78.狼が来る
「扉が開いたらお前が足止めして、俺たちが左右から羽交い絞めにして生け捕りにする 怖気づくなよ」
「わ、わかってるよ……窓から逃げたりはしねぇかな?」
「窓の傍にも人をおいてるし、そもそもあの窓のすぐ下に火をつけたんだから逃げ道もねぇ 結局ここに来るしかねぇんだよ」
ボロキレに身を包んだ男数人が炎に照らされオレンジ色に染まる
リンファとアグライアが休んでいたはずの建物は男たちが点けた火によってみるみると紅蓮の炎に飲み込まれていった
「……おい、でてこねぇぞ?」
「眠り込んで炎でコンガリって感じか……それならそれでいいんだがな」
そんなことを言いながら身構える男たちのすぐそばで、不意に何かが爆発したような爆音が響き、木材がへし折れ、土壁諸共砕け散る
窓でもない、扉でもない
誰も壊れるだなんて夢にも思っていなかった外壁が砂糖菓子のようにあっさりと粉々に砕け散る
「な、なんだぁぁぁ!?」
男たちがその状況に驚きの声を叫んだ
【八極剛拳 金剛鉄山靠】
土壁と木材、それと諸々の建物の残骸が巻き起こす視界を失うほどの埃の中から、二人の影がゆっくりと現れた
「アグライアさん、左に2、右に5って感じです……」
「そうだな……人の声がしていたから恐らくゴブリンの類でも魔獣の類でもなさそうだ」
リンファが破壊させた大量の埃が炎にかかり、次々と延焼
巨大な火柱がたちのぼり、二人の姿を真っ赤に照らした
その二人に数人の男が慌てて駆け寄り、そのままの勢いで剣を抜き放ち襲ってくる
駆け寄る男を追い越すように弓と炎の弾がリンファとアグライアに迫る
アグライアは一瞥をくれると魔法障壁を瞬間的に展開し炎を阻害
リンファは残った弓矢の全てを手で弾き落とす
そして二人はそれを合図と言わんばかりに一気に走り出す
走り出す先は数人の男が駆け寄ってくる方向……のさらに先!
「アグライアさん!パットちゃんの声は向こうから聞こえました!」
「了解!」
男たちはリンファとアグライアが自分達を見て怖気づくどころか自ら距離を詰めてくることに驚き、思わず足を止めてしまう
その足を止めた瞬間リンファが距離を一気に詰め、必殺の間合いに躊躇なく飛び込む!
虚を突かれた男の一人が慌てて剣を振り上げるが、その瞬間にリンファは相手の顎を掌底で振り抜き意識を刈り取ると、そのまま隣の男を足払いでバランスを崩し浮かせるとそのまま双掌打で吹き飛ばす!
一拍で仲間の二人が視界から消えたことに理解が追い付いていない男が横を見るが、その一瞬の隙をついて足に鎖が絡みつき、そのまま引き倒される
地面を顔面にしたたかにぶつけ何が起きたかわかっていないと言った男の顔面をアグライアが力強く蹴り抜く!
「命を狙ってきた以上、多少の怪我で文句を言うなよ……!」
アグライアは蹴り抜いた足についた男の鼻血を拭おうともせず、一言だけ吐き捨て先を急ぐ
前衛の数人が一瞬で倒されたことに焦ったのか、弓を構えたものと魔法を使っていたものが見境なく次々と放ってくる
矢はリンファとアグライアの間をすり抜け、さきほど倒された男たちに命中し激痛の絶叫が響き渡る
しかしそんな事にも気づく余裕もないのか、仲間を巻き込んでもなお半狂乱で矢と魔法が次々と発射された
だがその弾幕は本命には決して命中せず、仲間の身を削るのみ
二人はその攻撃を小雨の中を走るが如く躊躇なく駆け、遠距離攻撃のアドバンテージを奪う
「く、来るなぁ!」と敵が叫びきるより早くリンファは魔法を使うそいつの喉を掌底で打ち抜き声を奪う
弓を引く男がリンファを狙うため向きを変えるが、その弦をアグライアの剣が切り裂く
武器がダメになったと判断した瞬間にナイフに持ち替えようとするが、それより早くリンファが電光箭疾歩でその胸を撃ち抜いた
リンファ達を強襲してきた一団は鎮圧したが、それでもなおパットの聞こえた方からは多くの人の気配を感じる
「アグライアさん! 先に行きます!」
そういうが早いかリンファはつま先に力を込め、大地を強く蹴りこみ勢いよく走りだす
蹴った地面が大きくまくれ上がり、土煙が上がった
「すぐ追いつく! 無理をするなよ!」
アグライアも足元に魔法を掛け、速度の上昇を行い走り続ける
魔法のバフがかかったアグライアの脚力をもってしても追いつけないくらいリンファは鋭く速く走り去った
リンファはあの荘厳で威圧的な神の紋章のある建物がそびえる場所までたどり着くと、そこで異様なものを見かけた
全員がどす黒く歪に毛が固まった獣の毛皮を被った集団が数十人、馬を囲む様に不気味に立っている
リンファは気づく
あれはただドス黒いのではない
血だ
返り血が何度も大量にかかって乾燥した結果、毛皮の毛が歪に固まりどす黒くなっているのだと
恐らくは長期間、何度も何度も血を浴びてきたという証拠だろう
そして馬の背中に備え付けられた荷箱の中から微かに、だが確実に聴こえた
ゴブリンハーフの耳が、その声を捉えた
「こわいよぉ、お父さん」というパットの声を
リンファは目を見開き気炎を吐く
相手の数?武器?戦力?
