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緑の拳士~ゴブリンハーフは魔法が使えない~  作者: ハンドレットエレファント


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80/197

80.上辺だけでも

「だから素人共は嫌いなんだ!」

盗賊団の一人はそう毒づきながら馬を急いで走らせた

先ほどから降ってきた雨もあって、ただでさえ走りにくい悪路が輪をかけて不安定になっている

急ぎたいが、無理に速度をあげれば転倒しかねない


数頭の馬の背中には大事な商品を詰め込んだ箱が積まれている

数年かけて育てた商材をこんなところで失うわけには行かない


だが先ほどの妙に腕の立つ冒険者の女どもがあっという間に村の連中を無力化させてこちらに迫って来ていた

足止めをしている奴はまだいたが、どこまで持つかもわからない


急いで本拠地まで戻らないと自分もやられかねない

そんな焦りが盗賊団の馬の脚を速めていく


大雨で薄暗く視界もままならない森の半ば獣道を急いだことで積み荷の一つが落ちてしまう


「クソッタレ、よりにもよって!」


荷物の落下に気づいて一瞬速度を下げるが、すぐに速度を上げ走り去る盗賊団たち

落とした荷物は一番の売れ線、必死の思いで積み込んだ村のガキ


『何年もかけて飼ってきたのに儲けがパァだ!』

盗賊団は歯噛みしながら、それでも必死に逃げ続けた

これ以上欲をかいて失敗するわけには行かないからだ



落とした荷物は崖下に落ちて行った、中のガキはもう死んでいるだろう

取りに行くだけ無駄だ――――





馬上から振り落とされた木箱は勢いよく崖下に落下していく

内部から破壊ができないように頑丈に作られてはいたが所詮は木材

落下の衝突と岩場との激突でみるみるその形を無惨に変えていく


やがて地面に墜落すると箱の蝶番が弾け、その中身が勢い良く飛び出し砂利にぶつかり止まる

それは小さな女の子


落下のダメージで体中にはたくさんの傷が痛々しくついており、頭部から血が流れている


「おとうさん……怖いよう……狼嫌だよぉ……」


村でパットと呼ばれていた少女は、痛みで体を動かすこともできずただ雨に濡れる

その小さな体は出血と寒さからかやがてカタカタと震えてくるが、それを止める手段は持たない


「最初のおとうさんがいいよう……神様ぁ……」


パットは泣きながら神に祈る

今のお父さんは神様が連れてきてくれたお父さんの生まれ変わりだって村長様は言ってた

狼に連れていかれた人は殺されちゃうから帰ってこない

神様に連れて行かれた人は、生まれ変わって帰ってくる


「でもパットは……生まれ変わる前のお父さんがよかったよぉ……」


パットは毎日思っていたことを泣きながら口にする

だがその声に答える者はいない



「神様ぁ……痛いよぉ……神様ぁ……!」

ただ神に祈る

パットにはそれしかできない、それしか教えてもらっていない



大雨がパットの声をかき消し始めたとき、砂利を踏む音がかすかにパットの耳に飛び込む


もはや身を起こすこともできないパットがかろうじて視線を向けると、空から落ちる雨の線の中心に



全身黒づくめの何者かが立っていた

その人物は倒れているパットを立ったまま見下ろすと、やがてその腰を下ろし腕の伸ばす

たなびく漆黒のマントが腕に合わせて広がるとパットの視界から光が消える

それはまるで大きな動物が大口を開けたかのように感じられた

「お、狼いやだあぁぁ……!」


パットの消えるような絶叫は雨音にかき消され、誰にも届かない――――









降りしきる大雨の中、リンファとアグライアは必死で駆ける

アグライアは慣れない跳躍魔法、リンファは全力で走る

安定しないうえにぬかるむ地面が何度もリンファの足を取るが、それでもその足は止まらない


泥跳ねと転倒で二人とも泥まみれだったが、そんなものは関係ない

一刻も早く辿り着き、子どもを助けなければいけない


間に合わなくなる前に!




