51.絶体絶命
トランクの攻撃は、生き物が繰り出す攻撃とは一線を画す速度と重さがある
振り回される腕はまるで崖から転げ落ちる巨大な岩石の様
生き物同士の理合いが通用するような攻撃ではなく、一撃一撃が重篤な事故に巻き込まれたかのようなインパクトを放ってくる
下手に受ければ骨ごと持っていかれ、捌いたとしてその余波で体がもって行かれそうになる
回避をして一撃を加えたところでその強靭な肉体はあらゆる攻撃を拒み、弾き返してくる
どこを殴ってもきかず、どこを殴られても危険
殺意ある鉱物と呼ぶにふさわしい硬さと重さのトランクは不敵に笑いながらリンファを睨みつけていた
「さすがクイーンに与えられた体だ、ビクともしねぇ こう見えても元々ゴブリンの中では非力な方だったんだぜ?」
自らの両腕を眺めて、うっとりとした表情を浮かべる
「どんな巨大な武器でも扱えるようにという考えで作られたわけだが……」
粉砕した壁に背中を預け、荒い息で視線を落とすリンファ
その背中には壁面の破片が痛々しく無数に突き刺さっている
だがその見た目とは裏腹に、リンファはその傷の痛みすらも感じられない程朦朧としていた
「すまんな、俺は素手でも強いんだ」
手のひらを開き、壁ごと押しつぶさんと迫るトランクを、リンファはなんとか回避する
足元はもつれ、転がるように体を動かす
ついさっきまでリンファが体を預けていた壁はトランクの攻撃で無惨に砕け散り大穴が開いた
「くぅ……!」
リンファは定まらぬ視界を必死に合わせると、無防備に背中をさらすトランクの首元に回し蹴りを叩き込む!
「
おぉ、いいところを狙うじゃねぇか 急所を狙うってのは大事だよなぁ」
だがトランクは微動だにせず、蹴りこまれたリンファの足を掴んだかと思うと粗雑に投げ捨てた
何とか受け身をとるも、リンファは勢いを抑えきれず何回か転がりながら倒れてしまう
「どこかに……どこかに突破口がある……あきらめないぞ……!」
体中に傷を負い血を流しながら、それでもリンファは戦いをあきらめようとしない
ここで自分が負けたり逃げたりすればトランクはすぐに拠点に戻って戦闘に復帰するだろう
そうなったら冒険者のみんなやアグライアはきっと……
今拠点がどうなってるか、そればかりが気がかりなリンファではあったけど
もしここで拠点に逃げ戻ったところで、転移魔法を準備されればトランクの方が先に到着して戦況が絶望的になるのは目に見えている
「せめて少しでも時間稼ぎをしてみんなが逃げられる時間を作って見せる……!」
勝利の糸口すら掴めないまま、それでもリンファはその一心で拳を握っていた
自らの技が一切通用しなくとも、撃退が敵わなくとも
今自分にできることをトランクに叩き込んでいくしかない
リンファは身に沸き起こる絶望を破壊するようにもう一度構え、立ち向かっていった――
トランクの戦い方は総じて相手の動きを読もうとしない傲慢な動きだった
お互いに致命に至る一撃を持っていれば、その一撃を叩き込むために読みあいと攻めあいの末に攻撃を繰り出すものだ
だがトランクにそんな動きをするつもりは全くない
相手の理合いなど読んでやるつもりもないし、自分の理合いなど読みたくば勝手に読めと言わんばかりに前に出てくる
生物の急所などみずからの急所にあらずと隙を晒し、そこに一撃が加えられれば待ってましたと言わんばかりに反撃をしてくる
リンファもそこに攻撃をしても効果が薄いとわかっていても、急所に隙を見つければ反射的に撃ち込んでしまいカウンターで切って落とされてしまう
自分が今まで重ねてきた稽古が全て否定されるような絶望感がリンファに覆いかぶさっていた
「ここならどうだ……!」
リンファは相も変わらず前身してくるトランクの両腕をかいくぐり背中合わせで張り付き肘鉄でトランクの脇腹を打つ
当然そんなものは聞きはしないと言った感じで振り向きながら右腕で殴り掛かるが、リンファはそれを見越して深く腰を落としその腕を空振りにさせる
「ちょこまかとしやがって……!」
しゃがんでかわしたリンファを視界に入れるとイラつきながら地面に叩き潰さんと左腕を振りかぶり、そしておろす!
