67.安堵
空より舞い降りたアグライアは泥だらけだった
神聖魔法の影響でうっすら光って見えるアグライアの至る所には泥と血が付着しており、その汚れを際立たせる
容姿端麗のアグライアだからこそ汚れが強く目立つが、彼女はそれすらも美しく感じさせる
そんな登場を見せた
リンファはその姿を見て安心してしまったのか、膝から崩れ落ちそうになりそれをグリフに慌てて支えられる
「お、重い……! 大丈夫かリンファ! おい!?」
意識を失いかけているのか、体重の全てがグリフにかかる
けれどその視線はアグライアを追い続け、安心しきった虚ろな表情を浮かべていた
「アグライアさん……無事だった……来てくれたんだ……よかった……」
アグライアは二人をかばうように魔獣の真正面に堂々と降り立ち立ちはだかる
「リンファ……そんなに傷ついて……」
「へへへ……アグライアさんだって……ボロボロじゃ……ないですか……」
「こんなもの、汚れの内にすら入らんよ」
アグライアの体が魔法の詠唱で光りだす
マントが翻り、美しく凛々しい仁王立ちの構えが際立つ
「グリフ、お前がなんでここに居てリンファと一緒にいる?」
「ひ、一言では言い表せない海千山千の物語が……」
「その辺は後でじっくり聞かせてもらおう、拠点での行動も含めてな」
魔獣を拘束していた鎖が消え去り、アグライアに迫りくる!
アグライアはそんな魔獣に慌てもせずに一瞥をくれると、グリフとリンファを見て言った
「良く生きていてくれた、ありがとう」
アグライアはそういうと魔獣全てに向かって全てを真っ白に染め上げるほどの光と空を割るほどの爆音を浴びせる!
「セイクリッド・スタン!」
音と光に数匹の魔獣は逃げ去ったが、興奮から覚めない数匹は一瞬ひるんだがアグライアを探し首を振る
だがその一瞬で逃げる判断をしなかったのが命取りだった
スタンの瞬間にアグライアは魔力を用いて高く跳躍、魔獣の動きを見て逃げるものと逃げないものを判別
逃げようとしないものに向かって急降下しながら大声を叫ぶ
「こっちだ!!」
その声に上を向いた瞬間、魔獣の眼前にはアグライアのロングソードが迫り、口内から心臓まで一気に貫かれる
アグライアはその悲鳴を聞きながら剣を一気に引き抜き、腕を振って払おうとする魔獣の腕を横なぎに切り払った
そして跳躍魔法で魔獣の顔面を吹き飛ばしながら次の敵の首を刎ねる!
「悪く思うなよ……こちらにも手加減をしてやる余裕はないんだ!」
険しい顔で魔獣に謝罪するアグライア、だがここで情けをかけてリンファに危険を及ぼさせるわけには行かない!
魔獣がグリフたちに迫ろうとするのを見逃さず、セイクリッドチェーンで魔獣の脚を絡め転ばせる
魔獣の鼻先がグリフの眼前に迫り、情けない悲鳴をあげるグリフ
「こっちくんな!こっちくんな!来ないでえぇぇぇ!」
半泣きでナイフを振り回しながら、それでも絶対にリンファをかばおうとする姿勢にアグライアは少し驚く
アグライアはチェーンを一気に巻き取ると魔獣を引き寄せ、バランスを崩してむき出しになった腹部に剣を突き刺す!
