68.穢れと呼ぶ者
朝霧が立ち込める少し薄暗い巨木の傍でリンファは寄りかかるように座っている
普段なら稽古を行うところなのだが、さすがに体が動かない
だが苦痛などはなく、安心感が体を包んでいる
ところどころ痛みが残る箇所はあるが、それすらも心地よく感じる
「今回もボロボロになったねぇリンファ、激戦だぁ」
「あ、先生・・・今回も危なかったですかね・・・?」
「ハッハッハ! 何度か死んでてもおかしくない局面があったねぇ! よく生き延びたよぉ」
白い髪を揺らしながら豪快にわらい飛ばす先生につられてリンファも少しだけ笑う
「あの毒が冥?術だったかねぇ、あれが混じっていたから命拾いしたよぉ」
「命拾い・・・?」
「あぁそうか、冥術をかけられるときはいつもリンファは瀕死だもんねぇ! わからないよねぇ、ごめんよぉ」
先生は機嫌がよさそうなのかいつもより少し楽しそうに笑う
その内容はなんというか結構物騒ではあるのだが、先生はさしてそれを気にしてはいない
「何度か目にして分かったことがあるけど、あれは肉体ではなく精神に危害を加えてくる類の攻撃の様だね」
「そうなんですね・・・、でもそんな怖そうな魔法なのになんで僕は無事だったんでしょうか?」
先生はニコッと笑って親指で自分を差す
「君の心を襲う者であれば、私が相手できるからね」
「す、すごいです!」
「私にはこれくらいしかしてやれないからねぇ・・・リンファや、戦いはこれからも続くよ」
先生は笑顔から真剣な顔に表情を変え、リンファの眼を見る
リンファもまたその眼を見つめ返し、ゆっくりとうなづく
「君が誰の為に、何のために戦うとしても私は否定しない 心のままに迷い、心のままに前に進みなさい」
「はい、頑張ります・・・!」
先生の言葉に応えようと立ち上がろうとするリンファを先生は優しく止める
「はっはっは進めと言っても今ではないよ、今は目覚めるまでゆっくり休みなさい」
血気はやるリンファをやさしくたしなめ樹の傍に座らせると先生はリンファに型を見せる
鋭い足と腕の運びがパシンと小気味のいい音を立てる
「その型・・・初めてみました!」
「はっはっは、しっかり目に焼き付けるのだよ、見取り稽古は大事だからねぇ」
リンファの目の前で先生がゆっくりと技の型を繰り出し、その動きを一生懸命みつめる
「この型の勘所はねぇ・・・」
「はい・・・」
優しい霧が二人を包み、いつもの時間が過ぎていく
―――――――――
目覚めると地面が一定のリズムで揺れていた
蹄の音が聞こえてくるので、リンファは自分が馬に乗っていることに少し回っていない頭で理解した
「リンファ、目が覚めたか」
ボーっとしている頭に誰かが呼ぶ声がする
「ん・・・あれ? ここは・・・」
頬に温かいものが当たる、誰かの体に寄りかかってる感じがする
「まだ意識がはっきりしないようだな・・・痛いところはないか?」
「え、えっと・・・大丈夫です・・・」
「まだ寝ぼけてんなぁ、でも痛みで跳び起きねぇだけよかったんじゃねぇの?」
「そうだな、とはいえ回復魔法の影響はまだ残っているだろうからな・・・」
誰かと誰かが話をしている
二人とも聞き覚えのある声・・・アグライアさんとグリフさん?