「ここだ!」
リンファはその瞬間を見越して迫りくる左腕を半身でよけながら、無防備になった顔面に狙いを定める
いや、リンファが狙ったのは正確には顔面ではない
顔面から更に部位をしぼり、トランク赤くぎょろつく大きな眼球めがけて精一杯に練り上げた魔導発勁の籠った掌底を叩き込んだ!
体勢下げ迫ってくるトランクの勢いと大地を蹴るように撃ち込んだリンファの掌底はまさに必殺のタイミングとなり、魔法煙が立ち上る
「やった……!」
撃ち込んだ態勢のまま一瞬勝利を感じてしまったリンファは残心を一瞬遅らせてしまう
だがその発生させてしまった油断に剛腕が振り抜かれ、無防備なリンファを壁面に吹き飛ばした!
「うぐっ……!」
もはや悲鳴を上げる暇すら与えられず、わずかなうめき声と共に上階の壁面を破壊しながら激突し昏倒するリンファ
破壊された多数のがれきと土埃が辺りにただよい、リンファの周りは何も見えなくなるほどになる
轟音とがれきが降り注ぎ体のあちこちに傷ができたというのに、リンファは指一本うごかせないほどに昏倒していた
必殺の一撃を受けたはずのトランクは振り抜いた腕をゆっくりと下ろし大きくため息をつく
顔の周りにあがっていた魔法煙が消えていくと、そこにはわずかに目を充血させ涙を一滴たらし笑うトランクの顔面があった
渾身の一撃が叩き込まれた眼球とその周りには、悲しいかなわずかな傷すらできていない
「狙いはよかったな……ちょっとイラっとしたぜ兄ちゃんよ」
言葉と裏腹に相当不愉快だったのか顔をしきりに撫でながら足元のがれきを蹴りまわすトランク
やがて落ち着いたのか、未だ動く様子のないリンファの方向に視線を向ける
「確かにお前の技はすさまじい、こんなの並のゴブリンなら粉みじんにされちまうだろうよ」
足元のがれきを邪魔そうに払いながら、ベラベラと喋りだすトランク
「だが無駄だ、無駄なんだよ! これがクイーンとゴブリン全員の力だ! お前ごとき半端者と人間風情が敵うわけねぇんだよ!」
そういうゆっくりとリンファのいる方向に歩き出し、壁に指を突き立てるように体を固定してゆうゆうとよじ登り始める
その迫る音を耳にしながらもリンファは逃げることも立ち向かうこともできないほどにボロボロの様相
なんとか壁によりかかることはできたが、乱れる呼吸は収まらず四肢にはまるで力が入らない
『あれだけ攻撃を打ち込んだのに……まともな傷一つ……血の一滴も流してない……』
自分のボロボロになった両腕を眺めながら散り散りになろうとする意識を必死にかき集める
『あきらめるな……考えろ……!動け、動いて戦うんだ……!』
必死にもがくが、それでも四肢に力が入らない
リンファは迫りくるトランクの方向にただ視線を向けておくことしかできなかった
ガシャ、ガシャと壁面に使われた石が砕かれるような音が段々と近づいてくる
だがリンファの体の感覚は戻ってくることはなく、近づく気配をただその身に受けるのみ……
『止まってたらやられる……うごけよ!うごけよぉ!』
必死に自分の体を奮い立たせるが、体は答えてはくれない
やがてその音は眼前に迫り来る
「さて、てこずらせてくれたがこれでおしまいだ……」
トランクの唸るような声が聞こえ、足場にしたのであろう石壁がバキンと砕ける音がする
その巨大な手がまるで大口を開け水面から襲い掛かる鰐の様に飛び出し、リンファの目の前の壁につかまれた!
「殺してやらぁ!」
石壁を強くつかんだトランクが今まさに壁を登り切ろうとした瞬間
リンファの脇を何者かが走り抜け、下からの壁を力を入れて掴んでいる野太いトランクの指と指の間めがけて
ナイフを力いっぱい突き立てた!
「ぎにゃああああああああ!!!!??」
突然の激痛に何が起きたかわからず咄嗟に壁から両手を離してしまい、情けない悲鳴を挙げながらトランクが階下に墜落し、轟音と土煙を巻き上げながら地面に激突
その音を待つまでもなく、そのナイフを突き立てた人物はトランクの様子の確認など一切せず座り込むリンファの手を掴み一目散に走りだした!
「あ、あなた……は……?」
「何やってんだよ!さっさと逃げるぞこの緑肌!」
リンファがまともに傷一つつけられなかったトランクに血を流させた人物、それは……
それは嘘つきのスカベンジャー、グリフのお兄ちゃんだった




