5.大事な指輪
ミナの家族は敬虔な神の信者であり、両親は村の教師であった
国を通して伝えられる神の教えを熱心に村人に教える大事な仕事
村人はミナの両親を尊敬し、両親もそれに見合う立派な人物であろうとした
「神の僕として恥ずかしくない人になりなさい、人を愛しなさい、優しくしなさい」
両親はミナにそう教えていた
ミナはそんな両親が誇りであり、村のみんなが大好きだった
ある日の森の外れ、陽光が木々の隙間から零れる
7歳のミナが薪を拾っている
これはミナに任された大事な仕事、神様も褒めてくれるってお母さんも言っていた
麻の服に、土のついた小さな手
長い黒髪が揺れる
薪拾いに夢中になっていると不意に茂みがざわめく
ミナが目を丸くする
そこにいるのは自分と同じくらいの少年
緑の肌、長い耳、尖った爪
だが、目は透き通るように綺麗
村にこんな子はいない、不思議な姿の子だった
「君は一体誰?」
屈託なく問いかけるミナ
その顔に少年がつられて少しだけ笑う
「リンファ……リンファっていいます、向こうの森の奥に住んでます」
「すごい!お父さんみたいな喋り方するんだね!大人だね!」
ミナが首を傾げる
「ゴブリン…じゃないよね?」
リンファが頷く
「うん、違うよ お母さんが違うって言ってたから」
ミナが手を叩く
「よかった!じゃあ友達になろう、私ミナだよ!」
「ともだち……」
二人が笑い合うと、つられたかのように木々がざわめく
無邪気な少年少女は、その日ともだちになった
森の日々
ミナとリンファが木陰で遊ぶ
おちた木の実を軽く投げて、笑い合う
7歳の二人に、しがらみはない
そんなともだちと遊ぶ楽しい毎日のある日のこと
ミナは家からあるものを持ってきた
銀に神の紋が刻まれたとても美しい指輪
金銭的価値はそこまで高いものではないが、神の信徒として特別に認められた子どもに贈られるミナにとってとても大事な宝物だった
「すごいでしょ!おかあさんとおとうさんからもらったの 信徒?の証なんだよ!」
「すごい……、かっこいい……!」
ミナの宝物に目を輝かせるリンファ
「誰にも見せちゃダメだけど…リンファはとくべつ!」
その言葉にリンファが笑う
「とく、べつ……すごく嬉しいよ!」
「えへへ!内緒だよ」
二人だけの秘密を柔らかい陽光が照らす
だがその日、その秘密をたまたま薪を拾いに来ていた村の大人が目撃することで
その秘密はいともたやすく暴かれてしまう
大事なともだちとの秘密ができた日の夕方
少しだけ帰りが遅くなったミナが薪を抱えて村に戻る
家に帰って元気にただいまの挨拶
けれどその挨拶に追い詰められた表情で迎える両親
両親の顔は、まるで死人のように青ざめている
「ミナ……あの異形と会ってたのか!?」
いけない、ばれちゃった
ミナはそれくらいの軽い気持ちだったが、両親の雰囲気で自分がなにかとんでもないことをしたことに気づかされてしまう
父の声が、肩が、体中が震えている
「え、えっとえっと……森にね、不思議な子が居てね おかあさんがいつも言ってるようにね」
母が叫ぶ
「あれは人なんかじゃないでしょ!!!」
ミナの胸が締まる
「人には優しくしなさいって…お父さんたちが…」
すがるように顔を向ける娘の頬を叩く父
「馬鹿な事を!許されない神への裏切りだ!」
ミナが泣く
「お父さん…怖い…!」
母がミナの肩を掴み、揺さぶりながら叫ぶように問う
「いいなさい!会ったの!?会ってないわよね!?何かの間違いよね!?」
ミナは恐怖で震えながら答える
「会ってない…知らない…ミナ、会ってないよ、知らないよ……!」
稚拙な嘘
両親の視線が怖くて顔をあげられない
そんな時、ミナの家に村人が飛び込んでくる!