「あ、アグライアさん!?」
ガバっと飛び跳ねて起きるリンファだったが、すぐにアグライアの腕で引き戻される
「まだ動いちゃダメだ! 傷が塞ぎきってないからな」
「あ、歩きますよう!」
「だーめーだ! おとなしく寄りかかって休んでいるんだ、拠点についたら起こしてやるから」
しっかりしてきた頭と視界で辺りをゆっくり見返す
木々は見えるけれどある程度整えられた地面の道、星が少なくなり空が白んできている
「そーそー、怪我人はおとなしく寝てるもんだぜリンファ」
その声に視線を向けると、馬の隣をグリフが歩いている
「ぐ、グリフさんだって怪我してるじゃないですか!」
「オイラはいいんだよ、お前支えて馬に乗れるほど乗馬うまくねぇからなー」
ニヤニヤと笑いながらリンファをみるグリフ
その顔にちょっとバツが悪くなりながらリンファはアグライアの腕におとなしく従った
「元気そうでよかった・・・回復魔法の影響がどのくらいあるか心配だったが、今のところ大丈夫そうだな」
そういわれてリンファは自分の体をペタペタと触る
大きな傷のところにはケロイドのような跡が残っているが塞がっており、ピスティスから受けた毒も抜けている
「わ・・・すごい・・・!傷が塞がってる・・・!」
これまで回復魔法で傷を治すときは激痛が伴うのがセットだったが、今回は大きな痛みを感じない間に傷が塞がっている
普通の人であれば当たり前のことに感動を隠せない
「ルカさんほどうまくはないが、とりあえずよくなっているなら安心だ」
アグライアはリンファの傷に響かないように馬をゆっくり操る
「しかしあの出口から脱出してくるとは思わなかったよ、グレイさんや他の人も探してくれたんだが崩落が始まっても二人が出てこないから焦ったよ・・・」
「心配かけてすいません・・・ 拠点は今どうなっているんですか?」
その言葉に神妙な顔つきになるアグライア
「もしかして・・・みんな・・・」
「いや、確かに被害は多かったがあれから実は援軍・・・というべきか・・・乱入者があってな・・・」
深刻な顔つきではあったがそれ以上にどう説明していいかわからないといった感じで言葉を濁すアグライアにリンファは不思議そうな顔をする
「乱入者・・・? 魔獣とかのモンスターとか・・・」
「人間だってよ、それも凄腕の魔術師らしいぜ」
どう説明したものか悩むアグライアの言葉を待たずグリフが口を挟む
「あの女ゴブリンを蹴散らしたらしいぞ、とんでもねぇのがいるよな」
「え!? あのピスティルさんを・・・?」
「グ、グリフ!」
「いいじゃねぇかアグライアさん、事実は事実なんだしよ」
「アイツは危ないんだ! 特にリンファには・・・!」
「ぼ、僕には特に危ない・・・?」
馬の歩く音だけが響く夜道
アグライアが意を決して口を開く
「リンファ、まだ本調子ではないだろうが拠点に近づいたらいつでも戦闘ができる心構えをしてくれ」
「きょ、拠点を助けてくれた人じゃないんですか!?」
「アイツは何をするかわからんのだ・・・ そもそもなぜアイツ拠点に来たのかもわからん、多くの人が助かったのは事実なんだが」
「なんかあぶねぇやつだな・・・俺たちの仲間じゃないのかよ?」
「私達の味方ではないな・・・強いて言えば・・・」
「ゴブリンの敵だ」
その言葉に何かに気づいたのか、リンファの顔色が大きく変わる
それと同じタイミングでアグライアが上空の異変に気付き瞬間的に魔法障壁を展開する!
「な、なんだよ!アグライアさんあっぶねぇなぁ!」
「グリフ!伏せろ!」
その言葉を言うが早いか数十発の氷の矢が霰の様に降り注ぎ3人を襲う!
アグライアの言葉で伏せるのにギリギリ間に合ったグリフの頭上を切れ味鋭い氷が空気を裂く音を立てて通り過ぎた
「なんだあぁ!? さっきの女ゴブリンか!?」
必死に身を伏せて半泣きで叫ぶグリフの声に怒りの声が響く
「そこの下劣な異民族! この私をゴブリンと言ったか!?」
「そ、その声・・・まさか!?」
「穢れ諸共大地の肥やしにしてくれるわ!」
空に浮かぶ男が怒り狂いながら巨大な火球を頭上に展開し始めるとその炎で男の顔が照らし出される
その険しく嫌悪に満ちたその顔にリンファは驚き固まってしまう
「貴様を殺しに来たぞ! 穢れたゴブリンハーフうううううううう!」
自分よりはるかに大きな火球を3人に向けて放ちながら叫ぶ男の名は―――
「ガ、ガルドさん!?」
アグライアの元上官、神聖騎士団第三方面隊隊長でありリンファの命を執拗に狙い激戦を繰り広げた男
ここには絶対にいないはずの男が再びリンファに牙をむいた!




