をそこらかしこから立ち上らせる
リンファはなんとか体勢を立て直し着地したが、ガルドは既に遥か向こうに飛び去っていた
「まて!パットちゃんを置いていけ!ガルドー!」
リンファの叫びが虚しく木霊する
「リンファ!立て!こっちだ!」
空を仰ぐリンファのアグライアが急かすように声をかける
その声に顔を向けるとアグライアが馬にまたがり手綱を絞っているのが見えた
リンファは急いでその背中に乗ると、その勢いを感じるや否やアグライアが馬を走らせる!
「こ、この馬ってさっきの!?」
「そうだ!盗賊の一人が残した馬だ! これで一気に踏み込むぞ!」
「は、はい!」
アグライアが手綱を振って馬の速度をさらに早める!
二人はガルドたちに追いつくため、また子どもたちを一刻も早く救うために悪路を駆け抜けた
上空では少し落ち着いた盗賊が、それでもおぼつかない足元を怖がりながらガタガタと震えている
「ひ、ひぃぃ……」
「くつろぐがいい、滅多に見れぬ景色であろう」
「あ、アンタ……すごい魔法使いだったんだな……」
「どうする、殺してでも奪い取るかね?」
パットを抱きかかえながら杖を向けボソッと伝える
盗賊は両手を上げ降参のジェスチャーを取る
「と、とんでもねぇ……! むしろ是非アジトに来てくれ!」
「お、おぉよ! お頭に紹介させてくれ アンタなら用心棒に持って来いだ」
さきほどまでのすごみはどこへやら、媚を売り出す盗賊達
「私が用心棒か……ふ、ふははは!」
その言葉を聞いて愉快そうに笑うガルド
笑いながらチラリと先ほどの位置を観る
その視界には小さくだが走る馬の姿が映る
それを確認した後、ガルドはパットの体をマントで覆って雨からかばってやった
「貴様は大事な宝だからな、おとなしくしているがいい」
「うん?今なんかいったか?」
「なんでもない、雨がうっとおしいと独り言をこぼしただけだ」
ガルドは面倒くさそうに視線を逸らした―――




