65.憎悪
不意の襲来にその身を強張らせながら警戒を強めるリンファとグリフに向かって視線すらあわさずどこか無気力に
赤い石を我が子の様に抱えたピスティルがすっとその少し筋張った手を二人に差し向ける
その挙動にビクっと身を固める二人だったが、ピスティルはその動きを気にすることもなくその手で明後日の方向を指し示す
「あっちよ」
「え・・・?」
「そこの通路をまっすぐ進めば検体搬出路から外に出られるわ、外に出てしまえばあとはどうとでも逃げられるでしょ?」
先ほど命をやり取りをしていたゴブリンが、戦闘の意志を見せずに出口を教えてくる
この不自然さにどういう動きをすべきか警戒を強める二人の前で、少しだけピスティルが上を向いたかと思うと
要塞全てに響き渡るような大声で鳴いた
グリフは身を縮めたが、リンファはその内容が理解できたのかピスティルの顔を驚き見つめてしまう
「な、なんだ!?オイラたちやっぱり殺されちまうのか!?」
「ち、違うと思います・・・でもちょっと信じられない・・・」
「あ、アイツなんて言ったんだよ!?」
ピスティルは虚ろな目でリンファを見ようとしない
「捕まえている人間を解放しろ・・・外に逃がせって・・・」
「ご不満なら皆殺しにしてしまってもよいのだけど、そっちの方がよかった?」
「一体何が狙いなんですか・・・? 僕らにとって都合がよすぎる」
リンファの言葉にまともに答えようとせず、愛おしそうに赤い石を撫でながら抱くピスティル
「大丈夫よトランク・・・すぐ終わらせるからね・・・」
「お、おいゴブリン姉ちゃん! ここの親玉は多分だけど死んだぞ! 何を企んでるのかしらねぇけど無駄だからな!」
精一杯強がるグリフの言葉にピクっと肩を震わせる
「トランクのことかしら・・・?」
「そ、そうだ! あのでかいゴブリンならこのリンファがぶっ飛ばしたぞ! お前らの負けだ!」
「トランクを殺したのは、貴方?」
ピスティルが冷たくリンファを睨む
その目が余りに冷たく、背筋に寒気が走る
ピスティルがクスクスと笑いだす
笑いひきつる頬に、緑の涙がしたたり落ちる
「違うわゴブリンハーフ、あなたはトランクを殺していない」
「え・・・?」
「殺したのは私、物言わぬ塊に変えたのは私 あの人の死をあなた如きに奪わせてたまるものか!!!!」
叫ぶように言い放つと、ピスティルから魔力が放出される
その圧力に部屋のビーカーが破裂し、壁にひびが走る
咄嗟にグリフをかばいながら構えを作り臨戦態勢を整えるリンファ
「トランク、あなたは戦うなと言ったけどコイツが襲い掛かってくる分には仕方ないわよね・・・?」
もはや感情を隠そうともせず、殺意をむき出しにするピスティル
魔力の放出が安定化し、複数の魔法の起動が完了する
ピスティルは動かない、リンファもまた動かない
ただ睨みあう、ピスティル冷たい殺意の視線をリンファはまっすぐと意思のある目で受け止めた
「・・・かかってきなさいよ、クソ野郎」
ピスティルはボソッと呟きうつむくと、再度出口を指し示す
「もう一度言うわ・・・出口はあっち、さっさと出て行って あなたたちが探していた人間ももう開放した」
魔力の開放と術式の展開は解除せず、ピスティルはしゃべり続ける
「この要塞の建物の一部は私たち諸共に転移術で消えるわ、巻き込まれたら貴方達は魔力の奔流で蒸発するわよ」
ニヤっと壊れた人形の様な表情を浮かべるピスティル
「あなたは魔法への耐性が皆無なんでしょ? 巻き込まれたら絶対に死ぬわね」
「それがわかっているなら・・・なんで巻き込まないんです?」
リンファはその拳をゆっくりピスティルに向ける
真意が見えない相手のいう事も警戒を解くわけにもいかない
トランクとの戦いのダメージは深刻だけど、油断はできないとリンファは感じた
「死んでもらっては困るの、あなたには」
少しだけ表情を柔らかくしてピスティルが優しく語り掛ける
まるで幼子をいたわる様な優しい目
その目に少しだけ戸惑うリンファの眼を覗き込むようにピスティルが顔を近づける
「あなたは私が殺すからよ、あなたの心臓をこの手で握りつぶしてやらないと気が済まないから死んでもらっちゃ困るのよ」
眼に映るピスティルの瞳孔が奈落の様に漆黒で、思わずリンファは声にならない叫びをあげる
「本当は今すぐ殺してやりたい・・・! でもトランクとの約束の方が大事なの」
顔を近づけたまま喋り続けるピスティル、それはリンファにとって一撃必殺の間合い
