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緑の拳士~ゴブリンハーフは魔法が使えない~  作者: ハンドレットエレファント


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53/464

53.進むべきは

「まだ魔鉱石は生成できねぇのか!?」

トランクは苛立ちを隠すこともなく怒鳴りつける

その怒声はそのだだっ広い陰鬱な作業部屋に響き渡り、作業をしていた多くのゴブリンを震え上がらせる

そしてその声に反応して至る所から人間の恐怖の悲鳴が鳴り始めて、作業しているゴブリンが殴ってやめさせた


「お願い、気持ちはわかるけど少し声を抑えてトランク 私のお友達が怖がってしまうわ」

そういうと髪の長い、他のゴブリンと比べて華奢なゴブリンが震えあがってしまったゴブリンの頭を優しく撫でてやる

撫でるその手は筋張ってゴツゴツとしているが、その顔や腰は不自然なほどに小さく細い


「す、すまねぇピスティル……、でも急がねぇとおれの仲間がみんな殺されちまう!」

怒鳴ったことに頭を下げると、それでもなお窮状を訴えるトランク

リンファと戦っていた時の様な不敵な雰囲気はどこにもなく、ただ焦り困り果てている


「わかってる……私だってあなたのお友達を死なせたくないわ、けれどどうして純度と量が出せないの」

ピスティルと呼ばれたゴブリンは悲しそうに眼を伏せる


「やっぱり作戦を中止して撤退させるしかねぇのか、でもそうすると仲間がよ……!」

「そうね、やっぱり人間でダメだという事になったら、きっとクイーン様は躊躇しないと思う」


黙るトランクとピスティル

忙しそうに動き回るゴブリンの喧騒と泣き叫ぶ人間の悲鳴だけが虚しく部屋に響く


「ピスティル、無理を言ってすまねぇがこのまま魔鉱石の精製を続けてくれ、ここにゴブリンはみんな働かせてくれて構わねぇ」

「わかったわ……でも大丈夫?見張りも護衛もなしで」


トランクはその言葉に自らの体より巨大な片刃の斧を軽々と肩に担ぎ、揺らしながら答えた

「不要だ、半端者の侵入者共は俺が殺す その後戦ってる仲間を迎えに行く」

その顔からあせりが消え、静かな決意と覚悟が現れる


「トランク……」



ピスティルの頭に手を置いて、少しだけ遠慮気味にトランクははにかんだ

「無理言ってすまねぇな、こんな難しい事をやれるのはお前だけだよ、ピスティル」

「私……絶対成功させるから!だから……!」


言葉を最後まで待たず、トランクは部屋を立ち去ろうとする

その背中にかける言葉が思いつかず、ピスティルはただ後ろ姿を見つめ続けた



部屋から出るその時、トランクは振り向かずにゆっくりと大きく手を振った









リンファはまだ思うように動かない脚を必死に奮い立たせ、立ち上がる

グリフはそれを助けるでも止めるでもなく、ただ睨むように見続けていた


「一緒にここにきた冒険者さん」

「……あ?」

「グリフさんと一緒にここにきた冒険者さん、無事であってほしいですね」

「わ、わかんねぇよ……」

「拠点から連れ去られた人もなんとかして助けてあげたいけど……まずはアイツを倒して拠点に残ってる皆を助けないと……!」



他人の心配をするその口から血が垂れていることに、リンファは気づいていない

歩く事すらおぼつかない癖に、壁にもたれながら前に進む


グリフが数歩歩けば追い越せる速度でも、リンファはその足を止めようとはしなかった



「……あっちだよ、さっきの場所」

グリフがリンファと視線を合わせようともせず指だけで指し示す

「多分その通路をまっすぐ進めば下りの階段があると思うから、そこを降りればさっきの場所につくだろうよ」

「あ、ありがとうございます……」



「んで、俺は向こうに行く」

先ほど指示した方向とは真逆の通路をグリフは指さす


「あっち……出口なんですか?」

「しらねぇよ、でも少なくともあの化け物はいねぇだろうよ」

「ですね、でもゴブリンが居るかもしれないから気を付けてくださいね グリフさんまで襲われちゃったら辛いから」


腫れてまともに開いていないまぶたを細めて心配そうにするリンファにいらだち傷一つついてない顔を両手で叩くそぶりを見せるグリフ

「なんだよてめぇ、イヤミのつもりかよ……!」

「違います……本当に心配なんですよ」

「ケッどうだかな、」

いらだちを抑えきれず、リンファに八つ当たりをしてしまう

けれどリンファはそんなことにも気づかず、まだ心配そうにグリフを見つめていた


「拠点も今危ないと思うので、ルミナスの腕……でしたっけ、あのおっきい壁の兵隊さんのところまで気を付けていってくださいね」

「余計なお世話だよ、てめぇこそ精々気を付けるんだな」

「はい……ありがとうございます」