話は少し前の村に遡る―――




「子、子ども達を売買する牧場とでもいうのか……貴様らぁ!?」

アグライアは絶叫する

だが村人はみな悪びれる様子も反省する様子もなく、不遜に視線を合わせず舌打ちをする


「そうじゃよ、今日は1年に一回の大事な出荷日じゃったんじゃ こんな日に来なければワシらだってアンタらにあんな真似はせんかったわ」

聞けばパットだけではない、乳飲み子から幼児まで様々な子どもが今日連れ去れたらしい

しかも馬に乗る程度な粗末な木箱に、乱雑に積み込まれて……



「どこに連れていかれて行くんだ!言え!」

リンファが普段とはまるで違う焦りと怒りで声を荒げる

急がないと手遅れになる、そんな予感がリンファの背筋を不気味に冷たくして仕方がないのだ



「そんなもの言えるわけないじゃろ、ワシらが盗賊団に殺されたら」

その言葉を言い終わらす前にリンファが大地を踏み込み地面を大きな凹みを付ける

まるで地鳴りのような鈍く大きい唸り声の様な音が響き、神の紋章が刻まれた建物が見てわかるほどに揺れていた


「もう一度……聞きます……! どこに連れて行かれたんだ……!」

リンファの青い瞳が大きく見開く

張り詰めた感情は、もはや表情に感情を表す余裕すら起こさせない



「ひ、ひぃ……!」

村長たちがたまらず悲鳴を上げる


「よく聞け、もうこうなった時点でお前らは終わりだ 盗賊団の存在が第三者に分かった以上今までの生活はできない」

アグライアが村長に視線を合わせるように膝をつき睨みつける

「それどころか向こうが落ち着けば貴様らは八つ裂きにされる可能性すらあるだろう、神の奇跡とやらは私達には感じられないから他の者もそうじゃないのか?」

いつでも貴様らを切り伏せられるぞと言わんばかりに鍔を鳴らす

その音にとうとう現実を理解したのか、村人の数人が悲鳴とも泣き声ともつかない声を漏らす



「どういう展開になってもお前らに救いはないかもしれない、だが今黙ればこのまま山奥に全員放り出す 盗賊団に殺されるか野獣に食われるかで即座に最悪の展開にしてやる」

アグライアはなおもその視線を外さない

その視線の鋭さに村長は思わず目を逸らし恐怖で唇を噛んだ


「全てを喋る必要はない、どこへ行ったのかだけ言え 子供たちを救えたら命だけは助けてやる」


その気迫に気圧され、村長は恐る恐る指を差す

その方向は北、エタノー領へ続く獣道


「……王都の領土とエタノー領の境目が管理調整地域になっている……エタノー領の連中は手出しできんし王都はもうここに興味を持ってない……」

「なるほど、警備が行き届かないその地域を根城にしているというわけか……」


村長はもはや観念したのか嘘をついている様なそぶりもなく淡々と知っていることを話した


「ワシらはただここでガ……子供を引き渡すことしかしておらんから詳しい位置は知らん……何年か前にそういう話を聞いたことがある程度なんじゃ……」

アグライアはため息をつきながらゆっくりと立ち上がる

その腰に携えた剣が動きにつられて無機質に音を鳴らす


「そ、そこから他の仲介人が来て売られるらしい! だが陸路で移動するらしいから雨が降ってる内は動けんはずじゃ! 輸送は商団に偽装するから!怪しまれるからこんな日には!他には!他には何にも知らんのじゃ!」

アグライアが立ち上がったことで村長の自白が命乞いに変わる

その声を聞いてなおアグライアは大きくため息をつき、剣を抜く


「知ってることは全部話した!助けてくれ!助けてええええ!!」



アグライアが剣を振りあげる

村長が涙と小便を漏らしながら身をよじる

だがその剣はそんなことを気にすることもなく振り下ろされた





だがその切っ先は村長を拘束していた縄を切り裂いていた

目をギュッとつむり身を強張らせた村長だったが、やがて痛みもなく我が身の拘束が解かれていることに気づき呆然とする


「へっ……?」

気が付けばリンファが村長の眼前に立ち、アグライアは剣を鞘に納めてブーツの紐を結びなおしている


「この雨に拘束されたままだと命に関わる……他の人の拘束は村長、あなたが解いてあげてください」

頭から流れてくる雨が目に入るのも気にせず、リンファは村長を睨みながらそう告げる


なおまだ呆然とする村長に、リンファが告げる


「拘束を解かれたらどうするか皆で話せばいい、ここから逃げるか、法の裁きを受けるか、武器を持ち僕らに牙を剥くか……」


もはやいう事もないといわんばかりに背中をむけるリンファ

村長や村人がどんな顔をしているかはわからない、知る気もない


リンファは全員を殴り飛ばしたい衝動を必死に抑える

そんなことをして何になるのか、今は子どもを助けるのが優先だ

どうしようもない怒りを目の前の事に集中することで忘れようとただただ必死になる



それでも……それでもアンタら人間かよ……!

心で叫ぶ言葉は、きっと口にだしても誰にも届かない


「なんにせよ子どもたちが無事であることをことを祈ってください、せめて上辺だけでも……!」


そう言い捨てるとリンファとアグライアは漆黒の森の中へ駆け出した―――


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