「知った事か!!!!その子を離せぇぇぇ!」
リンファの怒号が村中に響く!
毛皮を被った集団がその声に反応し、焦るそぶりも見せず瞬時に剣を抜き放つ
数人が魔法を詠唱するが、リンファは構わず相手の間合いに無遠慮に踏み込んだ!
炎の魔法がリンファを取り囲む様に撃ち込まれるが、リンファは怒りに任せその炎に箭疾歩で突っ込む
回避も無効化も一切せず、魔法をその身に着弾させながら詠唱者の一人の顔面を殴り飛ばす
魔法に脆弱なその身がジリジリと焼け焦げ激痛をリンファを襲うが、その動きは止まらない
拳を撃ち抜いたリンファの顔面とアキレス腱を狙って二人の男が剣撃を打ち込む
しゃがんでも飛んでも、どう回避を試みても致命的となるその刹那
リンファは両手で顔面に迫る剣を叩き折り、足元に迫る一撃を踏み込んで破壊する!
踏み込みの瞬間刃部が足の裏を切り裂き血が滲むが、そんなものは関係ない
「その子を!開放しろ!今すぐ!」
剣がダメになった瞬間男は肩に背負った斧を抜き放ち、リンファの脳天目がけて振り下ろす
たとえ防がれたところでこの質量でどこかしらの骨は打ち砕いてやる!といった感じの力を込めた一撃
だがリンファは怒りの視線でその相手の目を睨みつけたまま鼻が接触しそうな距離まで肉薄
そのまま振りかぶった腕の肘を抑え込み、相手に万歳の形をとらせたまま体を捌き、地面に引き倒した!
地面に体を打ち付け一瞬バウンドしたところをリンファ渾身の掌打が水月に叩き込まれ、男が吐しゃ物をまき散らしながら昏倒する
その背中からリンファを羽交い絞めにしようと男が迫るが、リンファはそのまま勢いよく立ち上がる様な形で自らの後頭部を相手の人中に叩きつける
頭突きを喰らい鼻血を噴きながら、なおも首を絞めようと迫る男だったがリンファはその一瞬で既に視界から消えている
どこにいったのか辺りを伺ったとき、向けた視界いっぱいにリンファの拳が映りそのまま暗転した
わずかな間に数人を戦闘不能に追い込みはしたが、毛皮の集団はその間も速やかに撤収作業を続ける
荷の積み込みをほぼ終え、数人が馬を走らせ始める
リンファはそれを止めるべく走り出すが、邪魔をさせじと敵の数人が水の魔法を詠唱
地面を急激に泥濘化させリンファの機動力を奪う!
「くっ……こんなものぉ!」
言葉とは裏腹にみるみる速度を落としてしまうが、そのぬかるんだ地面の上を進むべき道を示すように光の鎖がリンファの眼前を走っていく!
「リンファぁ! 走れえぇ!」
アグライアが渾身の魔力でセイクリッドチェーンを全力展開し、一気に放つ
泥濘した地面をまばゆく照らす鎖の道を、リンファが走り抜けた!
アグライアは足を止め鎖の展開に集中する、鎖の勢いが消えればリンファの足場がなくなってしまう
リンファの踏み込む力に負けないように鎖を維持するのにただただ必死だった
そんなアグライアの絶妙なコントロールを感じながら光る鎖の道を踏み込み一気に距離を詰める
「まだ馬は速度が上がりきってない……!これなら間に合う!」
馬を射程に捉え、リンファは弾かれるように勢いを付けて飛び掛かった!
騎手にめがけて飛び蹴りを放ち、緊急停止を狙う
だがそこに剣を抜いた男が割って入り、リンファの蹴りを妨害する
その隙に騎手は馬の速度を上げ、その距離をグングンと開いていく……
リンファはその妨害に更に怒りを燃やし、地面に着地するやいなや相手の剣を撃ち払いながらその顔面に拳を放つ!
「邪魔を!するなぁ!!!」
リンファの拳は直撃こそしなかったが鋭い打ち抜きを交わしきれず、男の顔を覆っていた毛皮のフードが弾き飛ばされる
毛皮に覆われ隠れていた顔にはその毛皮に負けないくらいの毛むくじゃらの無精ひげ
そしてその鼻先には、大きな傷
リンファはその顔に驚愕し、固まって動けなくなってしまう
その隙に男は剣を振り回し、リンファをけん制する
動けなくなるリンファ、剣を振り回し牽制する男、走り去る馬と男たち……
蹄の音が小さくなっていく中、やっとの思いでリンファが口を開いた
「パットちゃんの……おとう……さん……?」
パットをさらった集団の一人は、パットに父とよばれた男だった




