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7.僕の拳

村を呑む黒煙が異臭を放ち、その臭いは村を超え山々を巡る

ゴブリンの死骸から立ち上るその煙がゴブリンをいきり立たせ、呼び寄せる


無我夢中で桶の水をかぶり一命をとりとめるリンファに、容赦なく火炎魔法を浴びせるミナ

焼けた肌から緑の血が地面に滴ろ炎の痛みが骨の髄まで響く


「ミナ…どうして…?」


何も言わずミナが笑うけど

濁った目は泣いているのか、笑っているのかわからない


「ほら、リンファ逃げなよ? 逃げないと死んじゃうよ?」

唸る炎の魔法がリンファを追い詰めていく

逃げる背を焦がす熱

必死に逃げ惑うも、やがて足がもつれて転んでしまう


息を荒げて膝をつくリンファの耳に絹を裂くような子どもの悲鳴が飛びこむ

至る所から怒号や叫びがこだましていく


ミナが壊れた様な笑顔で近づいてくる


「ねぇリンファ、これ覚えてる?」

それはぐしゃぐしゃに変形し汚らしく変色した銀の指輪

あの日リンファが渡せなかった大事な宝物


「あの時の…指輪…?」

「覚えててくれたんだ、嬉しい」

立ち込める煙など気にもせず、ミナは指輪とリンファを冷たく見比べる


「ありがとうね、リンファこの指輪を返しに来てくれたから…」

やる気なく顔を動かす

その視線の先には村の中央、荘厳な紋章

神の印が苔むした石壁に刻まれている


「あの神様の目の前で、お母さんが死んじゃったんだぁ」


リンファが呻く焼けるように痛む体が言葉を詰まらせる

「ご、ごめんなさい…ミナが困ってると思っ」


言葉を遮りミナの叫びが空を裂く

「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるなあああ!」



炎が迸り地面が焦げる

リンファの周りで魔法が弾け、煙が渦を巻く

怒り故に命中させることすら忘れ、絶叫と共に魔法が乱れ飛んだ


「お前のせいで私は村のみんなに嫌われたんだ!お前のせいでお母さんが死んだんだあぁぁぁ!!」


ミナの髪が乱れ、唱える炎が彼女を紅蓮に照らす

村人の叫びが遠くで響き、ゴブリンの遠吠えが二人に近づいてくる



「お前が! お前が全部壊した!」

指輪を握る手が震え、瞬きを忘れた瞳から涙がこぼれていく


「僕…知らなかった…」

炎が迫り熱が頬を焼く


唱えた魔法を今まさにリンファに放とうとした刹那、ミナの手首が魔法のチェーンで拘束される


アグライアだった

這う這うの体でアグライアが二人のもとにたどり着き拘束魔法を命中させる

まさに這ってきたかのように白金の制服が泥と血にまみれている



「貴様!何をしている!それにこの煙……一体何がしたというんだ!」

鎖の魔法が幾重にも絡みつきミナの腕を縛る

だが唱えた魔法炎は消えず掌で揺らめき、ミナが笑う



「おやおや騎士様、化け物を退治してるだけですよぉ、見て分からないんですかぁ?」

腕に食い込む鎖など意にも介さず、ミナはクスクスと嘲笑う


その不気味な様相にアグライアが剣を構えると、不意にそこら中からゴブリンの気配があふれる

赤い目が辺りを囲んだかと思うとアグライア達を不気味に睨みつけていた


「ゴブリンの群れだと…なぜ人里にこれだけ大量のゴブリンが」


いたずらっぽく笑うミナが得意げに答える

「ゴブリンってかなり仲間思いなんですよね 仲間の焼け腐った臭いが立ち込めれば、そりゃあ集まってきますよぉ」


その言葉に反応したかのようにバチンッと炎にあおられゴブリンの死体が爆ぜる

ツバでも吐くように井戸から肉片が飛び散ってきた


「ゴブリンの死骸だと……?こんなところに……!?」

「なんでってぇ、ここって穢れた場所だからみんながみんな罠にかかったゴブリンを捨てに来るんですよぉ 井戸に蓋をすれば臭わないですしね」


「醜怪な……神の信徒として恥ずかしくないのか!」

ミナが目を細める

「私じゃないですよ?村のみんながそうしてるんですだから仕方ないじゃないですかぁ?」


村中の悲鳴が響く

村人が逃げ、ゴブリンが吠える


ミナが叫ぶ

「コイツと仲良くしただけで、私の家族が壊れたのが仕方がないなら!