いかにピスティルが力を持った魔導士であろうと、この距離であればリンファの一撃の方がはるかに速い
魔法が発動するより早くピスティルは亡骸に変わるだろう
だが、リンファはそれをしない
しないのではない、できないのだ
ピスティルのあまりの黒い瞳と全身から湧き出す凄みにリンファは完全に呑まれてしまっていた
「ここはトランクと私が必死に積み重ねた研究の山・・・これとお友達みんなを連れて帰ることの方が今は重要なの、とても悔しいわ」
「け、研究・・・?」
気圧されながらやっとの思いで言葉を放つリンファ
「何も知らないって声を出すのね、元々人間共の研究施設なのに」
黒い瞳が不気味に歪む
「ここは生体を魔鉱石に変えるための研究施設、人間共が作った汚らわしい処刑場よ」
その瞳に気圧されていたリンファだったが、その言葉の意味に気づき驚愕の表情を浮かべる
狼狽して何も言えなくなるリンファを心配して、たまらずグリフが口を挟む
「な、なにを魔鉱石に変えるっていうんだよ!?」
その声に首だけが動いたかのように不気味に視線をむけられてグリフは小さな悲鳴を上げた
「ひ、ひぃっ!?」
「何をですって・・・? クソ野郎どもめ・・・」
黒い瞳が大きく揺れる
「人間共が私達ゴブリンを材料にして魔鉱石を作ろうとした研究のことよ」
リンファはその言葉でさっき感じた臭いの正体を知る
さっき感じた血の臭いは人間だけではなかった、ゴブリンの血の臭いだったのだ
それも人間のそれはくらべものにならないほど濃く感じていた
「人間共がやっていた研究を、お友達の血の臭いが染みついたこの場所で人間たちにもしてやったのよ」
リンファの拳が震える
下ろすわけにもいかず、打ち抜くわけにもいかない
ただ震える事しかできない
「あなたは人間を傷つけ攫った私達に怒り、トランクを倒したのよね?」
「どうかしら? ここの惨状は怒りの対象にならないのかしら?」
「ぼ、僕は・・・」
「わかるわけないわよね・・・違うわね、わかってほしくもないわ」
ピスティルが赤い石・・・トランクだったものを強く胸に抱き、透き通った涙を流した
「わかりあえてたまるものか・・・ あなたは私たちの憎むべき敵よ」
その目に圧倒されて言葉を失うリンファを手を強く引っ張りグリフが走り出す
その勢いに我に返ったリンファが辺りを見回すと、建物が大きく揺れて瓦礫が天井から落ちてきていた
「何ボーっとしてんだ! さっきからずっとやばかったんだぞ!!」
「こ、これは・・・!?」
ピスティルが意地悪そうに笑う
「ここを放棄する時には二度と利用できないように崩壊させるようになってるのよ、ざまぁみなさい」
グリフの手を握ったまま、立ち止まるリンファ
天井の崩落にグリフは焦っていたが、リンファはピスティルを見つめていた
ピスティルはもうこっちを見ていない、ただ赤い石を抱きしめている
「トランクさんは!星が綺麗だと言ってました!」
リンファの叫びにピスティルの体が震える
「そして僕の名前を心臓に刻むと言ってくれました・・・」
ピスティルは何も答えない、ただ赤い石を抱きしめる
「僕の言葉なんて意味ないかも知れないけど、トランクさんはすごく仲間思いの強敵でした・・・!」
「急げよ!崩落に巻き込まれるなんてごめんだぞ!!!!」
まだ何か言いたそうなリンファの手を強く引っ張りグリフが走っていく
リンファはその手に従い走りながら、ピスティルを見つめる
もっと言うべき言葉や話すべきことがあったかも知れない
でもどうしようもなく足りない
理解も、言葉も、時間すらも
リンファは悔しそうに背中を向けた
「あれぐらいの意地悪なら許してくれるわよね、トランク?」
トランクを愛おしそうに撫でる
その手に涙が落ちる
「じゃあ、帰りましょうね・・・あなたの欠片が消えてしまっても、私たちはずっと一緒だよ」
ピスティルの足元に浮かび上がった術方陣が要塞全体を包む
そして要塞の敷地にいるゴブリンたちを瞬時に察知し魔法が包み込む
赤い赤い魔法の光、ゴブリンの瞳のように真っ赤な光
その光はトランクだった赤い石からも強く発せられる
そしてピスティルは赤い石を惜しむ様に必死に抱き留めながら、詠唱を完了させた
その詠唱の終わりが送り出す言葉になったかのように、ピスティルの手の中からトランクが消えた
転移の光に包まれながら、ピスティルは泣いた
そして濡れた瞳に憎悪を燃やす
許すまじ、拠点の魔導士
何より絶対に許すまじ、憎き仇・・・ゴブリンハーフ・・・!