「エンチャント・ファイア!」
突き刺さった剣に炎が迸り、魔獣が内部が炎で焼かれ断末魔をあげる
苦しみながらもまだ息のあるその魔獣の首にアグライアはそっと剣を当てる
「すまんな、せめて今楽に……」
その剣が魔獣の動脈を切り裂き、やがて動かなくなる
数匹の魔獣の死におじけづいたのか、全ての魔獣がその場から逃げ去っていた
辺りを警戒しながらアグライアは慌ててリンファの元に駆け寄る
「大丈夫かリンファ!? あぁ、こんなに傷だらけになって……この斑点はなんだ!? どんな戦いをしていたんだ……」
躊躇なくリンファの服を脱がせながらその傷の状況に絶句するアグライア
「君はいつもいつもこんな大けがをしている……頑張ったなと労うべきか、無理をするなと叱るべきかそのたびに迷うよ」
「え、えへへぇ……」
体中の傷に消毒と薬を施すアグライアの手を力なく握って少しだけいたずらっぽく笑うリンファ
「傷口の消毒は済んだ…… リンファ、今から私がしようとすること、信じてくれるかい?」
「はい、信じます」
何をするかも聞かず、リンファは即答した
「ありがとう、じゃあ目を閉じてくれ」
眼を閉じたリンファの瞼に手を当てて魔法の詠唱を始めるアグライア
「アグライアさん待ってくれ! リンファの奴に魔法はなんかやべぇんだよ!」
「その事を知っているのか、でも大丈夫だ……見ていろ」
アグライアの詠唱がリンファの体に染みこみ、やがてアグライアの手を握っていたリンファの手がポトリと力なく落ちる
ほどなくして小さな寝息が響き始め、リンファが意識を失ったことが確認できた
「よし、しっかりと聞いたな……リンファの体質とこの疲労具合だ、数時間は目は覚めないだろう」
「こ、これって……?」
「睡眠魔法だ、戦闘なんかで使う事はほとんどないがな」
アグライアはリンファに小さく回復魔法を唱え、その反応を伺う
傷口には小さなケロイドの様な回復跡はできたが、リンファ自体に苦痛を感じている様子はない
「よし……ここからは急がないといけない、魔獣が戻ってくるかもしれないからな」
アグライアが魔力を全開に開放し術式を展開させる
「グリフ、お前もこの術式の範囲内に入っててくれ、設置型の回復術だから多少の効果があるはずだ」」
「おぉ、たすかるぅ!」
「お前の傷も大きいのは十分にわかっているんだが……すまない、少し待っててくれ」
「いいっていいって!オイラは自分でどうにかするからリンファを早く治してやってくれ! ありがとうな!」
その言葉にあっけにとられた顔を向けるアグライアを見て怪訝な顔を返すグリフ
「な、なんだよアグライアさん?」
「そういえば……リンファと呼ぶようになったんだな?」
「な? ななな何言ってんだ前からだろ?」
「フッ……そういうことにしとくか」
少しだけ微笑んだ後、アグライアは回復魔法や解毒魔法などを駆使しリンファの傷を必死に治していく
あの飛翔島での激戦で傷つき生死をさまよったリンファを見て、アグライアは自分にできることとしなければいけないことを必死に考えていた
リンファはこれから何度も戦いに身を投じ、そのたびに傷ついていく
以前はたまたま飛翔島という設備が整った場所でルカという有能な回復術士が居たから一命をとりとめたに過ぎない
だからアグライアはあの日あの飛翔島のベッドの上でルカから回復魔法について改めて学んだ
来たる日に後悔しないように、頭に叩き込み続けた
『こんなにも早く来たる日とやらが来るとは思わなかったがな……!』
必死に学んだことを思い出しながらアグライアは様々な回復魔法を詠唱した
「まずは解毒と毒が染みてしまった部位の回復だ……リンファ、力をいれるなよ」
アグライアは毒が溜まった箇所にナイフを少しだけ突き立て、その傷口から魔法を流し込む
「皮膚の上から魔法を浴びせれば皮膚が焼けただれる……できるだけ小さな放出で魔法を患部にだけ当てる……」
「す、すげぇ緻密なことやってんな……そんな回復魔法のかけ方オイラ初めて見たよ」
「普通なら回復魔法がダメージになることなんてないからな……、これはルカさんという術士からの直伝だよ」
そういいながら冷や汗をかきながら手元だけは震えないように力をいれて固定し、最小限の魔法を唱える
時間がかかりすぎればリンファが目覚めてしまうかもしれないし、出力を間違えれば負担になりかねない
『お前が戦うなら共に戦う、お前が傷つくならそれを癒そう』
アグライアは焦る気持ちを抑え込みながら、一心不乱に詠唱を続ける
塞がる傷口に安堵しながら、更に治療を続けるアグライア
「生きててくれて、本当にありがとうな……リンファ」
眠るリンファに、癒すアグライア、心配そうに見守るグリフ
3人の夜は静かに更けていく
その頭上には輝く星があった