みんなが捨てたゴブリンでみんなが死ぬのも仕方がないんですよ!!!」


鎖が軋む

ミナの目がリンファを捉える

「お前も! みんなも! 私も! 死んでも仕方ないじゃない!」


甲高い破裂音と共にアグライアの弱った魔力の鎖が力任せに引きちぎられ破壊される

「しまった!」

「だからリンファ……」

弾けた魔法の鎖を振り払い、ミナの掌の魔法炎が膨張する

「死んでぇ!」


火炎魔法が今まさに放たれようとした刹那

リンファが拳を握り大地を蹴る


ズドンッ


蹴った大地が震え、空間をそぎ落としたかのように一瞬でミナの眼前にリンファが飛び込んでくる

ミナの眼前に拳が撃ち込まれる

まるでスローモーションの様に見えるその拳を、身じろぎもできずただ無表情で見つめながら

ミナはフッと考える


リンファは、優しかっただけってわかってたのになぁ こじれちゃったなぁ

でもみんな死んじゃえって思っちゃったからさ、仕方ないよね

だから、私を殺してよ リンファ


ミナの濁った目が、少しだけ澄み渡る

ポケットからこぼれた歪んだ指輪が、地面に向かって落ちていく


アグライアが叫ぶ、リンファには何も聞こえない

ただリンファの胸にはあの言葉だけが響く



『君の拳は 自由だよ』



空気すらも引き裂き撃ち貫く超高速の拳がミナの――

ミナの首元を狙うゴブリンの顔面に炸裂し、頭蓋骨もろとも爆発四散させ吹き飛ばした――


八極剛拳 電光箭疾歩




あっけにとられるミナの頬のそばを遅れてきた風が通り過ぎ、髪を揺らす

ミナの視線を向けると、拳を放ったリンファの噛みしめた唇から緑の血が流れていた


リンファが息を吐く

震える唇で必死に言葉を紡ぐ


「仕方なく…なんか、ない…」

「え…?」

「仕方がなくなんか、ない!」


その瞬間次々と襲い掛かってくるゴブリンたちからミナをかばうと

リンファは腰を落としヒュっと空気を吸い込むと一拍にて数匹のゴブリンを撃ち落とす


打撃の残像が消える前に更にリンファの体が飛び込み 

ゴブリンの胸骨を、鎖骨を、膝を、人中を雷撃のような一撃が破壊していく


否、それは雷撃ではない、ゴブリンハーフに魔法は使えない


リンファの体内に渦巻き決してこの世に顕現することのできない魔力の奔流が強大な波紋となり、拳を通じて相手の体内に響き、破砕せしめるのだ


先生は言ってくれた

『これは君にしか使えない力、魔導発勁だ』と





「アグライアさん!僕に回復魔法を!」「なに!?しかしお前に魔法は……」

「いいから早く!」

「えぇい、どうなってもしらんぞ!」

リンファの勢いに気圧されて回復魔法を唱えるアグライア




リンファに回復魔法が炸裂し、肩口の傷口から煙が噴きだすと

魔力に耐性を持たぬ脆弱な皮膚と肉が盛り上がり、激痛を伴い粗雑に傷口がふさがっていく

激痛に表情をゆがめながらリンファは叫んだ


「手遅れかもしれない…でも、僕が力を貸すから!」

「リンファ…?」

「僕をどんなに忌み嫌ってもいいから!君に石は投げさせないから!これからずっと笑っててほしいから!」



リンファの掌が震え惑い、ミナの肩を掴もうとするけれど


「だから!僕の拳を!信じて!」


けれどそれはミナの肩に触れることなく、掌は何も掴まず拳に変わった


リンファの体が一筋の光になったかと思うほどの速さで跳び

その足元のレンガが大きくはじけ飛ぶ

一瞬遅れ、村中に響くほどの落雷のような踏み込みによる爆音が響き渡る


アグライアがかろうじてその動きを目で追った先、100メートルは離れているであろう場所で

今まさに子どもに襲い掛かろうとしたゴブリンの体躯が鳳仙花のようにはじけ飛び

ミナの母の死を見つめていた神の紋章に激突した



助けられた子があっけにとられ、言葉をこぼす

「ば、化け物…」



リンファが拳を握る

化け物でもなんでもいい、人でなくたっていい

助けたい人を助けられるなら、なんだっていいんだ!


「ゴブリン!お前らの敵はここだ!ここにいるぞぉぉ!!」

リンファの怒号にゴブリンの憤怒が襲い掛かる―――ー


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