「大変だ!あの穢れの異形がミナちゃんに会わせろって村まで来てる!」
顔をこわばらせながらふらふらと家をでていく両親
ついていこうとするミナだったがその時、ある事に気づき恐怖で足が固まる
気づいてしまったのだ、大事な宝物がどこにもないことに
村の入り口
リンファが立つ
泥だらけの服
緑の皮膚にも泥がこびりつき、腕や手先には小さな傷ができており、黒く濃くなってはいるが緑の血が傷の周りに固まっていた
「来ちゃいけないってお母さんに言われてたのに、きてしまってごめんなさい……」
オドオドしながらもできるだけはっきりと丁寧に言葉を選び話すリンファ
だが村人には流暢に喋るリンファが、皮肉にもより異形の化け物であることを強調させる
「これを届けに来ただけなんです」
体中が泥だらけ、傷だらけなのに掌の中のそれは汚れ一つなく、ピカピカされている
大事に、大事にここまでリンファは持ってきたのだ
村人の人だかりにミナの両親とミナがやってくる
その姿を見て、リンファが嬉しそうに手を挙げて嬉しそうに声をかけた
手に銀の指輪
「ミナ、大事な指輪、落としてたよ!」
醜怪でおぞましい、緑の穢れが
ミナの大事な神への信頼の証を持ってきたのだ
「お母さんがいってました、困っている人を助けるのがにんげんだよって」
醜怪な化け物が、屈託なく優しい笑顔でそう言った
ミナの母親が絶叫し、倒れる
ミナの父親が怒号を上げ、石をリンファに投げつける
「穢れの化け物が!神を汚した!」
村人の誰かが叫び、それに呼応するように他の村人も叫ぶ
石が飛ぶ
雨のような投石
目を丸くするリンファに無数の投石が降り注ぐ
「化け物!」「出て行け!」
何が起きたかわからないまま、リンファは必死で森へ逃げる
多数の石がリンファの皮膚と肉を傷つけ、緑の血が緑の肌を伝う
リンファがミナの為に大事に持ってきた指輪は地面に零れ落ちた
その上を多数の村人がリンファを追うために踏みつけ走る
指輪は泥に埋もれ、ぐしゃぐしゃに潰れていた
どう直しても、きっと二度とは指に通せることはできないだろう
真っ暗な夜
ミナの家は闇に潜むように静まりかえっていた
恐怖でベッドで布団をかぶって震えるミナの耳に
ボソボソと何かをしゃべる両親の声が突き刺さってくる
父が呟く「村の信頼…失った…」
母が泣く「ミナ…なぜ…」
呪いの様な恐ろしく聞こえる言葉のトゲが突き刺さる中
ミナが布団に縮こまり、呻くように泣いた
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
だいじなともだちはミナの世界を無邪気に悪気なく、破壊した
翌日、ミナの不幸はさらに続いた
朝陽が差し込む、村のいつもの朝
母を探して必死にミナが走る
「お母さん、どこ!?」
朝、目を泣きはらしたミナが母に許しを請うために家中を探したが、母親はどこにもいなかった
部屋中が荒れ果て、玄関の扉は開いたままだった
中央の建物
ミリアがかつて暮らしていた場所
そこにたくさんの村人が集まっている
その村人の先頭に、父親が立ち尽くしている
あれはなんだろう
ミナは最初それが何かわからなかった
建物の正面、二階の窓が開いている
立派な建物の中心に通る、大きく立派な神の紋章
その紋章から、母がぶら下がっていた
見たこともない表情と顔色で、てるてる坊主の様に揺れている
それは人というより、何か滑稽なおもちゃの人形みたいなおかあさん
「おかあ、さん?」
父がミナを抱く
「見るな…ミナ…」
だが、ミナの目は離れず、やがて濁る
こんな事態になってもなお村人の視線は恐ろしく冷たい
「神の信徒の娘が穢れの異形と交流など」
「子どものしたことを親が責任をとるのは神の僕として当たり前だ」
その日の夜
葬儀の喧騒を耳に自室の床に倒れこんだままのミナ
その目は濁ったまま
秘密の約束
両親の笑顔
村の温もり
大事な友達
壊れた
ミナはこの日、大事なものをたくさん壊してしまった
壊すつもりなんてなかったのに
そんなつもりじゃ、なかったのに
「違う…壊したんじゃない…」
濁った眼が目が冷たく見開く
「穢れが…壊したんだ…」