「何がありがとうなんだよ! お前馬鹿なんか!? そうだったな馬鹿だったな! そうやって誰かのことばっかり心配してるもんな!何の見返りもねぇのに!」


グリフはリンファのお礼の言葉が癇に障ったのか早口で怒鳴り散らすが、リンファはキョトンとしてまた心配そうな顔になる


「グリフさん、なんだかんだで僕を助けてくれたし、今も心配してくれてるじゃないですか……」

「だから、ありがとうなんですよ」



フフっと笑うリンファ

その邪気のない笑顔をどこかで見たこと思い出して、グリフは慌てて背中を向ける

その背中に少し困ったような顔をリンファが浮かべたとき、建物を揺らすほどの巨大な鳴き声が響き渡る


「な、なんだぁ!?」

グリフは思わず頭を抱えてしゃがみこむが、リンファは表情を曇らせ目を見開いた


「あぁ……くそぉ……! 急がないと!」

リンファがそうつぶやき、歩を進める

その足はおぼつかないままに、速度を増していく

もはや匍匐前進にも似た、全身でのたうつような歩き方……よりかかって進んでいく壁にはナメクジが這ったような血の跡が刻まれていく



「グリフさん、アイツは僕が戻らなければ要塞にいる人間を皆殺しにすると言ってます……早くここから逃げてください」

「おまえ……さっきのでかい咆哮みたいな鳴き声の意味がわかったのか?」

「あはは……多分どっかでバレちゃうだろうけど、撲って緑の民でも何でもないんです」


歩きながら腕に巻いていたボロボロの布をそっと外す

「ない……、あのうっとおしい緑肌の毛がない……?」

更に鳴り響く鳴き声に、リンファはため息をつく


「あぁ、理解しちゃったなぁ……こうかぁ」


リンファはそういうと大きく息を吸い込む

何事かと声をかけようとしたグリフに、鼓膜をやぶりかねないほどの巨大な咆哮が響き渡る

恐ろしい化け物を思わせる不気味でおぞましい咆哮が


目の前のリンファの口から発せられた




「……お、お前」

「早くしないと一人ずつ殺すぞって脅してきたので、『今すぐそこに行くから待ってろ!』って言ってやりましたよ……あはは……」


グリフは思わず後ずさる

目の前にいるのはあのムカつく緑肌の連中ではなく、ここに巣くう化け物と同じゴブリンだということに気づいてしまった


「ご、ゴブリン……!?」

「ゴブリンハーフ……らしいんですけどね、どっちでもあんまり関係ないですよね」



グリフは目を見開いてその身を強張らせ固まってしまう

そんなグリフを見ながら、リンファは背中を向けて転がるように走り出す



一歩も動けないグリフの視線を背中に受けながら、リンファは小さく手を振りそして走り去った






立ち尽くすグリフの周りには誰もいなくなり、やがてリンファの足音も聞こえなくなる

敵がいる要塞の一角のはずなのに誰の気配も感じられない


完全に無音、完全に一人



耳が壊れそうになるほど静かなその通路でしばらくうつむいていたグリフは

視線をあげぬまま一歩ずつ足を動かした














さっきグリフに手を引かれかけあがった階段を、転がるように下るリンファ

暗い階段を抜けると光と共に広場が現れる


さっきまでボロボロにされていたことだけは覚えている、石造りの広場

あの時はしっかり観察できていなかったけれど、よく見ればなにやらたくさんの血痕が地面に刻まれている

その血はリンファのものではなく、色あせており、なによりも赤黒い

『ここで一体何が行われていたんだろう……?』


リンファはそんなことを一瞬だけ思いながら、すぐに気持ちを切り替える


「よぉハーフの兄ちゃん よく戻ってきたなぁ、あのまま逃げてると思ったんだがなぁ」

広場の中央でトランクが悠々と待ち構える

さっきまでと違うのは、その肩にはトランクよりも大きく見える巨大な斧がかかっていること

クイーン・アックスと名乗るにふさわしい禍々しい斧がその身にしっくりと収まっていた




「逃げるように叱られたんですけどね……、でも逃げるわけには行かなかったので」

中央に陣取るトランクにふらつきながら進むリンファ


「さっきの咆哮へたくそだったなぁ、ウチの生まれたての仲間だってもうちょっとうまく鳴くぜ?」

「あいにくと覚えたてなもので……」

「そりゃ大変だ、赤ちゃんと一緒に鳴き方をおしえてやらねぇとな?」

「お断りします、鳴き声なんて僕の生活にはさして必要がない……」





一足一刀の間合いに二人は対峙する

トランクは肩に担いだ斧をゆっくりと両手に構え、首を小さく曲げて音を鳴らす


リンファは体の震えを止めると、腰を低く溜めてその手のひらを突き出し構える



「んじゃ、殺してやろうかね」

トランクがゆっくりと傲慢に歩を進む


その言葉に応えることなく、リンファは構えたまま一点を見つめる

それはトランクの手についた、小さな切り傷だった―――



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